スタッフロールが、みあたらない。
ネタバレ説明回もいったん終了です。一段落。いろいろ設定に矛盾はありそうですが、次回からは本筋に戻ります。
魔王討伐に成功して帰還したおれたちは、王都で熱烈に歓迎された。
宮殿では連日、昼夜を問わずに祝賀パーティーが催され、華々しい凱旋パレードまで開催された。
国外の貴族や有力者はもちろん、国外からの祝賀使節も次々と来訪し、まさに過密なスケジュールで応対に追われる日々。
冒険や遠征で星空を見上げながら野宿をしていた頃が懐かしく思えるほどだった。
そんな国を挙げての狂騒も、3ヶ月が過ぎてようやく落ち着いた頃。
おれは黙って王都を脱出した。
フードのついた古ぼけたマントにバッグを背負い、腰には無骨な剣を一振り差しただけ。よく見かける冒険者のような出立ちで、のんびりと街道を旅する。
のどかな穀倉地帯、峻険な渓谷、鬱蒼とした森林、水面がきらめく湖沼。
考えてみれば、こんなにゆっくり風景を眺めることなど、異世界にきてからはじめてかもしれない。
もったいないことをしたなと思いつつ、たっぷり1ヶ月ほどかけて国境に近い山麓に到着する。
さらに山頂まで登り、遠く霞んだ地平線まで一望しながら岩の上に腰を下ろした。
バッグから挽いた豆とドリッパーを取り出し、お湯を沸かしてコーヒーの支度をする。
心地よく鼻腔をくすぐる芳香がただよいはじめると、背中から声をかけられた。
「ひさしぶりだね」
たしかに、その声を聞くのは4ヶ月ぶりだ。
「ああ、ひさしぶり。フィル」
魔王フィル。振り向くと、彼が微笑みながら立っていた。
魔王を討伐したという、あの日。
魔力と気合を失って昏倒していた兵士たちが意識を回復し、ぼやける視界の向こうに目撃したもの。それは、返り血を浴びつつ魔王の胸に双剣を突き立てるおれの姿だった。
片手を伸ばしつつ、膝をついて崩れ落ちる魔王。
同時に、魔王の城が音を立てて崩壊をはじめた。
遺体の検証をしている暇などなく、消耗した兵士たちは肩を貸しあいながら脱出する。
王都の宮殿に戻ると、おれたちは討伐を報告。兵士たちの証言だけでなく、おれの持ち帰った魔王の杖とマスクも証拠となり、国王から魔王討伐の成功が高らかに宣言された。
──けれど、この魔王討伐は、他でもない魔王本人の筋書きによる茶番だった。
目撃者となった兵士たちが生き残れたのは偶然ではない。
そもそもフィルはこれまで、だれ一人として殺してなどいなかったのだ。
各地で発生した魔獣の被害も、亜人との抗争も、彼とは無関係で偶発的なものでしかない。
城のある森まで侵攻してきた討伐隊の被害も、フィルによって調律された森の安寧を脅かされ、魔獣たちが興奮し、亜人たちが自衛した結果だった。彼はなにもしていない。
「いやあ、嵐や竜巻、地震といった自然災害までぼくのせいにされちゃうし。とんだ被害妄想だよね」
被害妄想というより、明らかに捏造された冤罪だと思うが、フィルはあっけらかんと笑い飛ばす。
「でもね。そんな被害者意識があるかぎり、人間は召喚をやめないと思うんだ。平和のためという大義名分もあるしね。だからいちど、ぼくはぼくを抹消したかったんだ」
異世界からの転移者というのは、一律に高い身体能力や魔力適性を示すらしい。
理由は、多重に存在する多次元宇宙は、それぞれの発生タイミングによって世界の物理法則が微妙に異なるからだという。
そして、その物理法則の違いへの順応が自己防衛からか過剰となり、能力的なアドバンテージを生みだすのだと。
だから権力者たちは、自らの地位安定のために、その力を利用しつづけるために、召喚をやめることはないだろうと。
「まあ、その順応過程についてはまだ仮説の域なんだけどね。とくに異様な言語能力の獲得とか」
おそらくは地球と異世界、異なる世界の魔力が相互に浸透するとき、なにかバイパスのようなものが発生して言語学習を超加速するのではないかとフィルは語った。
「おまえの目的はわかっちゃいるが、そもそもなぜおれを共犯に選んだんだ?」
「だってさ、きみの魔力や気合の操作って、もっのすごく変なんだよ!」
フィルいわく、魔法つまり魔力操作とは「美しく」あるべきものらしい。
因果関係を、もっとも効率よく直結させる。ただそれだけを追求した魔法は、極限まで無駄を削ぎ落としたシンプルなラインに近づいていくらしい。
「しかしきみときたら、魔力の流れに、むやみやたらと分岐や迂回を継ぎ足してさあ。それはもう、めちゃくちゃ!」
「悪かったな。めちゃくちゃで」
「けどそれが、本来の結果とはまったく別の効果を生みだしているんだよね。だから面白いんだ。その発想がきみの性格によるものなのか、あるいはスカウトという天職のおかげなのか。どっちにせよ、きみの魔力操作はユニークなんだよ」
おれがよく使うハーミットという魔法にしても、本来はおれ個人の存在感を希薄化するものだ。しかし、おれはこれを工夫して、相手から全体的な認識能力、つまり視界そのものを奪う魔法にアレンジした。
たんに戦闘のなか、必要にかられて生みだしたにすぎない。それに、改造することで効果時間が極端に減少するというデメリットもある。
「気合にしてもそうさ。普通は体内循環している魔力を転換するものだけど、きみは呼吸によって外部の魔力を取り入れてるよね」
「べつに意識してるわけじゃないけどな。まだまだ素人ではあったけど、武道において呼吸ってのは基本中の基本だ。その経験からかもしれん」
「そんなきみなら、向こうの世界に帰ってから、きっと有効な方法を見つけてくれそうな気がするんだ」
「……フィルが察知したという『孔』の修復か」
最初の召喚によって地球にあいてしまった「孔」の存在。これを修復しなければ多重に存在する宇宙が過度に干渉し、いつかは連鎖的な崩壊を生みだすという。
「正直いって、おれにはいまだに眉唾だよ」
「だろうね。でもこれはほぼ間違いない『観測事実』なんだ。だから、きみには向こうに戻って、なんとか修復する方法を探してほしい」
「向こうに戻れば、たかだか15歳の子どもだぞ。できるとは思えないけどな」
「そのための天職スカウトだと信じてるよ」
それから、おれたちは日が暮れるまで。地平線の風景を眺めながら、これからのことを確認した。
異世界からの召喚を抑止できれば「孔」の自然回復も期待できるが、楽観視はできないこと。
万一に備えるためにも重要になる、地球で魔力や気合を高める方法のこと。
そして、異世界から地球へ転送できる情報は限られていること。
フィルから教えられた情報にはプロテクトがかけられるものの、こちらで学んだ座学レベルの知識は大半が忘却されてしまうらしい。
「つまり持ち込んだ情報は不完全な差分になるから、人格的な主体は15歳のきみに近くなるかもね」
「なんだよそれ。二重人格にでもなるっていうのか」
「そこまではいかないさ。不自然な言動から『変なやつ』と思われないようにね、という程度さ。あっ、それはもともとか」
「うっせえよ」
二人が共有した事実の重みによるものか、会話するごとに距離が近づくような気がした。
「あとさ。もしも、こちらから転移した人が困っていたら、助けてあげてもらえると嬉しいな」
「了解した。と、言いたいところだけど、できれば遠慮したいな」
「どうして?」
「あんまり深入りすると身バレしそうだからさ。地球と異世界を往復したなんて知られたら大騒ぎになりそうだ」
「この経験を、きみの持ち帰る情報といっしょに公開するという手もあるけど……。それを証明する方法がないか」
自分でもろくに理解できてない危機を、まともに説明できると思えない。
妄想で片付けられるどころか、下手したら転移の後遺症とかで病院に送られそうだ。
「まあ無理にとは言わないさ。でもね……」
「でも?」
「ハヤト好みの可愛い子もいるかもよ」
魔力調律の影響か身体的成長がゆるやかで、子どもっぽい見た目のフィル。実年齢では遥かに大先輩な彼がにやにやと笑う。
話を聞くと世捨て人のような生活をしてたくせに、こんな話題にも興味があるんだな。
「じゃあ、そろそろはじめようか」
フィルの差しだした手を、おれは素直に握る。
それは別れの握手などではなく、大規模な魔力操作の合図だった。
感じたことのないほど膨大な魔力の気配で、周囲が包みこまれていく。魔力はやがて渦を描き、どこか一点に向けて集約していくように流れだす。
「……すごいな」
その圧倒的なエネルギーに曝されて、おれは思わずつぶやいた。
「感じるんだね。そう。いまぼくたちの周囲には、集団でなければ操作できないほどの魔力が収束しているよ。きみにも見せたいぐらい美しくね」
フィルは少し目を細めながら周囲を見渡す。
「ぼくはさ、魔王に目覚めてからずっと、魔力という理に魅力されてきたんだ。こんな大変な役目を他人に押しつけたりすることなく、ただ観測だけをしていたかったよ」
「おまえもノマ教授のように、天職が学者だったら良かったのにな」
「そうだね」
話をしている間に、魔力の収束が一点に集中しはじめていく。二人がつないだ手のあたりに、みるみると密度を高め、圧力を増していく。
いよいよ、術式は完成に近づきつつあるようだ。
「ねえ、ハヤト」
「うん?」
「この宇宙も、世界も、ほんとに『めんどくさい』ことだらけだよね」
自嘲的な笑顔。
最後にかろうじて吐露した、それがフィルの本音だったんだろう。
「そうだな。だからこそ、だ。その『めんどくさい』こと、いっしょに背負ってやるよ」
その夜、ある山の頂から一本の光の筋が天に向かって伸びていくのが目撃された。
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