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はじめなければ、はじまらない。

そのうちアルマ視点での語りも書いてみたいものです。


「……はじめてだったんです」


 うん。涙目の女性が肩を落としてそんなことを言うと、聞いた人が面倒な誤解をするから止めてほしいかな。

 といっても、こんな夜の公園のベンチの周りに、そもそも人気なんかないわけだけど。


 ファミレスの店前でいきなり涙を浮かべはじめたアルマ。とにかく人目もあるので、おれは彼女を近くにあった公園に誘い、とりあえずベンチに座らせた。

 もう10月なので夜は肌寒く、近くの自動販売機で缶のHOTミルクティーを2本買い、1本を手渡す。そのぬくもりを感じて落ち着いたのか、彼女はポツポツと説明してくれた。


「日本では名前のあとに『さん』とか『くん』とかつけますよね。それが敬意をあらわす、とても素敵な文化だということは理解しています。けれど、わたしの故郷にはない文化でした」


 いわゆる敬称のことか。たしかに日本独特の慣習だよな。

 そこでなぜか、たまにおれのことを「バカハヤト」と呼ぶ幼馴染(くされえん)のことを思い出す。つける前後の違いはあれども、あれも敬称というか愛称ではあるのだろうな。


「父も、母も、だれもが。わたしのことを、ただ『アルマ』とだけ呼んでいました。それが、あたりまえでした。けれど、こちらではいつも『さん』や『くん』をつけて呼ばれます。それがなんだか他の人の名前のようで、最初はすごく違和感があったんです」


 ああ。以前に聞いたことがある。


 日本語を学びはじめたばかりの外国人が、敬称をファミリーネームだと勘違いして、日本人には「サン」という苗字が多いと勘違いしたこと。

 アニメを海外で放映するときキャラクターを「xxxxkun」とか「xxxxchan」と字幕表記したら、子どもたちがそれをまとめて名前だと信じてしまったこと。

 おたがいの文化を知らなければ、要らぬすれ違いが起きてしまう一例だ。


 気づいてしまえばすぐに解ける、笑い話ぐらいの誤解だ。けれど当事者として放り込まれたら、どうだろう。それが誤解ではなく彼らにとっての正解である環境に、ギャップを感じながら暮らすことになるのは間違いない。


「もちろん一年のあいだに、そんな違和感は薄れて、いまではすっかり気にならなくなりました。むしろおたがいの関係や距離感がわかって、とても便利な習慣だとも思います、けれど……」


 アルマは急にこちらを向いて、なにか訴えるように話を続ける。


「逸人さんが『アルマ』とだけ呼んでくれたとき、思い出したんです。そう呼んでくれていた父や母の声といっしょに。日本に来る前のわたしの暮らしのことを。朝から夜まで、だれもが笑顔で『アルマ』と話しかけてくれたことを。どれも、とても懐かしい記憶ばかりした」


 あふれだす感情をおさえるように語りつづける、アルマ。


「だから、日本ではじめて、ほんとうのわたしを呼んでもらえたようで。……とても嬉しかったんです」


 そしてふたたび前を向いて、彼女は肩を落とす。


「でも、逸人さんの呼び方は、また『さん』に戻ってしまいました。せっかく近づけたのに。また離れていってしまうんだなと。それが寂しくて、思わず泣いてしまったんです」


 そしてポツリと。


「すいませんで……あっ」


 つい発してしまった言葉に気づくと、アルマは慌てて口に手をあてる。


──こいつって、やつは。


 どこまで生真面目なんだよ。そんで、どこまで黙って背負い込んでんだよ。

 まるで見てられない。

 はじめて教室で見た、あの背筋を伸ばして歩く毅然とした姿とは、まるでうってかわって。

 いま隣に座っているのは、変な重荷をあたえられてへこたれてる、あたりまえに16歳でしかない女子高生だ。異世界転移者でも、剣聖でもない、素のアルマだ。


 なら、おれも。妙な建前はひとまずおいておこう。


「たしかにさ。みんなおたがいの距離ってやつには苦労するんだよな。クラスメイトと一口に言っても、いろんな関係があるわけし」


 人間関係なんて、だれだって無意識に手探りしてるものだ。敬称ってのも、そんなおたがいをはかる物差しのひとつだろう。

 でも距離なんて相対的だから、いつでも近づいたり離れたりする。要はタイミングなんだと、自分に言い聞かせる。めんどくさい、とばかりも言っていられないのだと。


 そうしておれは「だから」と言いながら、彼女に手を差しだす。


「あらためて、よろしくだ。──アルマ」


 差しだされた手を、おれの顔を交互に見比べてから、彼女は思いっきり両手でつかんでくる。


「ありがとう……ございます!」


 ようやく言えたという安堵感をにじませながら、顔いっぱいに笑みをたたえるアルマ。


「あと、あれだ。こっちだけ呼び捨てってのも変だから、アルマもおれのことは逸人でいいよ」

「え、いえ、それは失礼では」

「問題ないさ」


 いや、ないわけではない。二人がいきなり呼び捨てになっているのを、クラスの連中が見たらどう思うか。もうありありと、やっかいな未来が予想される。


「そもそも、さっきもう『ハヤト』って呼んでただろ。スキルを発動するとき」

「き、聞こえてたんですか?」


 そりゃ、あれだけ気合い入れて叫んでたら、聞くなという方が難しい。


「たださ、あの場であれはどうかと思うぞ。たしか『あなたに委ねます』という意味で、結婚式で新婦が宣誓する言葉……」


 しまった!

 なにを口走ってるんだ、おれは。

 こんなことを言っしまったら──。


「いえ、あれは、他に思い浮かばず、つい……あれ?逸人さんは、なぜそんなことを知っているんですか?」


 最初は真っ赤になって慌てふためきながらも、急に首をかしげる彼女。


 そうですよね。気づきますよね。


 いや、親父から聞いたことがあって、とか。

 知り合った転移者の人に教えてもらった、とか。

 とりあえずこの場を切り抜ける言い訳なら、とっさにいくつか思いつく。


 けれど、もう限界だろう。


 そもそもディバイド発動のときから、いつかアルマには話すことになるだろうと予感していた。こちらの手の内を明かしすぎたからな。

 この先いろいろと、口裏をあわせてもらうためにも誤魔化しつづけるのは無理だ。


 あと、純粋に剣聖というジョブに興味がある。

 おれのもつ経験や知識とあわせれば、探している答えに一歩近づけるのではないか。

 そんな打算も、おれのなかでは芽生えはじめていた。


 ただ、ここでもタイミングだ。

 さっきの一件で里心がついてしまっているアルマに、いまばらすことが良いのかどうか。

 下手にもたせた希望を、すぐさま失望に変えてしまうのではないか。


 けど悩んでいても仕方がない。ここはもう、すべては無理でも、できる限りの説明をしなくては。

 そう覚悟を決めて、不審げにこちらを見つめるアルマとあらためて目をあわせる。


「アルマたちは、こちらで異世界転移者と呼ばれてるよな」

「はい」


 いまさらなにを、という風にぽかんとした顔をする彼女。


 しっかし、こいつバスの一件以来、ほんとに表情がころころ変わるようになったよな。

 これが本来のアルマだとするなら、それはきっと良い兆候なんだろう。

 そんな彼女の変化を後戻りさせたくなくて、さっきは手を差しだしたのだ。

 ならば、その手をいまさら引っ込めるわけにもいかない──。

 

「その言い方に倣うなら、おれは異世界帰還者、なんだ」



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