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第2話 失恋勇者

「これは、どういうことだ……!?」

 エンデに着くやいなや、その足で勇者ヘルツが引きこもっているという宿屋へ向かったガングリュックは、驚愕した。

 何と、ヘルツが泊まっているという部屋が真っ黒な“結界”で覆われているのだ。


(およそ勇者が作り出す結界ではないだろう……魔王城の結界でも、もう少し明るいぞ。誰かが先駆けしたのか? いや、こんなヤバい結界を張れるヤツなど魔王軍にはいない……一体何があったというのか!?)


 その後、宿屋の店主に話を聞いたものの、十日以上も部屋に引きこもったままで、ヘルツの状況はまったく分からないという。


(クロカゲの報告どおりか。ならば……)


「私は、旅の魔導士ガングと申します。各地で古の封印や結界の維持管理をしております。それにしても、これまで様々な結界を見てきましたが、これほど禍々しい結界は初めてです。このまま放っておけば、この地に恐ろしい災いを招くやもしれません! これも旅の縁……私が何とかいたしましょう」

 ガングリュックは、その場でひねり出した適当な設定で店主に結界解除を申し出て人払いをさせ、ヘルツの部屋の扉の前へとやって来た――。


「なかなか硬そうな結界だな……よし、ここは魔王らしく、まずは正面突破といこうか!!」

 ガングリュックは体内から圧倒的な魔力を放出し、力ずくで結界をこじ開けようとする。


「ぐっ!! 何という強固な結界だ! 余の強大な魔力ですら、簡単にはじき返しおるわ……ならば、これはどうだ!!」

 さらに出力を上げる。しかし、びくともしない。


「フッ、さすが勇者ヘルツ。さすが我が宿敵ともよ! 今度は本気でいかせてもらうぞ!!」

 ガングリュックは出力をさらに引き上げた。


「な、何だ!? 地震か!!??」

 膨大な魔力の放出で大地は激しく揺れ、地面にはヒビが走る。木々の鳥たちは一斉に飛び立ち、動物たちが騒ぎ出す。

 エンデの人々も、突然の天変地異にパニック状態。しかし張本人のガングリュックはそれどころではない。


「な、何ということだ!! これでも破れぬのか!?」

 だいぶ浸食できたものの、なお結界を打ち破るには至らない。


「はぁ、はぁ……お、おのれ、かくなる上は……!」

 完全にムキになったガングリュックは後先も考えず、対勇者戦の切り札たる最終奥義「絶・超大魔道極滅獄烈波」の発動を決意する。

 この技は山脈を消滅させるほどの威力がある一方、体力と魔力の消耗が著しいため、最後の手段として温存しておく予定だった。まさかヘルツに会う前に使うことになるとは、思いもよらなかった。


 目を閉じ、静かに深呼吸。息を吐き切ると大きく吸い込み、目を見開く。その瞬間、体内から真紅の闘気が溢れ出し、構えた両拳には稲光を帯びた巨大な光がまとわりつく。


「くらえ!! 絶・超大魔道極ご……」


ガチャッ


「あのさあ、静かにしてくんない!?」

 技名を叫ぶ途中で結界が突如解除され、部屋から半ギレ気味の勇者ヘルツが現れた。


「「あ……」」

 まさかのタイミングでの再会に、二人は唖然とする。


「ま、魔王……!?」


「おお……よぉ、勇者」

 なぜか、もじもじする二人。


「ここで何してんの?」


「いや、それはこっちのセリフだから! お前こそなにしてんのよ!?」


(それにしても何たる有り様だ……というか、目が死んでる……!)


 そこにいたのは、かつて”世界最強の勇者”、”強すぎる爽やかイケメン”などと、もてはやされたとは到底思えないほど、悲惨でみすぼらしい格好をした男だった。

 髪は寝癖まみれで、無精ヒゲが伸びきっている。死んだ魚のように目に活力がなく、その下には大きなクマができている。口角は下がりきっており、何日も風呂にも入っていないのであろう。なんか凄く臭い。


「何って……寝てた」


「ずっと!?」


「ずっと……そんで外が騒がしいから出てきたら、魔王が変なポーズしてた」


「変なポーズとか言うなよ!! てか、お前こそ、なんでこんな強固な結界張ってんだよ!?」


「結界……? そんなの張ってないよ」


「嘘こけ! いや、まさか貴様、それほどまでに強くなったというのか……!?」


「あー、何となく言いたいこと分かったわ。多分それ、結界じゃないから」


「じゃあ、何なの?」


「言いたくない」


「勿体ぶらずに言えよ!」


「恥ずかしいから無理」


「てめぇ! この魔王ガングリュック様がわざわざ来てやったのに、それは無いだろ!!」


「別に呼んでねえし」


「なんだよコイツ。重病かと思って、人が心配して来てやったら……」


「えっ!? 心配してくれてたの!?」


「あっ! いや、別にそういうのじゃないけど……」


「じゃあ、何よ?」


「そのぉー、こ、言葉の綾!?」


「どんな綾よ?」


「分かった! 認めるよ。ぶっちゃけ、心配してたよ。かなり」


「あ、ありがとう……」


 再び、なんかモジモジする二人。


「こ、こっちも正直に言ったんだから、お前も正直に言えよ!」


「言っても怒らない?」


「怒らないよ」


「今、マジでメンタルが豆腐だから、怒られたり笑われたりしたら、俺、終わるからね! 慎重に扱わないとダメだからね!」


「分かった、分かった! こう見えても余は王だからな。ワケあり案件には慣れてる! 約束は絶対に守るよ」


「分かった。実は俺……女の子にフラれたんだ」


「はあ!?」


「だから、女の子にフラれたんだよ……」


「はあ!?」


「しつこいな! 好きな女の子にこっ酷くフラれたって言ってんだろ!!」


「そうじゃなくて! お前、この余との――『世界の命運が懸かった魔王との最終決戦の前に何を言ってるんだ!?』の『はあ!?』だよ!!」


「はあ!?」


「お前が『はあ!?』で返すなよ!! 大体、フラれたくらいでどうしてあんな強力な“結界”を張るんだよ」


「結界? ああ、お前が“結界”とか言ってるやつは、多分、俺の“心の闇”だよ」


「女にフラれたくらいで、最強の結界レベルの闇を出せるって、どんだけ病んでんだよ! てか、人類、何こんなヤツに命運託してんのよ!?」


「それはそうだと思うけど、その前に、こんなに弱ってるヤツがいたら優しくしないとダメでしょ!?」


「おいおい、巨竜を一撃で倒せるヤツが、何、か弱い女子みたいなこと言ってんだよ!?」


「わあああああ!!!」

 いきなり発狂するヘルツ。


「お、おい、どうした!? 壊れたか??」


「いい加減にしろよ!!」


「あ!?」


「さっきから黙って聞いてりゃ、いい気になりやがって!」

 ヘルツの身体から闘気が溢れ出す。


「おっ! ここでやるか?」

 ガングリュックも漆黒の闘気をまとい、臨戦態勢を取る。


 部屋中に緊迫した空気が立ちこめた。


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