表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

第4話 小物

「いやいやいや!」

 ベッドに潜り込もうとするヘルツを、ガングリュックが強引に引き留めた。


「ちなみにもし今度来ることがあったら、その時は手ぶらで来ないでね。柑橘系フルーツとかありがたいかも。なんか酸っぱいもの食べたいから」


「おい! 図々しいにもほどがあるだろう!? っていうか寝るなよ! 早く魔王城へ来いよ。こっちもかなり大掛かりに準備してるんだ。来てもらわないと困るんだよ。いい加減そんなに待てないぞ!」


「はぁ……お前って、“魔王”とか名乗ってるくせに、失恋で落ち込んでる人間が心を癒すのに必要な、わずかな時間すら待ってやれないんだな……引くレベルで小物だな。あまりに小物すぎてガッカリを通り越して、もはや“無”だよ」


「こ、“小物”!? っていうか、“無”だと!?」


「うん。このやり取りの前までは、正直な話、お前のこと――強いし、カッコいいし、魔族なのにそんなに悪さしないし――マジで敵ながら“天晴れ”なヤツだと思ってたのになぁ……まさに絵に描いたような“宿敵と書いて『とも』と呼ぶ”系魔王だったのに……ぶっちゃけお前になら負けてもいいとさえ思ってたよ」


「ええ!? そんなに評価してくれてたの!?」


「でも今や、世紀末に女子供にヒャッハーしようとして、主人公に瞬殺されるモブくらい小物にまで大暴落してるけどね。贔屓目に見て」


「そ、それはいくら何でも大恐慌が過ぎるだろう!」


「大丈夫だよ。今は“無”だから」


「“無”!? いや、その……よ、余は別に待ってもいいんだよ。むしろ全然待ってたから、っていうか、ぶっちゃけもっと待ちたい! というか、むしろ待つのが男としての生きがいっていう側面はあるね!」

 プライドの塊のようなガングリュックにとって、“小物扱い”されることは死よりも耐えがたく、思わずその場しのぎの取り繕いをしてしまった。


「嘘つけ! 我慢できないからここに来たんだろ? こりゃさらに減点だな。いや、違う。お前、“無”だったわ。“無”には点は付けられないかぁ……良かったね、“無”で!」

 実は敵に点数をつけていた系勇者ヘルツ。


「うっ! い、いや、それは……ここに来たのはさぁ~、百パーセント部下のためなんだよ。個人的には待った方が良いと思ってたんだよ!」

 矛盾を突かれ、パニックになり、部下のせいにする小物魔王。


「みんなお前に会えるの楽しみにしてるんだよ。だから今日の朝の会議でも、『あれ? 勇者さん、どうしてるんですかねぇ? 心配ですぅ』って話題になったのよ。だからみんなの代表として仕方なく来たのよ。王だから」


「ふぅーん……で、“みんな”って誰よ?」

 鋭い指摘で“無”を追い詰める。


「えっ!?……それは……そのぉー、ほら、アレ、アレだよ! お前も何度か戦ったことのある四天王の筆頭、黒騎士スクラウドいるだろ?」


「ああ、あの妙に黒いヤツ? やたら“好敵手と書いて『とも』”って言ってくるウザいヤツのこと?」

 案外、自分が思っているほど、相手は思ってくれていないものである。


「そうそう、アイツだよ! アイツなんか、お前に会うの楽しみすぎて一睡もしてないからね! しかもお前の到着予定から十日以上経ってる訳なんですよ。ここに来る前にチラッと様子見たら、体調崩してフラフラしてたからね」


「いや、それは普通に身体に悪いから、上司としてすぐに止めさせた方がいいよ」


「そ、そうだよね。だから余は『寝なさい』って促したんだけど、『いや、勇者ヘルツが来るまで絶対に寝ません!』ってずっと素振りしてんのよ……それにアイツ、良いヤツなんだよ。重病説が流れてたから心配になって、お前のために千羽鶴作ってくれたんだよ。アイツもそこまでお前のこと思ってくれてる訳だしさぁ……行こうよ、魔王城!」


「嫌だよ」


「えー、でもいいのかなぁ? 早く来ないスクラウド、不眠で死んじゃうよ。いいの?」


「いや、そんなよく知らないキモいヤツ、別にどうでもいいんだけど。っていうか何それ、脅し? でも脅しになってないよ。むしろそっちに行くモチベ下がってるからね」


「いや、脅しとか、そういう訳じゃないんだけど……ほら、やっぱ“とも”が具合悪いと心配かなぁ……なんて思ったわけで」


「っていうかさぁ……そもそも論で言わせてもらうと、こっちがツラい時に待ってくれないヤツなんて“とも”じゃないよね?」


「うっ!」


「図星だよね。俺、間違ったこと言ってないよね?」


「そ、そう言われれば確かにそうだが……でもこのままだとアイツ、死んじゃうよ??」


「だーかーら! そんなヤツどうでもいいし、そもそも死にそうなのはこっち! “ハートブレイク”って意味分かる?? 心臓壊れてるってことだからね!? そんなことも分からないヤツに“寝てない”自慢されてもウザいだけなんだけど! どうぞご自由にお死になさって下さい、って感じだよ」


「そこを何とか……!」


「しつこいなぁ。なんか段々腹立ってきたなぁ……もう寝るっ!!」


「ちょ、ちょ待ってよ! ほ、ほら、それにもう一人の“宿敵とも”のミノタウロスも待ちきれなくて、派手な登場で格好をつけたいみたいで、壁を派手に壊すリハーサルずっとやってるからね。もう角、大分欠けてきてるからね。もうそんなに強くないよ、多分? それにあの壁、あれタダじゃないんだよ? こっちも結構カツカツなんだ。頼むよ……」


「その話、さっきのヤツとほとんど内容一緒じゃん。もっと角度つけないとダメだよ」


「えっ? そ、そうかなぁ?? いやでもウチの経理とかメッチャ怒ってて、“こっち”の話はマジで大変なんだよ!?」


「“こっち”!? ってことは、前のキモい黒騎士の話は嘘ってこと!? 王のくせに嘘つくの! マジ信じられないな! さすが魔王」


「い、いや、今のは言葉の綾ってやつで、ど、どっちもホントだよ! とにかくお前が来ないと魔王城が大変なことになっちゃうんだよ。頼むよぉ!」


「つーか、さっきから聞いてると、行かない方がそっちの戦力ダウンになるから、なおさら行く気がなくなったよ。むしろここに留まる合理的な理由ができたよ。ありがとう。ということで寝ます。帰る時はちゃんとドア閉めてけよ」


「いやいや、そこは勇者なんだからさぁ、打算はやめて魔王城に行こうよ。あえて! だって“勇ましい者”と書いて勇者でしょ? そこは蛮勇しないと!」


「残念だけど俺は、もう勇者じゃないよ。この失恋で“勇ましさ”なんて完全に消滅してるからね。ひょっとしたら一生告白とか無理かもしれない……つまり“臆病者”だよ。いや、それだと“臆病者”に失礼か。俺は今、ただの“者”だ」

 悲壮感たっぷりでベッドに横たわるヘルツ。魔王にダメ出ししていた時の元気さは、一瞬で失われた。


「そ、そんなことないよ。今でも強いし、カッコいいし、素敵だよ!」

 なんか気の毒になって、思わず励まし出すガングリュック。


「はぁ……なんか励ましてくれるのはありがたいんだけどさぁ……やっぱり今は戦えないよ。まぁ、あっさり負けていいならヤレるけど……あ、むしろそっちの方が楽かも……行こうかなぁ?」

 フラフラと起き上がりながら微笑みを浮かべたヘルツに、死相が見えてしまったガングリュック。


「わ、わかったよ! 落ち込んでるのはよく分かった! 確かにこんな状態じゃ戦えないよな……」

 ガングリュックはガクッと肩を落とし、早期の説得を諦めた。というか、自分が何をしているのか分からなくなってきていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ