プロローグ 間違いの始まり
神経接続型VRギアが市販されてから早5年。フルダイブ型ゲームが空前のブームを起こし、数々の人気タイトルが生まれた。
その中でも『ネクスワールド』呼ばれるゲームは配信とゲームを融合し、人気配信プレーヤーは億単位の収益と、子供のなりたい職業ランキングの1位を獲得するほどの人気を得ている。
今や人気プレーヤーのリアルへの影響度は、一昔前の動画配信者やSNSのインフルエンサーの比ではない。
ネクスワールドは剣と魔法の世界で、冒険やダンジョンなどを楽しむ『バトルゾーン』と、日常生活の中で音楽やダンスなどを楽しむ『カルチャーゾーン』に別れている。
俺はバトルゾーンでは、そこそこ名の売れたプレーヤーだ。
苦学生だが、学費と生活費ぐらいなら配信料でまかなえるようになった。
今日も大学が終わると同時に家に帰り、部屋で神経接続型VRギアを装着する。
かるい酩酊感と共に派手なエフェクトが体中を駆け巡る感覚が、脳を刺激する。
目の前にログインゲートと、俺のアバター名と装備が表示された。
A級配信冒険者 ラルフ・ヒューイ
装備:メインウエポン 炎の魔剣イフリート
クラン登録:無し パーティー登録:無し
フォロワー数 872万3千人
フォロワーからの二つ名獲得済み:女殺し
フォロワー1千万人超えのプレーヤーはS級認定され、トッププレーヤーとしてスポンサーも付き、プロ認定される権利がもらえる。
「あと120万人ちょいで、俺もS級か」
ここから120万人が多いのか少ないのかもわからないけど、とりあえず目指すのはプロじゃない。
ネクスワールドをはじめた理由は、このゲームに漂う『違和感』の正体を探すことだ。
プロになれば、スポンサー主催のリアルイベントに出たり、トッププレーヤーが集うスポンサー付きのクランやパーティーに所属したりしなくてはいけないのを、避けるためではない。
決してコミュ障な俺に、荷がおもいからではない。
大事なことだから二度言う。
ネクスワールドをはじめた理由は、このゲームに漂う『違和感』の正体を探すことだ。
ネットの陰謀論を信じているわけじゃないけど、このゲーム、黒い噂が絶えない。
いわく、リアルすぎるバトルはAI学習され、兵器開発に流用されている。
いわく、高性能人型ドローンのパイロットを探す実験になっている。などなど。
原因は、運営開発に携わる企業が、裏で軍事開発に結びついているという噂が発端だ。
そこまで壮大じゃないとしても、やはりなにかがあると俺は踏んでいる。
現にアバター設定も、容姿を大きく変更することができなかったり、剣と魔法の世界設定なのに、剣は「レーザーメス」や「ウオーターカッター」の特性や弱点を抱えていたり、魔法も銃やミサイルのような特性を持っていて、設定もリアルよりのシビアさがある。
運営の説明では、アバターについては「神経接続ギアの特性上の仕様」と言い、それ以上の説明を拒み、剣や魔法については「リアリティを追求するため」としている。
頷ける部分もあるが、全てに納得がいくわけでもない。
4年前に他界した両親が残した研究資料。どうしても俺の頭の中で、それが引っかかる。
俺はログインゲートに映ったアバターの姿に、ため息をつく。
接続デバイスの影響やリアリティを求める仕様だから? ならなぜ、年齢イコール彼女いない歴20年のボッチ男が、こんなイケメンに?
切れ長の目と青いサラサラの前髪が、自分的にはなんかキモい。
ここまで変るのなら、もっと融通が利くだろうに。
おかげで「女殺し」などと言う、不名誉な二つ名まで付いてしまった。
しかし俺は謎を解くためと、生活費を稼ぐために、今日もログインゲートをゆっくりと開いた。
☆ ☆ ☆
今日、攻略予定のダンジョンの手前にゲートを開く。うっそうとした森にもリアリティがあり、木々のひとつひとつに生命感が感じられた。
獣道を抜けると、岩肌にぽっかりと空いた洞窟の入り口が見える。
装備を点検しダンジョンに潜ろうとした瞬間、森の中から妙な物音が聞こえてきた。
「あん、やだ・・やめて、もう、ダメ!」
物音に混じり、やけに色っぽい女性の声も聞こえる。
はて? お取り込み中だろうか。そう言った行為は禁止されているし、過度な性的表現は配信中なら規制がかかり、ペナルティの対象にもなる。
しかしプレーヤー同士、そんな行為にいそしんでしまう事例も後を絶たないそうだ。
「君子危うきに近寄らず、だが・・」
女性プレーヤーがモンスターに襲われている可能性もあるから、様子をうかがってみる必要もあるかもしれない。
うん、決して覗きをしたいわけじゃない。
しかたなく身を潜め、物音がする森の中を覗くと、豚顔のオークに囲まれた女性プレーヤーが半裸でアンアンもだえてらっしゃる。
俺は背に抱えた魔剣にそっと手を伸ばしたが、ちょっと踏み込むのを躊躇した。
ネクスワールドでは、初見のモンスターやプレーヤーのレベルがオートで頭上に表記される仕組みになっている。3頭いたオークはどれもD級モンスターで、レベルも決して高くない。
対して襲われているプレーヤーは、B級のハイレベルプレーヤー。
このレベル差なら、相手が3体でも瞬殺だろう。
それに金髪碧眼で幼い顔つきだがダイナマイトなボディをお持ちの、目の前の女性プレーヤーには、なんか見覚えがある。
「たしか、カルチャーゾーンでアイドル活動していて、炎上してバトルゾーンに移った」
なんとかって名前のプレーヤーだ。
話題になったからまとめサイトとかもできていたはず。
興味がないから、名前も炎上内容も忘れてしまったが。リアルでもグラドルをやっていたような気が?
それならやっぱり関わらないのが得策だと、俺は『隠密スキル』を発動させ、物音を殺してその場を去ろうとしたが。
「見てないで助けてよ!」
すんでの所で見つかってしまった。
俺のスキルを破るとは、なかなかの腕前だな。
決して、見えそうで見えないあれやこれやに気を取られ、スキル発動に失敗したわけではない!
「抜け出そうと思えば簡単だろ?」
「わかんないの⁉ バトルゾーンは不慣れなのよ!」
どうやらそういうことらしい。
ネクスワールドのレベルは、ゲーム内の獲得値とフォロワー数の加算だ。
彼女のウインドウを確認すると、フォロワー数が多いが、バトルの経験値や獲得ポイントが少ない。
カルチャーゾーンからの移行組でよく見かけるアンバランスさだ。
力はあるが、技が使えないのだろう。
しかたなく背の剣を抜き、オーク3体を一閃する。俺の魔剣特有の炎がオークを灰のエフェクトに変え、俺と女性プレーヤーにポイントが付いた。
どうやら協力プレイとして認識されたようだ。
助けた女性プレーヤーは突然消えたオークに驚きながら、俺を凝視する。
ふんわりとしたカワイイ系だと思っていたけど、目には強い意志のようなものが感じられた。
――今思えば出来心のようなものだろう。俺はその瞳を美しいと感じてしまった。
そして全ての間違いと苦難がはここから始まり、この出会いが、モノクロームだった俺の人生にあざやかな色を点けた。
久々の連載です
応援いただけると励みになります!