セーブポイントなんか、なかったぞ。
ネタバレ説明回の2話目です。
勝てるわけがない。
竜巻や、地震や、津波といったどんな大災害あっても、世界にとっては表層でしかない。すべてを根本から崩壊させるようなことはできない。できてはならない。
そんな世界そのもののような相手が、いま眼の前にいた。
──魔王を倒す。
およそ20年前。とつぜんクローネン王国の王都に現れて、人々の信仰を集める大神殿を完膚なきまでに破壊した魔王。その暴虐は人々を戦慄させ、いくども討伐隊が編成された。しかしことごとくを撃退してきた恐怖の象徴を、今度こそ打倒する。
この日のために5年間。レベルを上げて身体能力を高め、スキルや魔法を覚えて戦闘能力を磨いてきた。いくつものダンジョンを制覇し、伝説と言われるモンスターを斃してきた。
屈強な騎士団とともに魔物を排除しつつ、ようやく居城まで迫り、突撃部隊の一人としてようやく魔王の姿をとらえた。
ドワーフ族の鍛冶師が鍛え、エルフ族の魔術師が付与した双剣を携えて。身体能力強化を極限まで発動させつつ、さまざまな弱体魔法を唱えながら。いままで習得してきたあらゆる剣技を振るう。
ところが、魔王の強さはまさに次元が違った。
黒いローブを纏い、片手に杖を携え、白いマスクを被った魔王は身じろぎもしない。
徒手空拳で、殴って惑星を破壊しろと言われているような絶望感だけを味わった。
やつは、こちらに攻撃すらしてこないのだ。
一方的に攻めるだけのおれたち。
なのに、ただただ魔力は枯渇していき、その体内循環である気合を失っていく。魔王に攻撃するたびに生命力が削られ、仲間たちが膝をついていく。もはや立っているのはおれ一人だけだった。
それでも意地のように、いままでに編みだした魔法のコンビネーションやスキルの連続使用など、あらゆる大技小技をすべて駆使する。
しかし、やつにはまったく届かない。
地球にいたころ遊んだゲームで、ラスボス討伐に必要なキーアイテムを取得しないまま、魔王の間に挑んだような感覚。
それでも、あきらめず。けっして、おじけず。ただひたすらに、あらがった。
「──おもしろいね。きみ」
戦闘のさなか、そう語りかけてきたのは魔王だった。
いままで大きな肘掛け椅子に座ったまま、身じろぎもしなかったやつが片手を掲げる。ここにきて攻撃をしてくるのかと、おれは身構えた。
すると、殺風景な石造りの大広間がいきなり消失する。代わってどこか広い応接のような部屋があらわれ、おれはイスに座らされていた。
眼の前には大きな丸テーブルも置かれ、2人分のティーカッブまで用意されている。
「すこし、話をしようよ」
そういうと魔王は、ローブのフードをはずし、被っていたマスクもぬいだ。
前髪を切りそろえたショートボブ。目が大きく幼気な素顔。年齢は、おれとおなじぐらいだろうか。あどけなく、どこか中性的な雰囲気だ。
「いまさら!なぜ魔王なんかと!? 」
「まあまあそう言わずに。疲れて喉も渇いてるでしょ。コーヒー、冷めないうちにどうぞ」
そうして、毒は入ってないよと言わんばかりに、自分からカップに口をつける。
「まずは自己紹介かな。ぼくの名前はフィルティナーダ。フィルとでも呼んでおくれ」
「くっ……」
イスを蹴って立ち上がろうにも、腰をがっちりホールドされたかのように身動きが取れない。おれは闘志を失わないよう、黙って魔王フィルを睨みつける。
「おや?コーヒーは嫌いだったかな」
おれの態度など気にする様子もなく、むしろ気遣うかのように尋ねてくる。
嫌いなものか。この異世界にきたとき、最初はまったく違う食文化になじめなかったが、コーヒーだけは嗜好品として普及していた。おれにとって故郷を感じさせる唯一の飲み物であり、その淹れ方を熱心に学んだものだ。
「……話って、なんだ」
「まずは誤解を解いておこうかなと思ってね」
「誤解だと?」
「うん。きみたちにとって『魔王』とは、どういう存在なんだろうね?」
「決まってる!魔族や魔獣を率いて人を脅かす存在だろう!」
これまで世界を旅するなか、魔獣に襲われて壊滅した村の惨状をなんども見てきた。その惨禍を根本から解決しようと編成された多国軍も、つねに魔族によって撃退させられてきた。
それもこれも、魔王の指示によるものだろうに。
「あいにくと、ぼくにそんな力も意図もありはしないよ」
「嘘をつけ!」
「前例のない天職だったからね。理解されていないのも仕方ない。けれど魔王というのは、魔族の王でも、魔獣の王でもない。いうならば『魔力の王』なんだ」
「魔力の……王、だと?」
「そうだね。王という言い方さえ適切ではない。せいぜいが、この世界における魔力の『観測者』といった程度のものさ」
いまから150年ほど前。
彼はグラハムという王国で成人の儀を迎え「魔王」だと宣告された。
あまりに前代未聞な天職に神官たちは慌てふためき、すぐさま王宮に報告。彼は地下の牢獄に幽閉されることとなった。
しかし「魔王」を自覚し、能力に目覚めた彼を、だれ一人として害することはできなかった。
ここでの戦闘で経験したように、魔法やスキルはもちろん、あらゆる力の行使が無効化されたのだ。
幽閉された牢獄のなか、彼は魔力というものへの思索をつづけたのだという。
「退屈ではなかったよ。魔力の流れや挙動が生みだす結果。その因果関係を考察するのは楽しかったからね。ただ、そのうち狭い牢獄から見える範囲では物足りなくなったんだ」
数年後。散歩にでも出かけるように、彼はやすやすと脱獄した。他の大陸へと移り、深い森の中で見つけたこの廃城に住みついた。
森の一帯で魔力というエネルギー場の平衡を管理し、ゆらぎの調整によって適度な魔素を発生させる。魔王が「調律」と呼ぶスキルで、森はみるみると豊かな環境に生まれ変わったという。
これにより魔獣も含めておだやかな生態系が構築されると、豊穣な恵みと安全を求めて多くの亜人が住みつき、種族ごとに数々の集落が形成されていった。
「およそ100年以上、森では平和な暮らしがつづいたよ。たまに調律の効果が及ばない遠方にでかけてダンジョン探索や魔獣狩りをしたけどね。レベルが上がるほどに、魔力の観測範囲や操作精度があがるからさ」
魔王フィルが、嘘やでたらめを言っていないことは、スカウトのスキルである危機察知からも明らかだった。
「ではなぜ、お前はとつぜん王都を襲撃して大神殿を壊滅させたんだ!?」
「それは、……世界の悲鳴を聞いたからさ」
20年前、偶然だったのか実験だったのか、クローネン王国の神官たちが召喚魔法によって異世界から人を呼び寄せた。
そのとき魔王は、異常な奔流となって魔力が暴れ狂う光景を視た。
ありえないエネルギーに曝された世界が激震に身悶え、まさに絶叫しているようだった。
魔王である彼にしか感知できない異常事態は、なにか破滅的な危機が到来していることを予感させた。
凄まじい奔流がやや収まりはじめると、彼はすぐに中心となっている王都の神殿に向かった。原因と思われる祭壇施設を躊躇なく破壊し、居合わせた神官たちを昏倒させた。
同時に5人の異世界転移者もあわせて保護したらしい。
「保護だと?……おまえは転移者たちが脅威になるからと皆殺しにしたんじゃなかったのか」
「まさか。彼らは、それぞれの希望を聞いてから、当面の生活を支える資産といっしょに安全そうな国や都市に送りとどけてあげたよ」
「……」
「でも一人だけ高齢の人がいてね。ここに残ることを選んだんだ」
トオル・ノマ。地球で物理学者だったという人物は、こちらでも学者の天職を得たらしい。
彼は、魔王が説明した魔力という存在に魅了されたのだという。魔王の観察結果をつぶさに分析し、魔力を科学的に考察することに没頭していった。
2年前に天寿をまっとうしたそうだが、それまでに魔力の仕組みや世界の構造について「理論」をまとめあげたらしい。
「ノマ教授との話は、ほんとに楽しかったよ!」
彼にとって魔王は「信じられないほど高精度な実験観測装置」であり「世界スケールの超巨大加速器を一人で占有しているような幸福」だったらしい。
「100年の疑問が次々と解決されていく日々は、すごく刺激的だったなあ」
懐かしげに遠くを見るような魔王。
「でもね」
その視線をすぐに俯かせると、悲しそうに呟く。
「教授の遺した理論は。絶望的な予言でもあったんだ」
その後に繰り返された召喚による魔力震の観測結果から、地球には干渉孔が生じており、これを修復しない限りいつかは多くの宇宙を巻き込んだ崩壊が発生するというのだ。
「でもね、予言というのは絶望ばかりではなく福音もふくむものさ。ぼくは世界の悲劇を回避するため、理論をもとに魔力への理解を深め、まざまな魔力操作の応用を究めてきたんだ」
魔王は、まっすぐにおれを見つめ、はじめて真面目な表情を見せた。
「だからいまなら、きみを元の世界に戻してあげることもできる」
「え!? 」
どこか飄々として身振りと、人懐っこい表情に、いつしか親近感を覚えてしまっていたのは事実だ。そんな魔王から、はじめて魔王らしい威厳を感じる。
「ただし条件がある」
いったいどんな無理難題を押しつけられるのかと警戒するおれに、魔王はこう言った。
「まず、ぼくを殺してほしいんだ」
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