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カーテンコールなんて遠慮したい。

もともと二話にする予定だったエピローグですが、上手い分割ポイントが見つからず、一話に詰め込んでしまいました。なので、いつもより長めです。


 ズシン。

 魔獣の巨体が大きな音を立て、地響きとともに崩れおちた。

 アルマは、残心の構えのままで警戒を怠らずにいる。

 もちろんおれも、いつでも次の行動に移れるよう様子を観察していた。


 その時──。

 アルマの手にしていた剣が、いきなり発光しはじめる。

 次の瞬間、握った手の中から音もなく、その刀身が一瞬で消え去る。あたりに微細な粒子を撒き散らしつつ、静かに霧散した。


(時間制限?あるいは一撃だけの回数制限なのか……)


 どちらにせよ、ある意味で都合が良いともいえる。 

 なにせ、あのまま持ち運んでいたら銃刀法違反だ。間違いなく即逮捕だ。


 あらためて検証が必要だな、

 そう思いつつ、武器を失い無防備となったアルマのもとに駆け寄る。

 魔獣は、まだ息はあるようだが微動だにせず、完全に戦意は喪失しているようだ。


「おつかれさま」

「……」


 おれが話しかけても、アルマは呆然として、剣が消失した手元を見つめている。


 さてと。腹部から血を流しつつ倒れているこの魔獣を、どうしたものか。

 複雑な気分で悩んでいたとき、いきなり頭の中に声が響いた。


『……なにを、躊躇う。……疾くと……とどめを……刺すが良い』


 途切れ途切れの、けれど重々しい声音。


「ハヤト、これは?」


 アルマにも聞こえたのだろう、我に返ったような表情でこちらを見つめてきた。

 こんな芸当ができるのは、この場で唯一だろう。

 おれは、目の前で倒れている魔獣に向けて声を掛けてみた。


「いまの声は、おまえ、なのか?」

『いかにも。……ようやっと、おまえたちの思念が……理解できたのでな』


 異世界転移者が、容易に他言語を理解できる理由。そのひとつの仮説として、魔力の波長が脳の言語野と同調し、急速な学習を可能にしているのではないかという説がある。

 おなじようなことが、この戦いの最中で起きていたのだろうか。

 もちろん言語や思念を理解できても、人間と魔獣とでは発声形態がまったく違う。だから、念話のような方法で語りかけてきたのだろう。


 ──言葉が通じるのなら。

 おれは、戦いの最初からずっと感じていた疑問をぶつけることにした。


「……おまえは。なぜ、あの二人を殺さなかった?」


 魔獣の戦闘力を考えるなら、どう考えても普通の人間など瞬殺だろう。

 むしろ「殺すな」という方が難しい。

 なのに、二人とも生きていた。


 斜面下で発見した男性は背中に大怪我を負っていたが、沢口さんの証言を信じるなら彼をかばったせいだ。しかも、そのままとどめを刺されることなく見過ごされている。


 もしかしたら、魔獣には殺害までの意図はなかったのではないか?

 それは、ずっと心のどこかにわだかまる疑念だった。


『……わが領域を脅かす……ほどなら……ともかく……弱き者など……いたぶる趣味はない』


 内心で「やっぱり」と納得する。

 魔獣にすればせいぜいが警告や威嚇程度のつもりだったのだろう。

 だとしたら……。


 その時、渓流の向こう側から一匹の小動物が駆け寄ってきた。

 子犬のようなそいつは、怯える様子もなく魔獣の顔もとに近づく。そして、その鼻先に自分の顔を押しつけはじめた。

 おなじような色をした体毛。幼いせいか全体に丸みを帯びているものの、似通った顔立ち。


「まさか、おまえの子?なのか」

『まだ……日は浅い……がな』


 こいつは、見知らぬ世界に、身重の状態で転移させられてきたというのか……。

 そりゃあ、必死にもなるよな。

 瀕死の母親を心配するようにウロウロするばかりの子獣を見ながら、おれは少し気が滅入る。

 こいつにすれば、生きるために手に入れた縄張りを、おれたちが踏み荒らしにきたようなものだ。

 それでも、こいつは不要な殺生を避けようとしてくれた。


「逸人くん!」


 続けて、ティル姉もやってきた。

 さきほど救けた男性も気がついたのだろう、後ろからついてきている。


「無茶しないでって言ったのに。また傷だらけじゃないの。はやく手当を」

「ティル姉、まだ魔力はだいじょうぶ?」

「おかげで大丈夫よ。だからはやく」

「いやいや。それなら先にさ……」


 意を決したおれは、駆け寄ってくるティル姉に真顔で頼みこむ。


「こいつを、ヒールしてやってくれないか?」


 倒れている魔獣を指さしながら、そう言った。


「……本気なのね?」


 ここまでの念話は、たぶん彼女にも届いていたのだろう。

 たいして驚いた様子もなく、あくまでも念を押すかのように確認してくる。


「ああ」


 力強く頷くと、ティル姉も決意したような眼で頷き返してくる。


「わかったわ。あの出血量だと急がないとね」


 恐る恐るながら、魔獣のもとに近づき「獣医じゃないんだけどなあ」とか「まずは内臓の修復をしないと」などと呟きながら治療を開始する。

 レベルアップのせいか、傍から見ていても明らかにヒールの効果や速度が上昇している。それどころかピュリファイといった、新たな治癒魔法まで習得しているようだ。


「あの……」


 ティル姉と一緒だった男性が、あらためて声をかけてきた。


「えっと。あなたがローディアさんですね」

「はい、そうです。救けていただき、ありがとうございました!」


 ローディアさんは、深々と頭を下げる。

 その感謝の仕草が土下座までしそうな勢いで、こちらが慌ててしまうほどだ。


「いやいやいや。無事で良かったです」

「いえ、わたしだけでなく守護獣さままでお救いいただけたこと、本当に感謝します」

「守護獣さま?」

「はい。わたしの里には言い伝えがあるんです。かつて大きな狼の魔獣が近くの山に棲んでいて、作物を荒らす害獣や、侵そうとする外敵から守ってくれたと。だから、われわれは守護獣さまとお呼びして、いまでも祭りで感謝を捧げているのです」

「わたし、その物語、知っています」


 アルマが、懐かしい故郷の伝承に興味が湧いたのか、会話に参加してきた。


「孤児のローディが、森の中で怪我をしていた小さな魔獣フェンディアと知り合って、世界を旅する話ですよね。北の大山脈や西の大砂漠などを冒険して、さまざまな苦難のなかで成長していくという。最後は、たまたま立ち寄った村で凶暴な魔獣の群れから人々を救うんです。そしてローディは村長の娘と結婚し、人よりずっと長命なフェンディアは山に住んで彼らの子孫を守り続けたんだとか」

「はい、そうです。……恥ずかしながら、わたしのローディアという名前も、そのローディさまとフェンディアさまに、ちなんでつけられたんです」


 ローディアさんは、赤面しながら頭をかく。

 村で英雄視されているコンビから名付けられたわけだ。そりゃ相当な照れくささを感じるのも無理はない。


「すると、あの魔獣が、そのフェンディアだと?」

「いえ。言い伝えでは、もうずっと昔に守護獣さまは天寿をまっとうしたとされています。けれど立派な立髪や尻尾など、小さな頃から聞かされていた守護獣さまのお姿にそっくりなので……」

「物語では、茶色い毛並みの大きな狼としか書かれていませんでしたけど、そうなんですね」


 おなじ物語を受け継いでいるということは、アルマとローディアさんの故郷は近いのかも知れない。少なくとも、おなじ大陸なんだろうな。


『われは、そのような名ではないし、そのような記憶もないな』


 治療が終わったのか、魔獣がゆっくりと上半身を起こしながら会話に加わってきた。

 ティル姉も、人間相手の治癒魔法とは桁違いの魔力を消費したのだろう。少し疲れたように戻ってくる。

 そして、その腕には、さっきの子獣が抱かれていた。

 親を治療してくれたことへの感謝なのか、頬を舌で舐められたりしている。

 こいつはまた、えらく懐かれているようだ。


「じゃあさ、いまさらだけど名前を教えてくれないか」

『かまわぬが、人には正しく発音できぬだろうよ。なので、好きに呼ぶが良い』

「で、では!」


 ローディアさんが、魔獣の前に歩み出てお願いをする。


「それでは、ラウェルさまとお呼びしても、よろしいですか?……その、フェンディアさまがお産みになられた、お子さまの名前だと伝わっているんです」

『……かまわぬ』


 思わぬところで故郷との縁がつながったような気がしたのだろう、許しをもらえたローディアさんはひどく嬉しそうだ。


「じゃ、じゃあ、この子の名前は?」


 知らぬ間に、ティル姉から子守をバトンタッチしていたアルマが尋ねる。

 こちらにもすっかり懐いたらしく、腕の中で小さな尻尾を振っている。


『おなじこと。好きにせよ』

「じゃあ、えっと……。あっ、そうだ。この子って、男の子?女の子?」

『そのような区別などはない』


 えっ!?雌雄同体なの?それって哺乳類というか、脊椎動物ではありえないのでは。

 ユニークモンスターの生態など異世界でも不詳だったが、これは衝撃の事実だ。

 

 「がーん」という効果音でもつきそうなほど、驚愕するおれ。それにおかまいなく、女性二人は顔をつきあわせて、なにやら相談をはじめた。


「それでラウェルは、いつごろこちらに来たんだ?」

『いつ、というのはわからぬが、あの月が満ちるのは三度目だ』


 ほぼ満月の夜空を見上げながら、ラウェルは言う。

 およそ二、三ヶ月前に、転移させられてきたということか。

 これまで人目に触れることがなかったのは、自発的に接触を回避していてくれたのだろう。


「じゃあ、今後のことなんだが。じつは、この近くに集落というか、人の集まりができる予定なんだ」

『あの不快な音と臭いが、ますます増えるということか』


 音と臭い……。クルマのことか。


「もしかして、岩で道をふさいだのは、おまえか」

『……』


 無言でそっぽを向くというのは、自白しているようなものですよ。ラウェルさん。

 とはいえ、直接危害を加えなかったあたり、やはりラウェルは先住者に配慮をしてくれているのだろう。

 もしかしたら、不幸な遭遇となったのは、クルマの騒音や排気ガスで気が立っていたからかもしれない。


『心配せずとも、こちらから、おまえたちの同胞に干渉する理由もない。他の気配が近くにあるときには注意しよう』

「そうしてくれると助かるよ」

『ただ、気になるのは……』


 ラウェルが、ずっとアルマやティル姉にじゃれついている子獣の方を見る。

 そのとき二人が、こちらに向いて声を上げる。


「じゃあコハク!」


 コハク?もしかして、子獣の名前か。


「だめですか?こっちの世界で生まれたんなら、こっちの言葉が良いかなと思って」

「琥珀色って、この子の毛のような濃い茶色から、ラウェルさんの立髪のように金色に近いものまで幅があるのよね。だから、ぴったりかなあと」


 そろって懇願するようにラウェルを見つめる。


『好きにするが良い』

「やったあ!じゃあ、きみはコハクちゃんね」


 赤ん坊に高い高いをするように抱き上げながら、はしゃぐ二人。


(うん?)


 二人が名付けした瞬間に、コハクの額でなにか魔素の粒子がきらめいたような。

 一瞬だったが、気のせいか。


 このあと、ラウェルといくつかの確認をしてから、おれたちは廃村に戻ることにした。

 コハクと離れ離れになることを残念がる二人を、無理矢理に引き離すようにして下山する。


「ちょっと驚いたよ。逸人くんが、ラウェルさんにヒールをお願いしたこと」

「でも、ハヤトらしいです」


 別に、らしくはないと思う。

 ただ、かつて出会った魔王の言葉が、ずっと忘れられなかっただけだ。

 異世界の山上で、あいつと過ごした短いひとときを思い出す。

 「転移で困っている人がいたら助けてあげてほしい」と頼まれたときも、こんな星空だった。

 たとえ相手が魔獣であっても、言葉が通じるのなら。想いを理解できるのなら。それは人と大差はないだろう。


「あのまま放置してたら、コハクちゃんが一人ぼっちになっちゃってたものね」

「それと、里の言い伝えでは、守護獣さまのおられた時代は、山や里の実りがもっと豊かだったといいます。もしも本当なら、わたしたちの仕事にも、きっと良い影響があるかもしれません」


 ローディアさんの知る伝承は、きっと真実だと思う。

 さっきラウェルに聞いたところだと、あいつにはもともと、捕食という行為がたいして必要ないらしい。身体の維持に必要なのは魔力で足りているのだと。だから、自分の領域を定めて魔力を整えることが生きるうえで最大の目的だというのだ。

 これはたぶん、かつて魔王が「調律」と呼んでいた、魔素の循環をコントロールする行動と似ているのではないか。

 魔王が管理していた地域は、魔獣も含めて動物たちにとってきわめて住みやすい土地だったらしいから、作物の実りだって豊かになるのかもしれない。


 いろいろ話をしながら、おれたちは渓流をたどって川下に向かった。無事に廃村まで戻ると、まずはクルマから着替えとして持ってきていたシャツを、ローディアさんに渡して着替えてもらう。

 背中が破れた上着は水に濡れてしまい、身体が冷えるので置いてきたことにしてもらうためだ。

 さもないと、ヒールで怪我を治療したことがバレかねない。


 そのうえでローディアさんには、おれたちがクルマに戻った少し後に、一人で校舎跡に帰ってもらうことにした。自力で生還したかのように装うためだ。


 箱崎さんが眠っているのを確認してから三人でクルマに乗り込む。しばらくすると、三峰の社員が慌てながらやってきて、ローディアさんの無事を報告してくれた。

 ようやく目覚めた箱崎さんは、喜び勇んでみんなのところに向かう。

 山中での顛末を知らない彼女の、心の底からの安心ぶりを隠れ蓑にして、おれたちはなるべく大人しくしておいた。


 やがて夜が明け、早朝から警察のパトカーが駆けつけてくる。

 あらかじめ連絡しておいたので、とうぜん山中の捜索は実施されず、たんに事情聴取だけだ。

 ちなみに、途中の落石は“何故か”さらなる斜面下へと転がり落ち、通行可能になっていたらしい。


 こうして昼頃。申し訳なさそうな北畠さんと越田さんに見送られ、おれたちは帰路につく。多少の仮眠はとったものの、さすがに眠気で頭がぼうっとしている。

 ただまあ運転手である箱崎さんだけは、魔法でぐっすり眠っていたから大丈夫だろう。


「ほんとに道が開通してるわ」


 落石現場に辿り着いたところでいちどクルマを停め、念のために走行可能かどうかを確認する箱崎さん。


 と、その時。


 斜面の方からクルマへと、見知った小さな影が走ってきた。

 もはや見間違うはずもない茶色の毛並み。

 元気いっぱいのコハクだ。

 えっ、どうして?


『しばらく、世話を頼む』


 驚くおれの頭に、そう告げる念話だけが響いてきた。

 気配察知で探したところ、どうやらもっと山の上の方からラウェルは見届けているようだ。


 まさか、アルマやローディアさんの語った物語に感化されて、可愛い子には旅をさせろとでも思ったんじゃないだろうな。

 いやいやいや。魔獣の子どもなんて、どうやって世話しろと?

 場所は?食事は?予防注射って必要なのか?


 すぐにクルマを降りて、嬉しそうにコハクを抱き上げるアルマとティル姉。

 その姿を横目に見ながら、おれはひとりで頭を抱える。


──なんでまた、めんどくさいタスクが増えるんだよ!?



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