剣はなくとも、真剣なんだよ。
勢いつけて、4話目です。
迂闊だった。
ほんとうに間抜けそのものだ。
せめてバスから降りる前に気づいてれば、どうにでもできたはず。
目的地で馬車から降りる前には周辺をサーチなんて、かつては常識だっただろうに。
これが、いわゆる日本人の平和ボケってやつか。
もう相手はこちらを認識してるだろうから、誤魔化しようがない。
おれはともかく、アルマは目立つからなあ。
いやほんと、このブロンドヘアーひとつとっても隠しようがない。
おまけに、これでも175cmあるおれと大差ない高身長で、文句のつけようもないプロポーション。
今日、クラスの男子が声高に主張していたが「田舎の畦道でも、パリコレのランウェイに変えてしまう」ほどらしい。
と、愚痴っていても仕方がないので、状況を整理してみる。
時間はもう午後6時をまわって、あたりは薄暗い。
バス通りなので人影はちらほら見かけるが、この先で住宅街に入ると一気に寂しくなるはず。
おそらくは、そこまで即かず離れず追いてくるだろう。
そしてターゲットは……間違いなくアルマだ。
(男の子なんだから、きちんとアルマちゃんを守ってよね)
箱崎さんの声が脳裏に響いて、やけにプレッシャーをかけてくる。
はいはい、わかってますよ。
「アルマさん」
「はい?」
彼女の横に並んで、なるべく自然に小声で話しかける。
「だれかに狙われている。なのでいまからちょっと、いや、かなり失礼なことをするかもしれない。でも誓ってやましい気持ちじゃない。だから信じてほしい。できれば大きな声を出さないでくれると助かる」
「……わかりました」
声の雰囲気から察してくれたのか、アルマは小さく頷いた。
おれは、おそるおそる彼女の肩に腕をまわす。
(役得だな!)
うるせえよ、親父!こっちは真剣なんだ!
そのままバス通りを左に曲がり、住宅街へと入っていく。
さらに二回ほど角を曲がったところで、おれは電柱の陰に隠れるようにしてアルマに覆いかぶさった。
追ってきている足音は二人。
見失わないように、タイミングをみはからって角を曲がってくる。そして予想通り、足を止めた。
やつらにすれば、思春期のカップルが我慢できず、暗がりでイチャつきはじめたように見えたのだろう。
躊躇したダークスーツ姿の男たちに、壁と電柱の間から狙ってコインを指で弾く。
二連続。ノーモーションで撃てるため、かつて得意にしていた指弾だ。どちらも頭部に命中し、やつらは膝をつく。
まず死ぬことはないが、脳震盪ぐらいは起こしただろう。
すぐさまアルマから身を離して、電柱脇に束ねて捨てられていたスチールラックのフレームを一本抜き取る。今朝自転車で通ったときに「明日は粗大ゴミの日か」と覚えていたのだ。
「さあ、これを……」
そう言ってアルマにフレームを手渡そうとした。が、なにやら彼女の様子がおかしい?
「え、えぇ、は、はひ……」
呂律がまわっていない。顔を真赤にして、おれと視線をあわそうとしない。ただキョロキョロとあちこちに目を泳がせている。
物静かで落ち着いていたアルマが、なんということか。すっかりポンコツになってしまっていた。
しまった!?彼女の国の倫理観とかは知らないが、肩を抱くというのは、よほど恥ずかしい行動だったのかもしれない。
「アルマ!」
とにかく彼女の両肩にもういちど手をおいて、強い口調で呼びかける。
ようやく、彼女の視線がこちらを見てくれた。
「しっかりしろ!ここからはきみが必要なんだ」
「ひ、ひつ……よう?」
そうだ。彼女が必要だ。このままやつらを倒すのはかんたんだ。
けれど、そうするとおれがずっと隠してきたこと、どうしても守りたい誓いがばれてしまう。
我儘だとわかっている。わかってはいるが、いまはまだ、それだけは避けたい。
だから、ここはアルマ自身の、剣聖としての力で切り抜けてもらいたかった。
追ってきたやつらの方を向かせて、自分たちが襲撃を受けていることを自覚させる。
そのうえで肩においた手に力を込めると、彼女の目に焦点が戻りはじめた。
あらためてスチールフレームを握らせ、今度は背中の方から彼女の肩に手を添える。
「これを剣だと思って握ってみるんだ」
「で、でも、わたしには……」
「大丈夫だ!」
膝をついて半分気を失っていた二人が、ふらふらと立ち上がろうとしている。
素直についてこなかった連中は、たぶん逃げ道を塞ごうとしているのだろう。時間が経つと、そいつらもやってくるかもしれない。
それまでに、眼の前のやつらとは決着をつけておかなくては。
一呼吸おいてから、アルマを少しでも落ち着かせようと語りかける。
「あのさ、アルマ。ジョブって、天職ってなんだと思う?」
「え?」
「きみたちはさ、天職ってのを、なにか高みにある目標、たどり着くべき境地みたいに考えてるんじゃないかな」
「それは……、たしかにそんなイメージです」
話しながら手に込める力を加減させることで、アルマとおれの呼吸が少しずつシンクロするように誘導していく。そうすることで彼女の「気合」を高めていく。
「おれは違うと思う。ジョブというのは、すでに持っているものなんだ。成人の儀で与えられるものではなく、判明するものだと。だからさ、アルマはアルマのままで、もう剣聖なんだよ」
「でも、でも、わたしにはなにひとつスキルなんて」
「スキルなんて、手順のオートメイション、自動化さ。修練と努力を怠らなければ、自然に身についていく技術、すでに身についていた技術。いわば武芸でいう型のようなものだよ」
教室で、はじめてアルマと会ったとき、いちばん目を引いたのは彼女の掌にあるマメだった。木刀ならと言っていたけど、ほんとうに毎日毎日、木刀を振り続けていたのかしれない。
「だからさ、レベルなんてものも関係ないんだ。もちろん土台だから、上がればすべての剣技で威力も速度も上昇していく。けどそれだけ。すべての可能性はもう、アルマの内にあるんだよ」
「わたしの内……」
「そう。だから迷わなくても良い。ただ信じてくれ。できるんだと」
さて、そろそろ相手も回復してきたようだ。
なにやら知らぬ言語で会話しながら、こちらを向いて警戒している。
腰を落とし、懐からサバイバルナイフのようなものを取り出して握りしめている。
もういい加減決着をつけないと危ない。「気合」の練りも、すでに十分だ。
「だからいくよ。剣、いまは棒だけど、それを振ろうなんて思わなくて良い。ただ切っ先をやつらに向けて。しっかり意識をもって。剣に任せて気持ちをのせれば良い。あとはアルマの内の剣聖が教えてくれる」
「わかりました」
「よし、いけ!アルマ!」
合図と同時に、おれは無言でスペルを唱え、アルマをサポートする。
(ハーミット)
これで相手はほんの一瞬だが視界を奪われる。とうぜん回避は難しくなる。
「いきます!ヴィジャストレーゼアインツ!ハヤト!」
なぜか異世界語の掛け声とともに、彼女は振りかぶり、振り下ろす。
えっ?アルマさん?
それって、いま言う言葉なの?
困惑するおれとは無関係に、剣筋の残像が弧を描く。
銀色の三日月がそのまま、二手に別れながら疾走っていく。
剣聖のみならず、剣技を扱うすべてのジョブにとって最初のスキルである「ディバイド」だ。複数人を相手にするなら高レベルになっても頻繁に使用する。
銀色の弧が二人の身体に直撃して吹き飛ばし、背後の壁に勢いよく激突させた。
これは……予想外だ。けれど、おもしろい。
剣ではなくスチールフレームを使ったからか、スキルが斬撃ではなく衝撃に変化したようだ。
うん。スプラッタにならなくて良かった。
振り下ろした姿勢のまま、アルマが振り向く。
なにかが吹っ切れたような表情で、晴れやかにこっちを見つめてくる。
よくやったとでも、おれが言おうとしたとき。
「おみごとです」
後ろから、だれかが先に称賛の言葉をかけてきた。
残る二人の気配がいつまでも現れないので怪訝に思っていた。代わりに、さきほどからこちらをじっと注視する気配が近くにあった。
敵意がなかったので「もしかして」という期待を込めて後回しにしていたが、こいつだったのだろう。
「……覗き見ですか」
「いやこれは失礼。自分は一等陸尉、小鷹亮平という者です」
サイドを思い切り刈り上げた短髪の男性が、自衛官としての階級を名乗りながら、やけにニコニコと微笑みながら歩いてくる。
なんということでしょう。こちらを見つめていたのは「横槍さん」でした。
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