無理と無茶が、手をつないでやってくる。
間に合った。けれど予定より話数が伸びているのは、なぜだろう。ちなみに、いちばん苦労しているのはタイトルだったりします。
すくい上げるように迫ってくる、金色の脅威。
尻尾の毛、その一本ごとが魔力で鋭利な刃となって襲いかかってくる。
全身を苛む痛みのなか。避ける術もないまま、ただ呆然と見つめるしかない刹那の瞬間。
しかし、どこからともなく飛来した十字に交差した三日月状の軌跡が、その尻尾の動きを眼前で弾き飛ばした。
まさに、九死に一生。地面に衝突したおれは、なんとか受身の態勢をとり、地面をごろごろと転がった。
魔獣はさらに追撃を仕掛けようと、魔力のブレードを生やした前足を振りかぶる。
振り下ろされる凶刃を受け止めたのは、特殊警棒を二刀流で構えたアルマだった。
「大丈夫ですか、ハヤト」
応える気力も残されていないおれは、それでもなんとかバレットを魔獣の顔面に射出。
相手が一瞬怯んだすきに、アルマは後ろに跳び下がる。おれも、転がるようにして距離を取った。
二対一になったことで魔獣も警戒したのか、すぐに追撃は仕掛けてこず様子を見ている。
「しばらく交代します。ハヤトは下がって治療を」
「しかし……」
「どう見ても戦える状態ではありません。いちど下がってください。……お願いします」
あふれる感情を噛みしめるようにして、アルマは懇願する。
魔獣から目を離せないため確認できないが、彼女がいま、ひどく苦悶していることはわかる。
おなじく、おれも、傍から見たら苦虫をダースで噛み潰したような表情をしているのだろう。
痛みのせいではない。
結局は、彼女を危険な目に合わせてしまうこと。頼らなければいけないことへの、申し訳なさからだ。
「……無理はしないでくれ。すぐに戻る」
「はい!」
残った気力を振り絞って身体強化をかけなおし、おれは後方へと駆け出した。
それを咎めるような魔獣の動きに対して、アルマはすぐさま回り込む。まるで「いかせない」と言わんばかりのポジションをとった。
もと居た位置へと向かうと、ティル姉が草むらから手を振っている。
倒れ込むように駆け寄り、なんとか合流した。
「そっちの治療は?」
「大丈夫。ぶじに終わったわ。それより逸人くんの傷よ。はやく見せて!」
ボロ切れのようになっているパーカーを剥ぎ取り、ティル姉は怪我の様子を確認する。
「……うっ」
両手でカバーできなかった部分、主に脚部や体側部は、まさに切り刻まれたようになっている。
あまりに酷い状態だったのだろう、彼女は見るなり顔を大きくしかめた。
「な、なによ、これ。いったいどれだけ……。大腿部なんか貫通してるじゃない。よく我慢できたわね」
「いまは痛覚遮断したから、ましだよ」
「ましって……」
「細かい診察は良いからさ。とにかく急いでヒールしてくれ」
「そんなこと言っても、患部によっては後遺症が残るかもしれないわよ」
「大丈夫。異世界経験のおかげで、すっかりヒール慣れしてるから」
「どれだけ危険な目にあってきたのよ。……わかったわ」
ティル姉は、あきらめたように首を振る。
そして足先から順に手をかざしていった。
ヒールの発動にともなう光が、その手の動きにつれてゆっくり移動していく。
(はやく。はやく)
いままさに魔獣と対峙しているアルマが気になるおれとしては、まるで時間が100倍に引き伸ばされたように焦れる。
しかし、このまま無策で戦列に復帰したとて、事態が好転するわけではない。
なにか打開策はないか。ただそれだけを考えていた。
やがて、全身へのヒールが終了する。
「ありがとう。ティル姉」
手足を順に動かして、異常がないか確認しながら礼を言う。
「どういたしまして。けれど、これから、どうす……、あっ」
不意に、ティル姉が前かがみに倒れ込んだ。
おれは、あわてて彼女の身体を支える。
「どうしたの」
「う、うん。急に目眩が……。大丈夫よ。たぶんちょっと疲れただけ」
おそらく魔力枯渇だ。
この前にも男性の怪我や骨折を治癒し、さらには全身レベルでヒールを使ったのだ。まだ慣れていないのだから、効果を適正範囲にとどめる魔力調節もうまくできていないのだろう。
「ちょっと、ごめん」
おれはティル姉の正面から首に両手を添えて、額をくっつける。
「えっ、なに。なに。逸人くん?これって、いや、あの」
「静かに。少しだけこのままで」
「ええぇ、このままって。ちょっと近い、近い」
首に添えた両手と額から魔力の波動、厳密にはおれの体内の魔素を送り込む。
そもそも魔力というのは、この世界にみちたエネルギーそのものだ。
魔法やスキルの発動には、魔力というエネルギー場から励起した魔素という素粒子を使用する。
いわゆる魔力枯渇とは、魔力そのものではなく、体内で循環させている魔素の欠乏状態なのだ。
おれが「気合」と勝手に呼んでいる体内魔素を、太い血管の通る首筋から相手の身体に送る。さらに、つきあわせた額からの波動で循環させていく。
似たようなことは、アルマにはじめてスキルを発動させたときにもおこなった。あのときは、アルマの体内魔素を刺激するためだったが、今回は魔素をティル姉に補給することが目的だ。
「ふぁ?ふぁああ……」
意味不明の言葉をつぶやく彼女にかまわず、おれは魔力移譲を続けた。
「よし。こんなものかな。どう?」
「えっ?あれ?……うん、すごく楽になったよ」
夜目にも明らかなほど赤面したティル姉が、ぱちくりと瞼をまたたきさせる。
「よかった。ヒーラーのMPはパーティーの生命線だからね」
「でも、いったいどうして」
「それはまた説明するよ。とにかく、はやくアルマのとこに戻らないと」
打開策は見つかってないけど、とにかく彼女を一人にはしておけない。
まずは合流することだ。
「わかったわ。でも、無茶はしないでね」
無茶せずにすむなら、おれもそうしたい。
ほんとうに。もう切実に、そう思う。
「善処するよ。あとティル姉……」
「うん?」
「できるだけ、おれたちの様子を見といてもらえるかな」
「えぇ、それはもちろん。ただ目で追いきれる自信はないけど」
「それでも良いよ。じゃあ」
そう言い残して、おれはアルマのもとに向かう。
戦場の場所は、さっきよりもこちらに近づいている。
おれの後を追おうとした魔獣を、アルマが必死で牽制していたのだろう。
ひと通りの攻撃手段を把握していたせいか、一定の間合いを維持しつつヒット・アンド・アウェイで立ち回っている。
出会ってからの三週間ほど、毎日アルマとは立ち会ってきた。彼女の成長は、正直いって目を瞠るほどだった。さすがは剣聖だと感心していたものだ。
しかも、いまの彼女の動きは、さらに際立っている。
この必死な状況の中で、おそらくは剣技の熟練度もあがっているのだろう。
ただ、もう限界が近いことも確かだ。
アルマの振っている特殊警棒。その二本のうち一本が、すでに折れ曲がっている。
非力な武器を魔力で強化しながら使っていたが、さすがにもう保たない。
魔獣の鼻先めがけてバレットを連射し、注意をこちらに向けてからアルマに近づく。
「アルマ、これを使え」
すれ違いざま、持っていたナタを放り投げる。
彼女は、みごとにキャッチしながらも、明らかなとまどいを見せた。
「でも、ハヤトの武器が」
「大丈夫!合図したら、そいつで全力のディバインを放ってくれ」
多くの動物にとって敏感な部位である鼻先。そこを攻撃されて癪に障ったのか、魔獣はあらためてこちらを標的にする。
前足から伸びるブレードの間合いに入らないよう注意しつつ、アルマが当てやすいよう魔獣の横腹を向けさせた。
「いまだ!」
機を伺っていただろうアルマが、ナタを振ってディバインを放つ。
その円弧状の波が、特殊警棒などのときとは違って、薄く鋭利な形状に変化している。狙い通り、打撃が斬撃に変わっているようだ。
「フォールゲート」
おれはその軌道が向かう魔獣の腹に、魔法を設置した。
バレットとの合わせ技で使うことが多い、通過した衝撃を倍加するものだ。
攻撃が命中しなければなんの効果もないが、デバフではないので格上にレジストされることもない。
そして狙い通り。ディバインの軌跡は、フォールゲート越しに魔獣の腹部を切り裂いた。
本来は剣士が使うスキルであるため、いままでの打撃よりもはるかに威力が高い。
それが、さらに倍加されて直撃したことになる。
──ウォォォオオオオオオン!
いままで終始沈黙していた魔獣が、はじめて声を上げた。
見れば、腹部には明らかな裂傷が生じて血が噴出している。
ようやく有効打を見つけた。
とはいえ致命傷には程遠い攻撃であり、これで勝負が決着するわけではないだろう。
しかし、これを続けることができれば、撤退ぐらいには追い込めるかもしれない。
そんな期待を抱いた瞬間。
仰け反った魔獣の、胸の立髪が激しく発光した。
その存在を、いままで意識しなかった訳ではない。けれど背部の立髪とおなじ全方位攻撃ならば、自傷行為になるため使えないだろうと思っていたのだ。
しかし甘かった。
よほど激昂したのか。おれとアルマ、そして自分自身まで巻き込むように無数の魔刃を撒き散らしてきた。
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