姫には、騎士と誘拐がセットなのか?
引き続きのフォロー回ですが、話の流れは一段落の予定です。
翌日の昼過ぎ。
おれとアルマは、以前、小鷹氏におごってもらったファミレスを訪ねる。
今朝、アルマから相沢に電話をしてもらい、この店で待ち合わせをしていた。
昨日のことを詫びるとともに、預かってもらっていた荷物を受け取るためだ。
店内に入ると、すぐに相沢と榛名の姿は見つかった。
窓際のテーブルに座って、すでにコーヒーを注文しており、どこから見てもデート中のカップルだ。
「昨日はすまなかったな」
「おう、気にすんな。とはいえ事情もわからずモヤモヤしてたのは事実だけどな」
「詳しい説明もできなくて、すいませんでした。買い物した荷物まで預かってもらって」
「いいの、いいの。そのために雅晴というポーターがいるんだし」
「いつもながら、おれの扱いひでえな」
「で、わざわざ連絡をくれたってことは、多少なりとも説明を期待しても良いのよね?」
「ああ、そうだな……」
昨日、トイレに行ったおれが、たまたま知り合いの女性が誘拐されそうになっている現場に遭遇したこと。逃走される前にアルマに電話して応援を頼み、なんとか未遂で防げたこと。
きわめて簡略に、あくまでアルマのおかげで助かったということにして、二人には説明した。
「そんなわけで、二人がおれたちの関係者だとバレないように、先に帰ってもらったんだ。誘拐したやつらの正体もわからないので、念のためにな」
「なるほどなあ」
「そんなことが、あったのね」
おや?二人とも、妙に反応が薄かった。
誘拐未遂なんて大事件だし、もっと大騒ぎされるかと心配していたのだが。
「事情はわかったわ。でも──」
相沢が、態度を一変させ、鋭い目つきでおれを睨む。
「朝霞くんは、そんな危険な現場に女の子を呼びつけたわけね。アルマさんが剣聖とかいう特殊な能力持ちだとしても、わざわざ危ない目にあわせたというなら、男として最低よね」
「ちがいます!ハヤトはそんなつもりでは。そもそもティルナさんを──」
「いいから、いいから」
「でも!これじゃあハヤトが悪人みたいに……」
うっかり、すべてをバラしてしまいそうなアルマを、おれは慌てて静止する。
「わりい、わりい。ちょっと陽菜が言い過ぎちまったな」
気まずくなりかけたテーブルの雰囲気。救い船を出してくれたのは榛名だった。
「ただ、こいつにもいろいろあってさ。こう見えて、陽菜は相沢グループのお嬢なんだわ」
冷静にコーヒーを飲んでいた相沢が、こんどは榛名を睨みつける。
「相沢グループって、あの建設業の?」
「はぁ……。まあ別に隠してるわけでもないけどね」
相沢の視線を気にせず平然としている榛名。あきらめたように目を逸らした相沢は、またこちらに向き直った。
「建設業といったって、もともとは地元の荒っぽい土建屋よ。グループ本体の相沢建設は、いまでこそコンプライアンスだ、ガバナンスだと立派なこと宣ってるけどね。末端の関係会社では、いわゆる利権とか、反社とか。そういう暗い部分と、いまだに無縁じゃないわ」
「なので昔から、陽菜も面倒ごとに巻き込まれることがあったのさ。街で強面のお兄さんたちに絡まれたり、それこそ誘拐一歩手前のようなこともな」
「そうだったのか」
誘拐未遂なんていう事件を聞いても反応が薄かったのは、自分でもそういう経験をしていたからか。
「だから、こいつの親父さんも心配してさ。小学校に入っても行き帰りはクルマで送迎だし、休みに友だちと出かけるときもボディガードがついてきたりな。そんな毎日だとクラスで浮いちまうし、なによりすげえ窮屈そうで見てらんなくてさ」
そして、あっけらかんと榛名はこう言った。
「だから決めたんだよ。陽菜はおれが守るって」
なんでも相沢の親父さんに、直談判までしたらしい。もちろん相手にもされなかったらしいが、榛名はあきらめなかった。
「守る」ための力を身に着けようと、すぐに合気道の道場に通いはじめたそうだ。その真剣さのおかげか、小学4年生になる頃には大人といっしょに練習するほどになったという。まさに「虚仮の一念」というやつだ。
「で、5年生のときかな。二人で居たときに難癖つけてきたチンピラを、ほんとに叩きのめしちゃったのよね。ボディガードが駆けつける前に」
「おかげで、ようやく親父さんにも認めてもらえたわけだ」
「そうね。あれがなければ、わたしは中高一貫の女子校に通わされてたわ」
いやいや。さらっと言ってのけるけど、遊びたい盛りの小学生が、そこまで一途に修行を続けられるものなのか。
「榛名さんは、どうしてそこまで相沢さんのことを守ろうとしたのですか」
だれもが、単純に感じるであろう疑問。
けれど、なかなか触れて良いのか悩む問題。
だってほら、やっぱ男同士って気恥ずかしいよね。惚れた腫れたの話題って。
しかし、そこはアルマが空気を読まず、ストレートに質問してくれる。
うん。よくやった。
「しらん」
ところが回答もまた、これ以上ないぐらいストレートだった。
「はぁ、いつもこれだからね。たまには、わたしの可愛さに惚れたぐらい言っときなさい」
「おまえとは一生つきあうと決めてるからな。見た目とか気にしてねえよ。おたがいに年齢取ったら、そのうち爺さん婆さんになっちまうんだから」
「はいはい。ね?ずっとこんな調子だから、その手の恋バナ系な回答は期待するだけムダよ」
いや、直接的な好き嫌いの表明はなくても、充分に惚気の域まで達しているだろ。
現に、おまえらの会話を聞いてるアルマの目が、キラキラと輝いているぞ。
「まるで騎士と姫みたいです!」
その言葉を聞いた瞬間、榛名と相沢は思いっきりテーブルに突っ伏した。
まあ、その厨二な例えは、精神的に効くわな。
なまじ二人の関係を表現するうえで、どんぴしゃとも言えるだけに。
──そうか。
相沢にとって、榛名の騎士道精神は日常的な安全だけでなく、精神的な安心をもたらしてくれた。その価値の大きさに日頃から感謝しているだけに、おれの行動が軽率に見えたのだろう。
「わかったよ。アルマを危険な目にあわせたことは反省する。心配かけて、すまなかった」
「もちろん、さっき受けた説明だけが真実だなんて思ってもいないわ。きっと、知られないよう誤魔化したことも多いんでしょうね」
「……」
「いままでのクラスメートとしての関係よりも、昨日と今日で、おたがいの距離は縮まったとは思うわ。でも、さっきの説明までが、現在の距離感では限界ということよね」
昨日も感じた、高校生とは思えないほど鋭い相沢の指摘。
この頭の回転の早さと正確さは、きっと幼い頃からの環境によるものなのだろう。
逃れられない現実に、榛名が武術を鍛えることで抵抗したように。いや、当事者としてはそれ以上に、彼女は周囲への観察力や洞察力を磨いてきたに違いない。
異世界に転移させられたときのおれも同様だっただけに、二人の目に見えない覚悟には共感できた。
「まあ、いまはそれでも良いんじゃね」
榛名が、コーヒーのカップを軽く傾けながら言った。
その言葉に相沢も静かにうなずく。
「そうね。でも、朝霞くんが、いったい何を隠そうとしているのか、あるいは何かを守ろうとしているのか。わたしたちにはわからない。けれど、いつか話してもらえるような距離感まで近づければ良いな、とは思っているのよ」
「そっちには迷惑かもしれないけどな。まあそれだけ、陽菜はアルマさんを気に入ってるんだよ」
「あんただって、クラスではじめて見かけたときから朝霞くんのこと気にしてたでしょ」
「えっ?」
「待て。変な想像はするなよ。ただなんとなく、わかるんだよ。きちんと鍛え込まれたヤツってのはな。武術に限らず、サッカーの全国大会とかU-16代表合宿とかでも、たまにいるんだよ。立ってるだけで『こいつは化物だ』ってやつがさ」
「だから、雅晴は声をかけるタイミングを狙ってたみたいよ。なかなかチャンスがなかっただけで」
「そもそも昨日だって、びっくりしたぜ。おまえ、おれが肩に手を回した瞬間、咄嗟に手首の関節決めようとしただろ」
おっと。気づいてたのか。
だとすると、こいつ本当に相当のレベルで鍛えてるんだな。
そんな会話から、おれは不意にイメージした。
もしも地球にもジョブシステムなんてものが、あったとしたら。
たぶん榛名は戦士系で、相沢は術士系だろうな。
アルマと榛名が前衛でスキルアタッカーとなり、それをおれと相沢が魔法でサポートする。そしてティル姉が回復で支援してくれる。
異世界時代の経験から考えても、なんだかバランスの良いパーティーが組めそうだ。
とはいえ、そんな状況が訪れる可能性など皆無といっていい。
万一そうなったとしても、いったい何と戦うのやら。
おなじ地球人の襲撃者程度なら、完全にオーバーキルだ。
まあ、もういちど“あいつ”のような敵を、しかも複数相手することがあれば、心強くもあるが。
「なにニヤついてんだよ」
榛名が怪訝そうにおれを見た。
「いやいや。大したことじゃないよ。それよりも、あらためてありがとうな。お礼になんでも追加注文してくれ」
親父から預かったクレジットカードは、まだ財布に入っている。なので今日のおれは大盤振る舞いなのだ。
「あら、そう。昼食もまだだったしね、じゃあ遠慮なく」
「んじゃ、ごちになるか」
そのあとは、いろいろと学校での話題に終始する。間近に迫った中間テストのこと、そして学園祭である「一高祭」のこと。
「そうそう。アルマさんには、一高祭でぜひお願いしたいことがあるんだ」
「なんでしょうか?」
「う~ん。まだ先生に許可もらえるかどうかわからないのよね。もしも正式決定したらお願いするわ」
「わかりました。ぜひ、なんでもご協力させてください」
「おいおい。安易に『なんでも』なんて言わないほうが良いぞ。陽菜のことだから、なに企んでるかわからん」
「失礼ね。それより見てなさい、実現すればクラスのイベントは大成功間違いなしよ!」
それから一時間ほどして、まだまだ話足りないという雰囲気のまま、おれたちは別れた。
店に入る前からずっと気配探知は使っていたが、最後まで怪しい気配は感じられなかった。どうやら、二人との関係が不用意に注目されることはなかったようだ。
(距離感ねえ……)
おれの脳裏には、ティル姉の顔が浮かぶ。
いま彼女は、とても危険な立ち位置にいる。
こちらでの科学的知識、医学というものを学んだことで、彼女の治癒魔法は効果の範囲や効力が大きく変化しつつある。
しかも神官というジョブには、他にもさまざまな魔法が覚醒する可能性がある。
それらをきちんと運用するには、だれかがサポートしないと、こちらの社会ではトラブルを誘発しかねない。
「なあアルマ。ティル姉にも、おれが帰還者であることを説明しておこうと思う」
するとアルマは、パッと表情を明るくしておれの方を見つめた。
「はい。それが良いと思います。わたしも、短い期間ですがハヤトのおかげでいろいろと発見がありました。ティルナさんにも、きっと役立つと思います」
「おれに何ができるかはともかく、いざというときに隠したままだと動きにくいからな」
はたして、榛名と相沢にも、いつか帰還者としての正体や経験を明かす日が来るのだろうか。
おそらく、そんな日は来ないはずだ。
けれど、もしも──。
そんな未来に至るとしたら、やはり歓迎すべきではない事態に巻き込まれている気がする。
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