鍋とヤンデレと妹
ビデオの紹介を信じれば、姫野アキの胸はGカップらしい。
今日入手した最も有意義な情報だ。
DLしたビデオを見ながら、重力と人体のとある部分の揺れについて思案に暮れていると、スマホから着信音が聞こえてくる。
慌ててベッドの上のスマホを取る。
「いや、やっぱり明日は・・」
「ん? どうしたのヨシ兄」
またアキから着信だと思ったが、この声は。
「愛菜か」
「なになに? 明日何かあるの⁈」
「いや・・ちょっと勘違いしただけだ」
俺のことを兄と呼ぶが、愛菜は従兄弟に当たる。
お互いにひとりっ子で家も近かったから、幼い頃から兄妹みたいにすごした。俺の両親が他界してからは、心配なのかちょくちょく遊びに来るが、愛菜ももう高校3年生。
そろそろ乙女としての自覚が出ても良いと思うのだが、どれだけ言っても一向に改善の気配が見えない。
大学進学が推薦で決まってからは、勝手に俺の家で寝泊まりするし、風呂上がりに下着同然の姿でくつろいでいるのを見ると、さすがにモヤモヤする。
従兄弟とは言え、年頃の女性が、男ひとりの家に上がり込むのはどうなのだろう。
「ふーん、まあいいや。ヨシ兄、夕飯食べた?」
「まだだけど」
「じゃあ、カレー持ってくね。美味しく作れたから」
「気遣いは嬉しいけど・・」
「もう着いたから切るね」
通話が切れると同時に、玄関の鍵が開く音が聞こえる。合鍵を持っているのも善し悪しだな。
しかもどうやら世の女性は、俺の話など聞いちゃくれないようだ。
勝手に通話を切るし、勝手に話を進める。
ため息交じりに一階のリビングまで降りると、セーラー服の上にエプロンを着けた愛菜が、鍋を手にニコニコと無言のプレッシャーをかけてきた。
愛菜は色白でスレンダーな体躯に、日本人形のような黒髪ストレートで、清楚という言葉が似合う美少女だ。
そんな女の子が、瞳孔開きっぱなしの瞳で見詰めてくる姿は、鬼気迫るものがある。
「ヨシ兄、あたしに話さなきゃいけないことがないかな?」
長い付き合いだからわかるが、これはかなり怒っているときの態度だ。
しかし心当たりが全くない。
どうしたものかと、首をひねっていると。
「ねえ明日って、もしかして誰かさんとデートなの?」
愛菜は持っていた鍋をキッチンのコンロにのせ、火をかけながら訪ねてくる。
「いや、そんなことは・・」
「今SNS登録見たら、アキって名前の友達増えてたね」
SNSの友達登録、そんな事までわかるのか? 急いで情報公開を解除しなくちゃ。
「あれはゲームの知り合いで・・」
「知り合いって、ゲームで恋人宣言した人のこと?」
愛菜は俺のゲームアバターを知ってたっけ。まさかあの配信を見ていたなんて。
「あれはノリというか、その場の空気を読んだというか」
「ふーん、そうなんだ」
愛菜は振り返りもせず、火にかけた鍋をお玉でかき混ぜているが、カランコロンと乾いた妙な音がするし、カレーの臭いがまったくしない。
気になったので愛菜の横に並んで鍋の中を覗き込むと、中は空だった。
「なんだこれ?」
「あっ! 慌てて出てきたせいで、カレーを忘れちゃった」
愛菜が「ふふふ」と、口に手を当てて微笑む。
ネタかな? だと良いんだけど。
なまじ美少女がやると、ネタだとしても恐怖しか感じないから、やめてほしい。
「愛菜も夕飯まだだし、どうしよう」
可愛らしく小首を傾げる愛菜の瞳孔は、まだ開いたままだ。俺の背筋に何か冷たいものが流れる。
「食べたいものはある?」
「じゃあ、子供の頃によくつくってくれた、ヨシ兄の手作りコロッケが食べたいな」
そんなに作ったっけ? まあ、愛菜が言うのならそうなのだろう。
ちょうどジャガイモは買ってきたばかりだし、材料は全部ある。コロッケなら得意だし。
「時間かかるけど大丈夫?」
主婦の作りたくない家庭料理ナンバー1が、確か手作りコロッケだったような。
手間がかかり、加減が難しく、その上評価が低いのが理由だとかで。
「まだお腹すいてないから大丈夫だよ。楽しみに待ってるね!」
愛菜の瞳孔がやっと閉じ、嬉しそうに微笑んだ。
ここで待つぐらいなら、カレー取りに帰った方が早いんじゃないかとか、そもそもなにしに来たのだろうかとか。そんな些細なことが吹っ飛ぶような笑顔を見せられては、しかたがない。
とりあえずジャガイモの皮をむきながら、機嫌がなおりつつある愛菜に話しかける。
「俺もひとり暮らしに慣れてきたしさ。愛菜も年頃なんだから、そろそろ夜ひとりで訪ねてくるのは・・叔母さんも心配してるんじゃ・・」
愛菜が手伝おうとしてくれたのだろう。包丁を手に、「ふふふ」と微笑む。
「心配しないで、ヨシ兄。うちの親公認だから」
なにがどの公認なのか不明だが、震える包丁が俺に向かっていることだけは確かだ。
「良くわかった。愛菜は疲れているみたいだから、お茶でも飲んで休んでいて」
包丁をそっと取り上げ、愛菜をダイニングの椅子に座らせる。
紅茶を淹れてテーブルにおくと、愛菜は屈託のない笑顔で。
「やっぱりヨシ兄、大好き!」
と、嬉しそうに笑った。
近所に住む叔母の結婚相手。愛菜の父親は再婚で、愛菜は叔母から見ると連れ子になり、俺とは直接の血縁がない。
幼くして実の母と死別し、再婚した父に連れられ知らない土地に越してきた愛菜は、泣いてばかりいる子供だった。
心配した俺の両親と叔母夫婦が、実の兄妹のように俺たちを育てたのは、きっと愛菜を心配してのことだ。
俺も引っ込み思案の愛菜を守るべく、子供なりに頑張った記憶がある。
おかげですっかり甘えん坊のお兄ちゃん子になってしまったが。
美しく育った愛菜はクラスでも人気者のようで、叔母の話では、言い寄る男も多いらしい。
いつかきっと兄離れして、好きな男と付き合うのだろうと思っていたが、手足ばかり伸びて、まだまだ子供心が抜けないようだ。
「こんなビッチのどこが良いのよ! こうなったら、あたしもグイグイ行くしかないのか?」
紅茶を飲みながらスマホでアキの紹介ページを見て毒づき、何かを決意している愛菜の姿に、ため息がもれる。
ふと「ヤンデレ」と言うワードが脳裏をよぎったが、それはあまりにも自意識過剰だろう。
血が繋がらないとは言え、恋愛感情などあるはずもない。
俺は妄想を振り払うように頭を振って、コロッケ作りに意識を没頭させた。
ちょっと閑話的なのですが、妹キャラは重要です!
ヤンデレもラブコメには欠かせません(僕個人の主張なので、異論はみとめます)
応援いただけると励みになります。
ストーリー? ちゃんと進みますよ。次話から、きっと・・。
どうかご安心ください。