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選択できない選択問題なんて詐欺だろう。

連日投稿をなんとかキープ。とりあえず、この章は一気に書き上げたいなと。


 分校校舎跡に戻ったおれたちは、ミーティング用にテーブルなどが運び込まれた部屋に入る。入口には「職員室」という札がかけられており、いまだ健気に動いている壁掛け時計は2時30分を指していた。


「状況は?」


 北畠さんの問いかけに、先に部屋に居た3人ほどの人たちのうち、もっとも年配らしき男性が応える。


「衛星回線端末を通じてローディアさんたちから、最後に連絡があったのが11時ごろでした。そのときには『そろそろ戻る』ということだったんです。しかし、あまりに遅いのでこちらから連絡をしたのですが……。コールは鳴るのに、だれも出ないんです」

「電波は届いているけど、なんらかの事情で応答できないということか」

「そうなります。アグリカルチャの沢田さんが同行していますので、二人とも手が離せないということはないと思いますし」

「二人して斜面を滑落した可能性もあるか」


 滑落という言葉に、箱崎さんの身体がビクリと反応した。


「その場合は、急いで捜索に出るべきですが、われわれで向かうのが良いのか、地元の警察に相談したほうが良いのか」

「迷っている場合ではないだろうな。取り急ぎ、警察に連絡して状況を説明しておいてくれ」

「はい」


 若い社員が、通信端末を手に急いで部屋の端に向かう。

 その様子を見届けてから北畠さんがこちらに振り向いた。


「お聞きになったとおりです。視察を続ける余裕もなさそうですし、箱崎さんたちは今日のところはお帰りいただいたほうが良いでしょう」

「そうですね……」


 ローディアさんが心配なのだろう。箱崎さんは、力なくうなずく。


「課長、警察の方がこちらに向かってくれるそうです」


 電話をしていた社員が戻ってきて報告した。

 専門家が来てくれるなら、この場に居てもできることはないだろう。


 おれも念のため気配探知をしてみたが、それらしき気配は見つけられなかった。

 万一のことがあればティル姉の治癒魔法が役立つかも知れない。けれど重大な秘密を、いまここで明かすわけにもいかない……。


「わたしたち、今夜は近くの温泉に宿を取っていますので、なにかお手伝いできることがあれば遠慮なくご連絡ください」

「ありがとうございます。大丈夫ですよ。ローディアさんは、我々なんかよりよっぽど自然の中での行動に慣れていらっしゃいますし」

「たしかにそうですね」


 みんなが暗い雰囲気に落ち込まぬよう気遣う北畠さんに同調して、箱崎さんは無理に笑顔をつくる。

 それから「じゃあ、いきましょうか」と、おれたちを部屋から出るように促した。


 手荷物を確認してからクルマに乗り込み、エンジンをかけてスタートする。

 沈んだ気分で判断を誤らないよう、箱崎さんは登ってきたとき以上に慎重な運転で悪路を下っていく。

 しかし、5分ほども走った頃、行く手にとんでもない光景が現れた。


「ええ!?うそでしょ」


 箱崎さんが思わず声を上げる。

 なんと、山肌から崩れた岩と土砂が、進路を完全に塞いでいたのだ。

 道の反対側は渓谷に向かって急斜面になっているため、とても迂回はできない。


 クルマを降りて確認したところ、どうやら山上から岩が転がり落ちてきたようだ。斜面には木々を押し倒し、地面を抉ったような跡が見える。


(いったい、どうして)


そう思って目を凝らした瞬間、おれの気配探知に異常な反応がよぎった。

 探知距離のぎりぎりをかすめるように、巨大な、強大な、まるで魔力の塊のような生物がよぎっていった。


「ハヤト、いま……」


 アルマも同様の気配を察知したのだろう、おれのそばに来て小声でささやいた。


「ああ。おれも探知した。間違いじゃない」


 そう言うと、急いでクルマに戻りカーナビを確認した。

 現在地は、ちょうどさきほどの廃村を回り込んだような位置になる。

 いま見上げている方向、岩の落ちてきた方向。つまり廃村の裏山の方向に“ありえない”やつが居ることになる。


 そう。ありえないのだ。


 いま感じた気配は、かつてのおれにとっては慣れ親しんだ存在──。

 異世界で何度も遭遇した「魔獣」の気配に違いないのだから。


(なぜ、この日本に魔獣が棲息しているんだ?)


 しかも感じた気配は、ただものではない。

 魔獣といっても強さはさまざまだ。しかし、一瞬感じた波動は最強クラスのものだった。

 異世界時代ならばともかく、日本に帰還して能力の大半を失っているおれでは、とうてい勝ち目がない。


 ほんとうならクルマを乗り捨てて、徒歩で何時間かかろうとも、この場を離れるべきだ。

 しかし、そうするとあの廃村に残った人たちはどうなる。

 ローディアさんの行方不明も、あの魔獣らしき気配と無関係ではないだろう。

 最悪、すでに生命の危機にあるかもしれない。


 どうする。どうする。どうする。


「どうしたの?逸人くん」


 一人で焦るおれに、土砂崩れの現場から戻った箱崎さんが声をかける。


「あ、いや。どこか迂回路はないのかなと」

「あいにくと一本道なのよね。でも、警察もこっちに向かってるはずだし、なんとかなるんじゃないかな」


 警察か。

 制式拳銃の38口径程度では、魔獣相手に豆鉄砲にもならないだろう。

 というか、きっと命中させることさえ、ままならない。

 おそらくは、それほどまでに脅威な相手なのだ……。


「なんにせよ。道が通れないなら、いちど戻るしかないわね。ここはまだ圏外だから、電話もできないし」


 どうしたものか。

 アルマとティル姉の方を見ると、二人とも「まかせる」という感じで軽くうなずいてくる。

 ティル姉は、アルマから現状をかんたんに説明されたのだろう。


「そうだな。とにかくみんなのところに行こうか」


 こうして、おれたちはUターンして廃村の校舎跡に戻っていった。

 いきなり引き返して来た様子を見た北畠さんたちは驚いたが、土砂崩れの報告を受けてさらに衝撃を受けたようだ。

 箱崎さんが撮影していた写真を見て、だれもが頭を抱えこむ。


「ここは陸の孤島になったわけですか」

「ショベルカーとかの重機を持ってこないと、この岩はどかせそうにありませんね」

「それだと今日中の復旧は無理なんじゃないか」

「あいかわらずローディアさんたちとは連絡がつきませんし、どうすれば」


 だれもが口々に不安を吐露しはじめる。重い空気を払ったのは、やはり北畠さんだった。


「まずは、できることをやりましょう。警察には、あらためて現状報告を。わたしは本社の方から重機のレンタル会社に機材を至急手配できるか打診してみます。箱崎さん、wifiのパスワードをお教えしますので、写真をメールで転送してもらえますか。GPSデータもそのままで」


 みなを安心させるように、あえて明るい声を出し、全員を鼓舞する。


「食料も水も買いだめしてありますし、簡易発電機も持ち込んでいます。なあに、いざとなっても2、3日ぐらいなら籠城できますよ」


 そう言って笑いながら、パンパンと手を叩く。

 それを合図に、部下の人たちはそれぞれの作業にとりかかった。


 なんというか、なかなかにリーダーシップのある人だなと感心させられる。

 同時に、ローディアさんを含めて、全員無事で下山するにはどうすれば良いかと考える。


 そんなとき、窓の方から大きな声が上がった。


「おい!あれ、沢田さんじゃないか」


みなといっしょに窓際に駆け寄ると、休耕地の方から右肩あたりを抑えながらヨロヨロと歩いてくる人影が見えた。


「救急箱はありますか!?」


 ティル姉が叫ぶ。


「はい。ここに」


 緑十字が描かれた大きな金属箱を受け取ると、そのまま部屋を駆け出した。

 慌てて全員が後を追い、沢田さんのもとへと急ぐ。



 「ゆっくりで良いです、名前をおっしゃってください。……はい。では吐き気や目眩はありませんか」


 ティル姉は、沢田さんを腰掛けさせて手際よく診断をおこなっていく。

 それから額などの出血箇所をガーゼと消毒薬で応急処置していった。


「外傷は、右上腕部に打撲と、あとは額をはじめ全身に擦過傷がありますね。打撲箇所は骨にヒビが入っているかも知れません、慎重に運んであげてください」


 だれかが見つけてきた廃屋の戸板にブルーシートをかぶせて緊急の担架にし、みんなで部屋まで運ぶ。


 一段落が着いたところで、沢田さんが山で起こったことを説明してくれた。


「水源の確認も終えて戻ろうとしていたときです。とつぜん、眼の前に黒い影が現れて……。たぶん巨大な生き物、獣かなにかだったと思います。そのときローディアさんが、わたしを突き飛ばして救けてくれたんです。ただ勢い余って沢を滑り落ちてしまい、この怪我は多分そのときのものです。しばらく意識を失っていたんですが、気がついたら、辺りには獣の姿もローディアさんの姿も見当たりませんでした。それで仕方なく、そのまま渓谷を辿って山を降りてきたんです」

「黒い影……、熊かなにかかな」

「だとすると、装備ももたずに捜索に出るのは無謀ですね」

「ローディアさんは逃げられたんだろうか」

「とりあえず、このことも警察に報告しておきます」


 おれとアルマの探知した気配からして、十中八九、熊なんかではないだろう。


「その獣について、もう少し姿とかサイズとか覚えていませんか?」


 とにかく情報をもとめて、おれは沢田さんに尋ねてみる。


「すまない。ほんとに一瞬のことで。とにかく、いきなり目の前に黒い壁が立ちはだかったような感じなんだ。ただ、その記憶からして、おれよりもはるかに大きいサイズだったことは間違いないよ」

「そうですか。すいません、変なことを聞いて」


 体高は少なくとも2~3m。瞬間移動してきたかと錯覚させるほど、素早い身のこなし。

 だめだ。これだけの情報では、どんな魔獣なのか予想もできない。


 とりあえず、行方不明者の一人が生還できたことで、部屋の雰囲気はいくぶん明るくなった。

 しかし、土砂崩れの影響で警察の初動が遅れているため、本格的な捜索は明日以降になるだろう。ローディアさんの状態が心配だし、そもそもここに居て無事に夜明けを迎えられる保証もない。なにしろ、魔獣の多くは夜行性なのだ。


 その後、状況に大きな進展はなく日が暮れた。ただ、明日は早朝から警察も動いてくれるらしい。みんなはインスタント食品で夕食をすませると、早めに休むことになった。山の夜は冷えるので、持参したブランケットを分け合い、各自のクルマで眠りにつく。


 そして、あたりが静まった10時頃。


「ほんとに、いいのか?」

「ハヤトに着いていっても、ここに残っても。どちらにしても危険度に大差はないと思います」

「ローディアさんの状態次第では、わたしがいないと間に合わないでしょ」


 結局は、おれたちだけでこっそり探索に出ることになってしまったわけだ。

 そう、あくまでもローディアさんの救出を最優先にした探索だ。魔獣討伐ではない。

 箱崎さんにはスリプトで眠ってもらい、範囲版のハーミットを使用してからクルマを出る。

 

 つい先日、相沢に「男として最低」と言われたことを、おれは性懲りもなく繰り返そうとしている。そのことに忸怩たる思いはあるが、一人の命がかかっている。もう後には引けない。

 だからこそ、この二人のことは絶対に守る。


 あらためて決意しながら、おれは裏山の方へと歩みだした。



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