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大人がだれも、大人しいとは限らない。

間隔空いてしまいましたが、これまでの内容のフォロー話が2回ほど続く予定です。



「紹介しておくよ、警備部外事課の佐竹くんだ。警察庁からの出向だけどね」

「よろしく。佐竹です」

「あ、どうも」


 グレースーツ姿にナローフレームのメガネをかけた、いかにも刑事というルックスの男性。いつもニコニコとしている小鷹氏と対象的に、無表情でつい警戒心を抱いてしまうようなタイプだ。


「まっ、例によって、今日のぼくは“休日”なんでね。彼に連絡して来てもらったんだ。高校時代の後輩で、無愛想だけど優秀なやつだよ」

「はいはい。われわれは、あくまで市民からの急報で駆けつけただけですから。で、きみが朝霞くんだね」


 佐竹氏は、こちらを値踏みするように目を細める。


「はい。そうです」

「では、事情を聞かせてもらおうか」


 おれは、ティル姉に説明したのとおなじ内容で経緯を説明する。


「待ちたまえ。あいつらは、そのアルマくんの剣術?スキル?とやらで倒したとして。その前の三人は、きみが一人で救出したというのかい」

「運が良かったんですよ」

「運だけで暴漢三人から人質を救出できるなら、警察は苦労しないんだがね。どんな手際を使ったのやら。言っておくが、方法によっては過剰防衛だよ」


 こちらの虚偽を暴こうとするかのように、佐竹氏は威圧感を高めてくる。しかし、最初の三人組はすでに逃走しているので、ここでは検証のしようもない。


「だから、相手が勝手に階段を転げ落ちて気を失っただけですよ。こっちは、せいぜい関節を極めたぐらいです」

「うん?きみの通っていた道場では、小学生に組討まで教えていたのかい」


 小鷹氏が、助け舟をだすように話題を変えてくれる。


「あくまで子ども用の護身術ですよ。まあ、道場の看板も剣道ではなく剣術道場でしたし」

「剣術?このあたりで道場を開いていたとすると、きみの師匠は蔵内先生かい?」

「ご存知なんですか?」

「もちろんさ。ぼくも佐竹も、高校時代に部活で蔵内先生に指導を受けていたんだ。おかげで、佐竹は全国大会の準決勝まで進んだんだよ」

「その2年前に、おなじ大会を2連覇した先輩に言われても、嫌味にしか聞こえませんよ」

「はははは。先生は、すでに指導者を引退したと聞いているが、よほど目をかけられていたんだな。そうかそうか。すると、われわれは兄弟弟子というわけだ」

「というか、お二人ってそんなに年が近いんですか?」

「そうだよ。わたしが今年33歳、佐竹はもうすぐ31歳だよな」

「えぇ!?」


 やべえ、小鷹さん。てっきり40近いと思っていたのに、なんなんだ、この人の貫禄は。


「おや。もっと老けてると思われてたのかな」

「まあ先輩は、現場経験が違いますからね。PKOにも派遣されてますし。今回みたいに、いろいろと変なことに首突っ込んでいなければ、とっくに佐官でしょう」

「いやあ、耳が痛いね。わははは」


 そうこうしているうちに「またあらためて話を聞かせてもらうよ」という佐竹氏の言葉で、ようやく解放される運びとなった。

 榛名と相沢は、しっかりLINE交換していたアルマが連絡して先に帰ってもらっている。問題はティル姉だ。

 勤務している研究所は京都にあるので、電車だとここから一時間以上かかる。

 拉致未遂の正確な目的や相手の背後関係がわからない以上、このまま一人で帰らせるのは心配だ。

 相談の結果、とりあえず今晩はおれの家に泊まってもらうことにした。


「それなら、わたしがクルマで送ろう」


 小鷹さんの申し出を、おれたちはありがたく受け入れた。

 念のため地下駐車場に出ることを避けて、いちどフロアに戻って人混みに紛れる。それから近くのパーキングに向かい、停められていたSUVに乗り込んだ。

 すでに夕方近い渋滞タイミングなので、家まで30分以上はかかるだろう。

 信号を渡るタイミングや、あえて迂回しているルートからして、後続車にはかなり注意しながら運転していることがわかる。


「しかし、先日の襲撃といい大変だったね」

「立て続けにお手を煩わせて、すいませんでした」

「いやいや、危険な目にあったのはきみたちの方だからね。なにより無事でよかったよ」

「ありがとうございます」

「助かりました」


 女性陣からの感謝に、小鷹さんは照れたように頭をかく。


「ただし私人逮捕というのは、決して褒められたものではないからね。不可抗力なら仕方ないとはいえ」

「佐竹さんも、最後まで厳しい雰囲気でしたね……」


 彼からは、刺々しい態度が終始向けられていた。小鷹さんが居なければ、おそらく警察署まで連行されていただろう。


「まあ、外事課というちょっと特殊な部署にいるからね。普段はもっと冷静だし、とても信用できるやつさ」

「そうですか」

「ああ。先日の襲撃犯も、いまだに背後が判明していないようだしね。今回の拉致未遂もそうだが、下手すると重大な外交問題だ。外事としても表立って捜査するのが難しいのさ。その代わり、実行犯の身柄はおさえてある。よほど差し迫った目的がない限り、相手もこれ以上は迂闊に動けないだろう」


 アルマを狙ったのは白人系だったし、ティル姉を拉致しようとしたのはアジア系の実行犯だった。おそらく背後にいるのは違う組織だろう。

 そう考えると、佐竹氏が抱えた事件の大きさや厄介さからして、厳しい態度になるのも無理ないかもしれない。


「そういう意味では、きみが110番ではなく、自分に連絡してくれたのは幸いだった。地域課などが初動にあたって、マスコミにでも嗅ぎつけられると面倒だからね。よくぞ信用してくれたよ」


 信用、か。

 小鷹さんに連絡した理由は明快だった。

 彼が、あの日のファミレスで「市民を護る」と言ってくれたからだ。

 本来、自衛隊が護るべきは、あくまで「国民」であって「市民」ではない。そこには国籍という厳然たる境界がある。

 それでもアルマのことを護るべき対象に含めるため、属する組織の枠を超えてくれた。PKO活動に派遣されたらしいから、そのときの国境を超えた経験もあるのかもしれない。

 だから信用できる個人として、おれは小鷹さんに連絡することを選んだ。


「さあ、着いたよ」


 自宅の少し手前で、小鷹さんはクルマを停めてくれた。


「ありがとうございました」

「いやいや、大変だったろうから、今夜はゆっくりと休んでくれ」

「こちらこそ“休日”だったのに、申し訳ありませんでした」

「気にしなくて良いよ。ただし、また詳しい話を聞かせてもらうことになるだろうけどね」


 意味深げにニヤリと笑ってから、小鷹さんはクルマを発進させた。


 すでにあたりは薄暗くなっていたなか家に戻ると、リビングではやたら陽気な親父が出迎えてくれた。


「やあやあ、おかえり。ティルナさん、いらっしゃい」


 ダイニングテーブルには、出前の大きな寿司桶が並べられている。

 ティル姉も一緒に帰ると連絡はしておいたが、ちょっと手際が良すぎないか?

 どれだけ嬉しいんだよ。


「どうやら、いろいろと大変だったようだね。まずは食事にしよう」


 とりあえずテーブルにつくと、親父とティル姉はビール、おれとアルマは緑茶で乾杯する。

 寿司や、まだあたたかい茶碗蒸しなどを食べつつ、まずはアルマとティル姉が自己紹介をした。


「へえ、アルマさんの国は国王が選挙で選ばれるんだ」

「はい。王位継承権者から新国王を選挙で選ぶようです。任期は30年なのでわたしは投票というものをしたことがありませんが」

「選挙君主制という制度は、こちらでも採用している国はあるよ。歴史的には古代ローマなんかが有名だね」

「わたしの国は共和国だったよ。こちらでいうと大統領制みたいなものかな」


 おなじ異世界人といっても、アルマとティル姉は、おたがいの国についてまったく知らないようだった。

 おれの知るかぎり、向こうには4つの大陸があった。それぞれに大小多くの国が存在し、気候や文化、言語、政治、宗教なども、多種多様だったはずだ。

 そんな異世界からランダムで転移させられたのなら、おたがいの祖国がまったく無縁であっても不思議はない。


 その後も、ティル姉の昔話やアルマの学校生活などで三人は盛り上がる。


 それはいいけど、おれの昔の写真をアルバムから引っ張り出そうとする親父は大人しくしていようか。大人なんだから。

 ティル姉もね。スマホに保存していた旅行写真から、わざわざおれが写っているものをズームしてアルマに見せびらかさなくていいから。


「いやあ、こんなに華やかな食事は半年ぶりだな」

「……つうか、今日あった事件の詳細について聞かなくていいのかよ」

「うん?なんだ逸人、武勇伝でも語りたいのか?」

「ちげえよ!」

「なら、いいさ。どうせ役所の担当者から、嫌でも聞かされるからな」


 たしかに親父の派遣会社がアルマやティル姉の身元保証人であるかぎり、情報共有はされるのだろう。


「それよりもティルマさんが心配だね。明日は連休だけど、当分はうちに泊まったらどうかな。研究所の方にはこちらかも連絡しておくし、うちの会社にデスクとパソコンを用意するよ」

「いえ、そこまで迷惑をおかけするわけには」

「いやいや、書類上はうちからの派遣スタッフだからね。無関係ではいられないさ。まあ研究には支障が出るかもしれないけど」

「リモートとなるとアクセス権限は大幅に制限されるでしょうね。けども最新の実験レポートは提出していますし、いまは次回実験に向けてのスケジュールや検証項目の見直しですから問題はないと思います。けれど……」

「部屋ならあるし、良いんじゃないの。遠慮なんかしなくてもさ」


 おれとしても、ティル姉の安全が確認できるまで身近に居てもらったほうが安心だ。少なくとも自宅の周囲ぐらいなら警戒できる。


「わたしも、ティルナさんともっとお話したいです。故郷のこととか、こちらでの生活のこととか」

「……そうですか。では休み明けに研究所の方に連絡してみます」

「それがいい。わたしもさっそく、県警を含めて関係先から情報を集めるとしよう」

「おれの報告は必要ないと言っときながら?」

「いいか、逸人。わたしの立場としては、あくまで“公式情報”でしか動けないんだ。おまえがもつ一次情報も役所でフィルターされたものしか役に立たないし、そもそも知るべきではないのさ。それが大人の社会というものなんだよ」


 なるほどね。

 当然ながら、現実社会における異世界転移者をめぐるトラブルについては、親父の方が経験豊富ということなのだろう。


 なんにせよ、わが家には当面、また一人、異世界転移者の同居人が増えるわけだ。

 やれやれ、めんどくさい。

 そう思う気持ちも、すっかり親しくなったアルマとティル姉の様子を見ていると、まあいいか、という諦めに変わっていた。



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