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ドライブの目的地はトラブルですか。

少しペースが遅れ気味ですが、がんばってます。


「テストが終わったからって、もう少しシャキっとしなさい」


 運転席から、横目で箱崎さんが話しかけてくる。

 昨日、中間テストが終わったばかりの週末。おれは助手席であくびを噛み殺していた。

 ほんとうなら、疲れ果てた頭を癒すために土日は家でゴロゴロしていたかったのだ。


 なのに朝からクルマに乗せられ、かれこれ2時間あまり。

 途中の高速PAで早めの昼食はとったものの、それ以外はシートに座ったままだ。

 しかも窓外にはずっと、どことも知れぬ山中の風景が流れている。

 これで退屈するなという方が理不尽ではなかろうか。


「でも今回のテストは、ティルナさんのおかげで、すっごく助かりましたよね」


 後部座席から、やけに元気いっぱいなアルマが乗り出してくる。

 いや、いつも以上に疲れているのは、そのティル姉が原因そのものなのだが……。


 とある事件の影響から、しばらく朝霞家に同居している彼女は、臨時の家庭教師として全面的にテスト勉強に協力してくれた。なにしろ国立大学の医学部を卒業して医師免許も取得した才媛である。教師としては、これ以上ない人選だろう。


「まだ結果はわからないけど、どうやら手応えがあったみたいね。わたしも、がんばった甲斐があったわ」


 そう。ティル姉は、はりきってくれた。

 難関受験に合格した実績のある学習方法で、おれとアルマを鍛えてくれた。

 それはもう。全力で、熱烈に。容赦なく、徹底して。

 おかげで、異世界時代に最大火力の魔法を連発したときのような倦怠感が、いまだに抜け切らない。

 うん。おれ。よくやった。


「た・だ・し。期待以下の点数しか取れなかった場合は覚悟してね。とくに逸人くん」


 うん。おれ。にげていいかな。


「まあ、がんばったあなたたちにご褒美として、今夜は温泉宿を予約してあるから。視察が終わったらゆっくりしましょう」


 視察。

 そう、今日は異世界農家という野菜ブランドの新たな耕作予定地を視察するために、こんな山中までクルマに揺られてきたわけだ。


 箱崎さんがあいかわらずアルマの様子を気にして朝霞家に寄ったとき、この異世界農家のことが話題になった。

 都心のフードマーケットで発見した野菜ブランドの販売に、おなじ異世界転移者が貢献していること。しかも、他ならぬ箱崎さんが直接関わっていること。

 これらを知ったアルマが、詳しい話を聞きたがったのだ。

 加えてティル姉まで、異世界と日本の技術融合に興味があると参加してきた。


 そんな流れで「近々、新しく計画されている耕作予定地を視察にいくけど、一緒に来る?」ということになったわけだ。


 いやいや。秘密保護の観点から、部外者が行って大丈夫なのか?

 そう言ったものの、先方が異世界転移者の採用に積極的なので「リクルーティングの一環だと言えば大丈夫でしょ」と安請け合いしてくる。

 そのうえ「もちろん逸人くんも来るわよね」と言いだした。


 え?おれ?

 完全に部外者ですけど?


 ところが、この異世界農家プロジェクトには、箱崎さんだけでなく母親も一枚噛んでいるため家族なら問題ないだろうと断言される。

 内心では「めんどくせえ」の一言が無限ループでエコーしていたが、もはや断れる状況ではないほど話が進んでいた。


「しっかし、予想以上に山道ね。たしかに舗装路ではあるけれど」


 真剣にハンドルを握りながら箱崎さんがぼやく。

 たしかに路面のアスファルトは至る所がひび割れて剥がれ、路側には雑草が生い茂っている。

 高速から県道を走っている間は順調だったが、脇道にそれてからは確実にペースも落ちていた。


 ときおり片側がガードレールもない急斜面というスリリングな林道を走り続けていると、やがて雑木林の平坦な風景に変わる。


「ようやく着いたみたいね」


 廃村と聞いていたので、どんなおどろおどろしい場所なのかと思っていたが、入口あたりはいまでもぎりぎり住めそうな民家が並んでいる。

 もちろん奥に進めば倒壊して屋根だけになっている家もあったりする。

 直進すると「消火器」と印字された赤いボックスがやけに鮮やかで目を引いたり、周囲が廃墟となっている中で小さな祠だけがなぜか頑丈に残っていたり。

 木々に囲まれたのどかな風景のなかで、人々の営みの残滓が微妙な違和感を漂わせていた。


 さらにクルマが進むと、フラットに整地された広場のような場所に出た。隣接して校舎のような建物があることから、校庭だった跡だろうか。

 すでに何台かのクルマが駐車され、ブルーシートを被された資材や、測量器具らしきものも置かれていた。


 適当な空き場所に駐車して降りると、標高のせいかかなり肌寒い。

 あわててパーカーを着込んでいると、こちらを発見した二人の男性が歩み寄ってきた。


「遠くまで、わざわざすいません、箱崎さん」

「いえいえ。せっかくの機会ですから」

「優秀な人材確保のためにも、今日は現地をしっかり見ていってください。で、そちらが異世界転生者のお二人と、朝霞さんの息子さんですか」

「はい。アルマさんとティルナさん、そして朝霞逸人くんです」


 作業服姿の二人は「よろしく」と言いながら、丁寧に名刺を手渡してくれた。


 株式会社三峰商事の農畜産本部企画課課長、北畠純一。

 株式会社三峰アグリカルチャの専務取締役、越田英和。


 あらためて名前を確認していると、立派な体格の越田氏が女性陣二人に話しかける。


「転生者の視点から、現場環境への意見などもいただけるとありがたいですね」

「わたしはもう、日本で暮らしはじめて10年以上経ちますから。リアルな感想としてはアルマさんの方が的確かもしれませんよ」

「いえいえ!わたしなんて、住んでいた街から出たこともほとんどありませんでしたし。そんな意見なんて」

「いやいや。たとえば住居にしても、われわれは新たに従業員用の宿舎を建てようと思っていたのですが、移住予定の転移者の方々は『いまある家屋を改装したい』とおっしゃいまして」

「へえ、そうなんですか」

「ええ。家としての構造や間取りは違うけど、なんだかここの土と暮らしてきた人々の想いが感じられて、どこか懐かしいと」

「ああ、それはなんとなくわかります。わたしも転移させられる以前は教会の施設で暮らしていたんですけど、こちらの教会とか神社とかを訪れると、なんだかおなじような空気を感じて安心することがあります」

「ほおほお。そういう転移者ならではの感覚も含めて、気づいたことがあればなんでも言ってください」


 なるほど。アルマたちには、たんなる見学ではなく、転移者視点でのモニターのような役割を期待されていたわけだ。

 部外者であるおれたちを素直に受け入れてくれた理由に納得していると、北畠さんが話しかけてきた。


「あらためて、はじめまして。逸人くん。ぼくは燁子さん、つまりきみのお母さんとは同期入社でね」

「そうなんですか」

「異世界農家というブランド開発のプランを、最初にぼくに持ちかけてきたのも同期の好だろうね。アイデアだけ、だったけども」

「なるほど。北畠さんも、母の得意な丸投げの犠牲者なんですね」


 おれや姉さんに、なにかとちょっかいをかけてくる父親に比べて、母親は口うるさいことはいっさい言わなかった。

 勉強にせよなんにせよ、求められるのは最初に目標を立てることだけ。あとはまったくの放任。それでいて、もしも結果が芳しくなければ、容赦なく小遣いカットなどのペナルティが課せられる。

 まさに油断大敵の、不意打ちスパルタだった。


「はははは。まあ農業は、彼女の専門分野ではなかったからね。けど優秀さは社内でも有名だよ。出産育児休暇のブランクをものともせず、いまや海外事業をひとつ任せられるほどに成果を出しているからね」


 親父の脳天気な顔を思い浮かべつつ、わが家の優秀さにおける男女格差を痛感していると、箱崎さんがやってきた。


「ところで、ローディアさんはどちらに?」


 アルマたちとおなじ異世界転移者であり、農業系のジョブをもつ人物の姿が見えないことを北畠さんに尋ねる。


「ああ、彼なら朝から水源の調査に向かっていますよ。箱崎さんが来ることは伝えてありますから、じきに戻ると思いますが」

「そうですか」

「それまで、先に現場視察を進めておきましょうか」

「わかりました。ではお願いします」


 こうして、おれたち四人は、北畠さんと越田さんに案内され、いろいろな場所を見て回った。


 休耕地となっている農地や、その周辺にある開墾予定地。

 ここでは露地栽培とハウス栽培を組み合わせて、多品種の青果類を通年で栽培する計画らしい。

 さらに、かつては多くの子どもたちが通っていた分校の跡地には、完全屋内型の食品生産工場を導入するのだとか。

 また、いま駐車場として使っている校庭は広さを拡張し、農機具の保管倉庫や、収穫物の集荷発送をおこなうトラックヤードを整備する予定らしい。


「実際のところ企業の農業参入というのは、これまでハードルが高かったんですよ。コメは減反政策で歓迎されませんし、青果類は収穫高や取引額などの変動が大きい。資本投下でスケールメリットが出せるのは、せいぜい畜産ぐらいでした」


 農業ビジネスに注力してきたという三峰アグリカルチャの越田さんが、視察しながらいろいろと説明をしてくれる。


「なかなか利益が出せずに撤退する法人も多い中、異世界農家というアイデアはまさに救世主でした。収穫量や品質が向上するのはもちろんですが、産品のブランド化によって収益性が大きく改善できるわけですから」


 彼が笑顔で熱弁するなか、不意に北畠さんの胸ポケットあたりでアラート音が鳴った。

 トランシーバーのような端末を取り出し、会話を始める。

 この辺りは圏外なので、なにか特別な通信機器を持ち歩いているのだろう。


「もしもし……。うん?衛星回線端末は持っていってるんだよな?……そうか。わかった。……とにかく、そちらに戻る」


 なにやら深刻な表情で電話を切った北畠さんが、こちらを振り返る。

 そして不安そうな声で、こう告げた。


「水源調査に向かっていたローディアさんたちとの連絡が、なぜか取れなくなったようです」



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