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守りたいのは、そっちじゃない。

一区切りまでは、なんとか連投したいものです。




「いらっしゃいませ!ようこそバニーズへ!」


 やたらテンションの高い声と笑顔。ベストにリボン、そしてタイト気味なスカートというクラシックなユニフォーム。

 店名とは真逆なスタイルのスタッフに迎えられて、そのままおれたち3人は窓際の4人テーブルに案内される。


「すまないね、もっと高級なレストランに招待できれば良かったんだけど。国民の税金で活動している以上、経費には厳しくてさ。その名刺も、じつは官給ではなくて自費なんだよ」


 大声で「わっははは」と笑う小鷹さんがくれた名刺には、防衛省陸上自衛隊と明記され、駐屯地や一等陸尉という階級が記載されている。

 疑うわけではないけど、身分を証明する名刺が自費ってどうなんだ。国防予算が少ないからって、それで良いのか日本。


 まあ「好きなだけ食べてくれ」というお言葉に甘えて、ステーキにサイドメニューのサラダとスープまで注文したおれとしては、さすがにこれぐらいで国防が疎かになることはあるまいと信じたい。

 おれとアルマの向かいに座った小鷹さんの注文がコーヒーだけだったのは、きっと夕食を済ませているからだろう。うん。


「さてと」


 注文を終えて、めいめいがドリンクバーで飲み物をとってくると、いきなり小鷹さんは勢いよく両手をテーブルにつき、上半身を乗り出すような姿勢で頭を下げた。

 40歳ぐらいだろうか。スーツの上着を脱いでシャツだけになると、その体格には威圧感さえある。眼の前で盛り上がった肩から腕にかけての筋肉量は、さすが自衛官だ。


「救援が遅くなってすまなかった。公安から、保護対象者の生活圏内に不審者がいるとの内通があってすぐ駆けつけたんだが、もうきみたちがバスを降りた後でね」


 なるほど。すでにアルマは公的に保護対象者という扱いだったのか。


「いろんな組織と連絡を取りあってはいるけど、自衛隊というのは基本的に不自由な組織なんだ。正式な出動要請なしに行動しようものなら、すぐに国会問題だよ」


 ブラックコーヒーを一口すすりながら、その味とはたぶん違う理由で苦い顔をする。


「だから今回の自分の行動には公的な記録が残らない。できれば内密にお願いしたいんだ」


 自衛官の制服ではなくスーツを着ているのは、あくまで私的行動にしたいからだと。

 アルマに対する職務上の警戒レベルが高いと見るべきか。それとも彼自身が民間人の危険を見逃せないお人好しなのか。

 どちらとも言えない以上、ここはあえて敵視する必要もないだろう。


「かまいませんよ。小鷹さんが来てくれなければ、ぼくたちは危険だったわけだし。感謝しています。もちろん今夜のことは口外しません」


 「そうか」と安心したように、彼はソファに座り直す。


 そんな二人の会話を聞いているはずのアルマは、さっきから隣でなにかソワソワしている。

 注文したパスタがいち早くテーブルに届いても、それを食べるでもなく、ただフォークでいじっているだけ。

 会話の内容に興味がないのか、ずっと自分の世界に没頭している。


「ちなみに、いつから見ていたんですか」

「うん?ああ、アルマくんがスチールのポールを振りかぶったあたりかな」


 ディバイドを放つ直前からか。それなら誤魔化しようもある。


「しかし、なんだいあの攻撃は。振り下ろす剣筋も美しくて見事だったが、離れた相手、しかも二人同時に衝撃で吹き飛ばすなんて。いったいどんな理屈でああなったんだ?」

「そんなの、ぼくにわかるはずありませんよ。それこそ異世界のスキルというやつじゃないですか?魔法なんかがある世界の技術だし」

「ただ薄暗くて遠目だったものの、きみがなにかアドバイスしたり、合図を出してるようにも見えたんだが」

「ああ、一応ぼくも小学生の頃に剣道を習っていたんです。1級止まりですけどね。だから彼女を無我夢中で応援していたんですよ」


 嘘ではない。親父のすすめで小学校の6年まで剣道道場に通っていた。息子に赤胴を着させるのが夢だったとか。鈴之介かよ、何歳なんだ親父。


「小学生で1級なら最上位じゃないか。立派なものだ。それならまあ……」


 誤魔化せたのか?だとすると親父のレトロ漫画趣味にも感謝しないといけないのか。


 この後は、運ばれてきたメニューをしっかりと平らげるあいだ、当たり障りのない会話に終始した。もう少し尋問のようなことを警戒していたのだが、公的記録を残さないということは調書のようなものも必要なく、そもそも事件としては扱わないようだ。


「ちなみに、きみたちを襲ったやつらの身元だが」


 3杯目のコーヒーをお代わりしてきた小鷹さんが、仕切り直しのように話をきりだす。


「こちらで片付けておいた2人とあわせて4人とも公安に身柄を引き渡したので、まだはっきりとはわからん。白人系の外国人だったが、身分証明のようなものは持ってなかったしな。まあどこかで尻尾切りされて、本丸までは辿り着けないだろう」

「そうですか。これからもこんな目にあう可能性が?」

「ないとは言い切れんな。しかしアルマくんの警備を強化するにしても、あまり行動を制限されるのも迷惑だろう」


 小鷹さんはアルマの方をちらりと見るが、あいかわらず彼女はぼんやりしている。

 まあ警備という名の監視が厳しくなるのは、おなじ家に同居している以上、こちらとしても遠慮したい。


「まあ手は考えておくよ。ただしばらくは、アルマくんから目を離さないようにしてほしい」

「ぼくがですか?」

「いろいろと情報操作が必要なんだよ。かよわい剣聖には、頼もしい剣士が護衛についていたと。あの能力を秘密にしておくためにもね」


 本末転倒だ!

 おれから目をそらすためだったのに、むしろおれに注目させてどうする。

 いっそ、さっさと倒しておけば……。いや、それだと背後のやつらを刺激して、ますます行動がエスカレートするだけだ。

 公安やら自衛隊やらの公権力が、内密にでも関与したと思わせる方がよほど良い。


「まあ、そう心配しなくても悪いようにしないさ。なんなら、本気で段位をめざすなら自分が協力するよ」


 小鷹さんが、コーヒースプーンを握って軽く一振する。その所作だけで理解できた。あっ、この人は達人級だと。


「……よろしくお願いします。でも段位の方はけっこうですので」


 また「わっははは」と高笑いした後、彼はさらにリラックスしたようにソファにもたれる。


「いや正直ね、異世界人のもつ戦闘力というか、そのポテンシャルについては隊でも懸念する者が多いんだ。いまは脅威でなくても将来はどうかとね。異世界人という存在が公表されてからというもの、海外からも公式非公式を問わず接触を求める声が強まっている」


 それは、もちろんそうだろう。既存の体系に属さない未知の技術。そんなもの興味どころか恐怖の対象にすらなる。


「かといって異世界人の身分というのは在留資格、永住権であって、まだ国籍ではない。つまりパスポートは発行できないんだ」


 つまり正規の方法で、異世界人を海外に連れ出す手段がないと。もしも強硬策に出るなら、それこそ拉致とか……。


「でもね。それでも異世界人だって、この国に暮らす市民だ。われわれには、市民を護るという責務と自負がある。なにがあってもだ。それだけは覚えておいてくれ」


 力強く宣言された言葉。いままで上の空だったアルマもなにか感じるものがあったのか、ようやくまじめな顔に戻っていた。


 それから小鷹さんは「今日は会えて良かったよ」と言うと、オーダー票を持ってレジへと向かう。

 会計を済ませてから、レストランの入口で「なにかあったら、いつでも連絡してくれ」と言って去っていった。


 やれやれ。このめんどくさい連鎖はいつまで続くのか。


「さてと。アルマさん、帰ろうか」


 レストランでは、なぜか終始無言だったアルマに声をかけた。


──あれ?

 なぜか彼女が、いきなり驚いたような顔をしている。


「えっと、アルマさん?」


 もういちど声をかけても反応がない。

 むしろ肩を震わせながら、なぜか少しずつ泣きそうな表情になっていく。


 ど、どうしたんだ。

 レストランでは、たしかにフワフワしているというか、少し挙動不審ではあったけど。

 あれから、なにか彼女を悲しませるようなことをしたか?

 これは、いったいどうしたものか。

 眼の前で、おれを見ながら制服姿の女子が涙をためていく。そんな、いきなりの変化に頭がついていかなかった。

 

「さっきは……」


 ようやく、小さな声でつぶやくように彼女は話しだす。


「さっきは『アルマ』と呼んでくれました」


 あっ、これ、もっとめんどくさいやつだ。



いろいろと誤字脱字が心配ですが、

ご意見ご感想いただけると嬉しいです。

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