噂どおりの女殺し
「ねえそれ、ウケ狙い?」
俺がアキの向かい側の席に座ると同時に、眉をひそめて聞いてきた。
目線は俺のトレーナーのドラゴンのカッコいいプリントと、大量にトッピングが乗ったこぼれんばかりのアイスクリームを行ったり来たり。
「どっちが?」
念の為聞いてみると。
「もちろん両方」
アキは楽しそうに微笑みながら、頬杖を付く。仕草がいちいち洗練されていて、あざとカワイイ。さすがプロだと褒めてあげたいくらいだ。
派手な顔立ちだが、あまり化粧をしているような気がしない。ワンピースも高級そうな感じだが、薄いグレーのシックで落ち着いたデザイン。
なのに彼女はとても目立つ。オーラってやつだろうか?
「服は妹のコーディネート。この特盛りアイスは・・慣れてないんだ、こんな場所。なぜかこうなった」
俺がアキから目をそらしながら、早口で言うと。
「ごめんね、次はもっと落ち着いた場所にするから。それからさ、妹さんには嫌われているの?」
「いやここには一度は入ってみたかったし、妹とは上手く行ってると思う」
「そっか、面白い妹さんね。一度あわせてよ」
笑いをこらえたような返事が返ってくる。
悪かったな。だが妹に会うのはよした方がいいぞ。なんか嫌われているっぽいから。
俺は喉元まで出かけた言葉を飲み込み、こぼれ落ちそうなアイスクリームにスプーンを突っ込む。
さっきから周囲の女性客がチラチラこっちを伺っているような気がする。
おしゃれな若い女性客の中でも、彼女は特別目立つし、なんといっても炎上中の芸能人だ。
悪目立ちしているんじゃないかと心配になり。
「大丈夫か? 注目されてる気がするけど。なんなら違う場所に移動しようか。確か近くにカラオケボックスとかあったはずだし」
俺がそう聞くと、不思議そうに首を傾げる。
「目立ってるの、あたしじゃないから」
じゃあ俺か? 陰キャがそんなに珍しいのか?
とまどっていると、アキが顔を近づけながら「ちゃんと耳を澄まして」とささやきながら、俺の眼鏡に手を伸ばして奪い取る。
「あつ、こら!」
取られた眼鏡を奪い返そうとすると、アキはその眼鏡を自分にかけ。
「度が入ってないね。ダテなんだ」
ニヤニヤと笑いう。
眼鏡がなくなった俺の顔を見て、周囲の女性達が「すごくない?」「ちょとあれって」とか、ヒソヒソ話を始めた。
どうも俺の目つきは悪いらしく、昔から女性に評判が悪い。
不意に目が合ったりすると、相手がボーッと硬直したり、突然視線を外したりして、中には急に逃げ出す子までいた。
相当プレッシャーをかけてしまうらしい。
高校に通い出した頃から、愛菜に進められて前髪を伸ばし、眼鏡をかけるようになってからは、さすがに減ったが。
「返せよ」
眼鏡を奪い返し、ボサボサの前髪でなんとか顔を隠すと。
「ごめん、なんか事情があるんだね」
アキが申し訳なさそうに謝った。
まあそれ程深い理由じゃないし、そこまで真摯に謝られると、逆に申し訳ない。
「いや・・こっちこそごめん。で、用事ってなんだ」
雰囲気を変えたくて、本題に入る。
俺の質問にアキは、唇の前に人差し指を立てて、自分の隣の席を覗き込んだ。
視線を追うと、椅子の上にあったアキの鞄の中から赤いランプが点滅している。
アキは点滅していたトランシーバーのような機器を取りだすと、探るようにアンテナを俺に向けた。
そしてスマホも鞄から取り出してなにか入力をはじめる。
黙って一連の操作を見ていると、俺のスマホの着信音が鳴った。
『胸ポケットの中かな?』
着信したメッセージを確認し、自分の胸ポケットの中に手を突っ込むと、見知らぬコインのような物が出てきた。キラキラ光るそいつは、巨大なボタン電池にも見える。
俺がそれをテーブルに置くと、アキはアンテナを近づけ、機器の小さな液晶画面を俺に見せた。
画面には『UHF帯 発信器』と表示され、3つの感度メーターが全て振り切っている。
『ここに来るまでに、誰かとぶつかったりしなかった?』
再度の着信。
さっき謎の宗教勧誘少女に抱きつかれたっけ。
胸ポケット付近も、その時触られたような気もする。
着信内容に驚いていると、アキは俺の表情になにかを悟ったように頷く。
アキはコイン型発信器を水の入ったグラスにポトリと落とすと、スプーンでカラカラと音を立てながらかき回し。
「こうすると、受信側ではイヤーな音が大音量で響くらしいの」
つまらなさそうに呟く。
店の入り口付近で、女性の「きゃあ!」という可愛らしい悲鳴と、走り去るような足音が聞こえてきた。
「このタイプは、受信範囲は広くないそうだし、長時間動かないそうよ。湿気にも弱いらしいし」
アキも店の入り口に視線を投げ、人影が消えたことを確認する。
「いったい」
俺があっけにとられていると。
「最近ね、妙な脅迫・・殺害予告とか。そんなのがよく来るの。ごめんね、まさかこんなに早く巻き込むなんて思わなかった」
少し寂しそうに、アキは視線をそらした。
「警察に相談は?」
「もうしてる。事務所も全面的に協力してくれてるし、専門の警備会社も雇ってくれてる。この機械も、警備会社さんからの借り物」
「じゃあ・・」
「お願いしたかったのは、そっちじゃなくて。ああ、でも、もうこうなったらダメね。根っこで繋がってるかもしれないし。この話は忘れて」
「待って!」
立ち上がろうとしたアキの手を、思わずつかんでしまう。
なにか大切なものがスルリと逃げてしまう感覚が、フラッシュバックした。
アキは悲しそうな表情のまま動きを止め、「安心して、ゲーム内のエンゲージも解除するし、迷惑かからないように事後処理するから」と言葉をもらす。
俺の直感が、この手を離してはダメだと訴えてくる。
父や古い友人の時と、同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。
――あの時、俺がもっと強ければ。もう一歩踏み込めたなら。
そんな後悔ばかりしているのに。ここで手を離したら、また後悔するような気がしてならない。
「心配しないで、美女と危険に追われるのは慣れている。女殺しは伊達じゃない、任せてくれないか?」
精一杯の虚勢を張る。
声は震えてなかったろうか? 目が泳いでしまってキモく見えなかっただろうか?
不安になりながら、アキの顔を見詰めると・・。
こらえきれないとばかりに「くすっ」と吹き出し、観念したとばかりに首を小さく振ると、ゆっくりと腰を下ろした。
ウケたのなら本望だ。頑張ったかいがある。
「さすがね、噂どおり」
ちょっとてれたように呟く仕草は、今まで一番の可愛らしさだったが。それより、どんな噂か興味があるから、後でじっくり教えてほしい。
ドキドキする心を落ち着かせようとして、コーヒーを口に運ぶ。
アイスクリームがベチャリと顔に付いてから、我に返った。
まったく、おしゃれ空間危険だらけだな。
クールをよそおい、テーブルにあった紙ナプキンで顔をふいていると。
「なんか違う意味で心配になってきた」
アキは楽しそうに、俺の顔を見詰めながらため息をつく。
ゲームでは上手く行くのに、リアルではなかなか決まらないものだ。
俺もつられるように、深いため息をついた。