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第11話 目標

「いってきます……」


 朝早く、ヘルツは馬小屋の扉を開けて、まだ薄暗い通りに出た。

 その足取りは、鉛のように重い。


 ――馬小屋生活、一週間。


 方々を駆け回り、ようやく見つけた仕事は、かつて世話になっていた食堂での皿洗いだった。

 そして、その店主の好意で、空いていた馬小屋を使わせてもらうことになったのだ。


 アルバイト生活が一週間を過ぎ、ヘルツは自分自身に失望していた。


 ついこの間まで、彼は「世界の救世主」だった。

 数え切れぬ魔獣を退け、巨竜を討ち、魔王の大軍すら単身で殲滅した。

 その名は大陸全土に轟き、幼子たちは「勇者ヘルツごっこ」で遊んでいたほどだ。


 ――そんな男が、皿洗い一つまともにできない。


 昨日は三枚の皿を割った。

 店主のオヤジは優しい人で怒らなかったが、パートのおばちゃん達の陰口は痛いほど聞こえてくる。

 “やっぱり見た目だけだったのねぇ、勇者さん。”


 本当は、恥ずかしくて逃げ出したい。

 だが、ガングリュックを見捨てることはできなかった。

 そして何より――勇者としての誇りが、惨めなままの自分を許せなかった。


「このままじゃ、いつになったら馬小屋から抜け出せるんだか……」

 重い足取りのまま、彼は朝靄の中を歩いた。


「はぁ……今日も全然ダメだったなぁ……」


 夜。

 皿は割らなかったが、つまずいて客にビールを盛大にぶちまけた。


 街灯に照らされながら、ヘルツは肩を落とし、家路につく。


「どういうわけか、金も貯まらないし、ヘマばかり。……ほんと、未熟すぎて嫌になるよ」


 かつては愚痴など一つも言わなかった。

 戦場では常に冷静沈着、仲間を励まし、笑い飛ばしていた。


 だが今は違う。

 戦う敵もいない、守る者もいない――ただ皿を割るだけの毎日。


 最初は「また立ち直れる」と信じていた。

 だが今は思う。

 “あの頃の俺は、運が良かっただけなんだ” と。


「……そう思えば、彼女にフラれるのも当然だよな」


 彼の胸に、再び“あの時”の記憶が蘇る。


 ――麗しのあの人。

 あの、優しくも容赦なく「生理的に無理」と言い放った彼女。


「……大体さ、俺が惹かれたのは“勇者”としてじゃなく、“ヘルツ”として見てくれたところだったんだよなぁ……そりゃ、こんな未熟者、フラれて当然だよな……」


 そう呟いた瞬間――


「はっ!」


 電撃が走った。


「そ、そういうことかっ!!」


 ヘルツは両拳を握りしめ、深夜の通りに叫ぶ。


「彼女は俺の“未熟さ”を見抜いてフッたんだ! 逆を言えば――俺が一人前になれば、彼女は俺を受け入れてくれる!!」


 その瞬間、彼の身体から白い闘気が迸り、夜の街を昼のように照らした。


「ハハハッ! そうと分かればやることは一つだ!!」


 光を放ちながら、ヘルツは食堂へと駆け戻った。


「おや、ヘルツ君。忘れ物かい?」

 店主のオヤジが、目を丸くして迎える。


「いえ、働きに来ました!」


「えっ? でも今日のシフトは終わっただろ?」


「はい! ですので、これからは“自主練”です!!」


「じ、自主練?」


「俺は不器用です!」


「そ、そんなことは……」


「いえ、ド不器用です! でも器用になって、一人前になりたいんです!」


「お、おお……それはいい心がけだが……」

 オヤジは、ヘルツの異様なテンションに圧倒される。


「だからやることは一つ! 人の十倍働くんです! そうすればすぐに一人前になれます!」


「そ、そうかも知れないけど……うちはそんなに給料出せないよ?」


「だから“自主練”なんです! 金なんていりません! とにかく働かせてください!!」


「わ、分かったから! 近い近い!」


 気付けば、ヘルツはオヤジを壁際まで追い詰めていた。


 それからのヘルツは狂ったように働いた。

 朝から晩まで休みなく、皿を洗い、床を磨き、鍋を磨き上げる。

 帰るのはわずかな仮眠と洗濯の時だけ。


 確かに身体は限界に近かった。

 それでも――止まらなかった。


 彼には、目標があった。


 どん底の自分を支え、奮い立たせてくれた“彼女”への想い。

 そしてその想いを伝えるために、今度こそ胸を張れる男になりたかった。


 ――まずはこの仕事で一人前になる。


 つまり、バイトリーダーになること。

 それが彼の“勇者としての再戦”だった。


 一方その頃、ガングリュックは――馬小屋で寝ていた。


 最初のうちは「干し草なんて硬い」と文句を言っていたが、最近では「案外悪くない」と言い出し、干し草ベッドの商品化を画策している。


 ヘルツが命を削って働く中、魔王は寝返りを打ち、夢の中で呟いた。


「……余のブランド、売れる気しかしない……」


 そんな魔王を見下ろしながら、帰宅したヘルツはため息をつく。


(俺も昔は、こいつみたいに怠けてたんだ。だから堕ちたんだ。でも今の俺は違う!)


 目を閉じ、ヘルツは小さく祈った。


(ああ愛しき人よ……もうすぐだ。もうすぐ、一人前になった俺を君に見せてやる……! フフフ)


 干し草の上で、勇者は満面の笑みを浮かべながら――眠りに落ちた。


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