第4話 小物
「いやいやいや!」
ベッドに潜り込もうとするヘルツを、ガングリュックが強引に引き留めた。
「ちなみにもし今度来ることがあったら、その時は手ぶらで来ないでね。柑橘系フルーツとかありがたいかも。なんか酸っぱいもの食べたいから」
「おい! 図々しいにもほどがあるだろう!? っていうか寝るなよ! 早く魔王城へ来いよ。こっちもかなり大掛かりに準備してるんだ。来てもらわないと困るんだよ。いい加減そんなに待てないぞ!」
「はぁ……お前って、“魔王”とか名乗ってるくせに、失恋で落ち込んでる人間が心を癒すのに必要な、わずかな時間すら待ってやれないんだな……引くレベルで小物だな。あまりに小物すぎてガッカリを通り越して、もはや“無”だよ」
「こ、“小物”!? っていうか、“無”だと!?」
「うん。このやり取りの前までは、正直な話、お前のこと――強いし、カッコいいし、魔族なのにそんなに悪さしないし――マジで敵ながら“天晴れ”なヤツだと思ってたのになぁ……まさに絵に描いたような“宿敵と書いて『とも』と呼ぶ”系魔王だったのに……ぶっちゃけお前になら負けてもいいとさえ思ってたよ」
「ええ!? そんなに評価してくれてたの!?」
「でも今や、世紀末に女子供にヒャッハーしようとして、主人公に瞬殺されるモブくらい小物にまで大暴落してるけどね。贔屓目に見て」
「そ、それはいくら何でも大恐慌が過ぎるだろう!」
「大丈夫だよ。今は“無”だから」
「“無”!? いや、その……よ、余は別に待ってもいいんだよ。むしろ全然待ってたから、っていうか、ぶっちゃけもっと待ちたい! というか、むしろ待つのが男としての生きがいっていう側面はあるね!」
プライドの塊のようなガングリュックにとって、“小物扱い”されることは死よりも耐えがたく、思わずその場しのぎの取り繕いをしてしまった。
「嘘つけ! 我慢できないからここに来たんだろ? こりゃさらに減点だな。いや、違う。お前、“無”だったわ。“無”には点は付けられないかぁ……良かったね、“無”で!」
実は敵に点数をつけていた系勇者ヘルツ。
「うっ! い、いや、それは……ここに来たのはさぁ~、百パーセント部下のためなんだよ。個人的には待った方が良いと思ってたんだよ!」
矛盾を突かれ、パニックになり、部下のせいにする小物魔王。
「みんなお前に会えるの楽しみにしてるんだよ。だから今日の朝の会議でも、『あれ? 勇者さん、どうしてるんですかねぇ? 心配ですぅ』って話題になったのよ。だからみんなの代表として仕方なく来たのよ。王だから」
「ふぅーん……で、“みんな”って誰よ?」
鋭い指摘で“無”を追い詰める。
「えっ!?……それは……そのぉー、ほら、アレ、アレだよ! お前も何度か戦ったことのある四天王の筆頭、黒騎士スクラウドいるだろ?」
「ああ、あの妙に黒いヤツ? やたら“好敵手と書いて『とも』”って言ってくるウザいヤツのこと?」
案外、自分が思っているほど、相手は思ってくれていないものである。
「そうそう、アイツだよ! アイツなんか、お前に会うの楽しみすぎて一睡もしてないからね! しかもお前の到着予定から十日以上経ってる訳なんですよ。ここに来る前にチラッと様子見たら、体調崩してフラフラしてたからね」
「いや、それは普通に身体に悪いから、上司としてすぐに止めさせた方がいいよ」
「そ、そうだよね。だから余は『寝なさい』って促したんだけど、『いや、勇者ヘルツが来るまで絶対に寝ません!』ってずっと素振りしてんのよ……それにアイツ、良いヤツなんだよ。重病説が流れてたから心配になって、お前のために千羽鶴作ってくれたんだよ。アイツもそこまでお前のこと思ってくれてる訳だしさぁ……行こうよ、魔王城!」
「嫌だよ」
「えー、でもいいのかなぁ? 早く来ないスクラウド、不眠で死んじゃうよ。いいの?」
「いや、そんなよく知らないキモいヤツ、別にどうでもいいんだけど。っていうか何それ、脅し? でも脅しになってないよ。むしろそっちに行くモチベ下がってるからね」
「いや、脅しとか、そういう訳じゃないんだけど……ほら、やっぱ“とも”が具合悪いと心配かなぁ……なんて思ったわけで」
「っていうかさぁ……そもそも論で言わせてもらうと、こっちがツラい時に待ってくれないヤツなんて“とも”じゃないよね?」
「うっ!」
「図星だよね。俺、間違ったこと言ってないよね?」
「そ、そう言われれば確かにそうだが……でもこのままだとアイツ、死んじゃうよ??」
「だーかーら! そんなヤツどうでもいいし、そもそも死にそうなのはこっち! “ハートブレイク”って意味分かる?? 心臓壊れてるってことだからね!? そんなことも分からないヤツに“寝てない”自慢されてもウザいだけなんだけど! どうぞご自由にお死になさって下さい、って感じだよ」
「そこを何とか……!」
「しつこいなぁ。なんか段々腹立ってきたなぁ……もう寝るっ!!」
「ちょ、ちょ待ってよ! ほ、ほら、それにもう一人の“宿敵”のミノタウロスも待ちきれなくて、派手な登場で格好をつけたいみたいで、壁を派手に壊すリハーサルずっとやってるからね。もう角、大分欠けてきてるからね。もうそんなに強くないよ、多分? それにあの壁、あれタダじゃないんだよ? こっちも結構カツカツなんだ。頼むよ……」
「その話、さっきのヤツとほとんど内容一緒じゃん。もっと角度つけないとダメだよ」
「えっ? そ、そうかなぁ?? いやでもウチの経理とかメッチャ怒ってて、“こっち”の話はマジで大変なんだよ!?」
「“こっち”!? ってことは、前のキモい黒騎士の話は嘘ってこと!? 王のくせに嘘つくの! マジ信じられないな! さすが魔王」
「い、いや、今のは言葉の綾ってやつで、ど、どっちもホントだよ! とにかくお前が来ないと魔王城が大変なことになっちゃうんだよ。頼むよぉ!」
「つーか、さっきから聞いてると、行かない方がそっちの戦力ダウンになるから、なおさら行く気がなくなったよ。むしろここに留まる合理的な理由ができたよ。ありがとう。ということで寝ます。帰る時はちゃんとドア閉めてけよ」
「いやいや、そこは勇者なんだからさぁ、打算はやめて魔王城に行こうよ。あえて! だって“勇ましい者”と書いて勇者でしょ? そこは蛮勇しないと!」
「残念だけど俺は、もう勇者じゃないよ。この失恋で“勇ましさ”なんて完全に消滅してるからね。ひょっとしたら一生告白とか無理かもしれない……つまり“臆病者”だよ。いや、それだと“臆病者”に失礼か。俺は今、ただの“者”だ」
悲壮感たっぷりでベッドに横たわるヘルツ。魔王にダメ出ししていた時の元気さは、一瞬で失われた。
「そ、そんなことないよ。今でも強いし、カッコいいし、素敵だよ!」
なんか気の毒になって、思わず励まし出すガングリュック。
「はぁ……なんか励ましてくれるのはありがたいんだけどさぁ……やっぱり今は戦えないよ。まぁ、あっさり負けていいならヤレるけど……あ、むしろそっちの方が楽かも……行こうかなぁ?」
フラフラと起き上がりながら微笑みを浮かべたヘルツに、死相が見えてしまったガングリュック。
「わ、わかったよ! 落ち込んでるのはよく分かった! 確かにこんな状態じゃ戦えないよな……」
ガングリュックはガクッと肩を落とし、早期の説得を諦めた。というか、自分が何をしているのか分からなくなってきていた。




