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虎穴と墓穴の見分け方を教えてくれ。

異世界人が逆転移してきたらどうなるか。どこまでリアルに書けるかわかりませんが、ようやっと構想テーマで進められます。



「ハヤト!ハヤト!あれ、あれ見て」


 ステーションビルを中心にして、ファッションビルやシネマコンプレックスといった多くの商業施設が建ち並ぶ、県内でも屈指の繁華街。日曜日の昼食時だけあってかなりの人出で賑わう中、おれとアルマは電車に乗って買い物にきていた。


 男所帯で暮らすことになったアルマの不便を解消するため、父親から「必要なものを一緒に買ってこい」とクレジットカードを手渡されたのだ。どうした風の吹き回しかと思ったが、まあ間違いなく箱崎さんの進言によるものだろう。


 賑やかな街の空気にあてられたのか、アルマはやけにテンションが高い。ショップのウィンドウや人混みをきょろきょろと見回していた彼女が大きな声で指さしたのは、とあるフードマートの一画だった。


『異世界農家さんの手づくり新鮮野菜!』


 そのスペースには、でかでかと目立つPOPが掲げられている。丁寧にビニールで包まれた野菜や果物にも、おなじようなデザインのシールが貼られていた。


「ああ、あれが親父の言ってたやつか」

「ハヤトは知ってたのですか?」

「まあな。なんでも大手商社が企画したブランドで、異世界から転移してきたジョブが『農民』の人たちを集めて始めたらしい」


 異世界から転移してくる人たちのなかでも、特に多いのが「農民」というジョブだった。

 彼らは、当然ながら農業に携わることを希望した。政府としても農業人口の減少は大きな課題だったことから、自治体や関係団体の協力を得て試験的に農地を提供したわけだ。ところが、いざ収穫時期になると彼らの作った作物は、味も、収穫量も、明らかに出来が違っていた。その優秀さに企業が注目し、本格的なビジネスとしてブランド展開することになったわけだ。

当初は有名レストランや高級料亭への卸が中心だったが、一定の生産量が見込めるようになってようやく一般市場にも高級食材として出まわりはじめたらしい。


 ちなみに、このプロジェクトを最初に発案したのが、われらがスーパー秘書である箱崎さんだ。そして商社勤務の母親が、人脈を活かしてあれこれ手配したらしい。


「このカボチャとか、ずっしりと重いし色も鮮やか。甘くて美味しそうですね」

「あれ?アルマって料理できる人なんだ」

「ええ、それなりには。こう見えても弟と妹のいる長女でしたから。いつも母の料理を手伝っていました」


 姉、ねえ。うちにもいたけど、キッチンではつまみ食いしてる姿しか記憶にないぞ。そういえばもう一人「姉」と呼んでいた人がいたけど、彼女はどうなんだろう……。


「でも嬉しいですね」

「なにが?」

「おなじように転移させられた人たちが、こちらの世界でも、ちゃんとジョブを活かせていることです。もちろん苦労はあるでしょうけど、元気に暮らせているのならそれだけで幸いです」

「向こうのジョブが、こちらでどれだけ有効かはわからないけれどね。それでも、頑張っているんじゃないかな。ほら、あれとか」


 おれは、店内の柱に貼られたポスターを指差す。

 そこにはユニークなタイポグラフィで『異世界クラフト展』と大きく書かれている。


「いまでは家具や陶器、アクセサリーとか、異世界の伝統様式だかを活かして工芸の分野で活躍する『職人』の人が多いしね」

「そんなとこでも……」

「ほかにも簿記試験に合格した『商人』も多いらしいし、行政書士に挑戦してる『官吏』までいるらしいよ」


 異世界人が、さまざまな資格に挑戦する。親父の話によると、そうした道が用意されるようになったのも“もう一人の姉”のおかげらしい。


「やっぱり、この世界でもジョブごとに適正というのはあるんですね」


 アルマの声のトーンが少しだけ低くなる。きっと自分の「剣聖」なんていうジョブの将来に不安があるのだろう。


「まあ、基本的に平和な日本で、アルマの『剣聖』がどんな将来に向いてるかなんてわからないよな。でもさ、だからこそ柔軟に考えればいいと思うよ。向こうの世界でもジョブが絶対だったわけではないだろ」

「そうですね。家庭の都合や本人の希望などで、授かったジョブ以外の道を選ぶ人も多くいました」

「あくまで、成人の儀を迎えた時点での適正だからね。そのあとの努力でどうとでも変化するし、縛られる必要なんてないさ」

「はい」

「ジョブとしての特性は磨けばいいけど、その役立て方については、じっくり探せばいいと思う……ぐっ」


 その瞬間、だれかがおれの首に力強く腕をまわしてきた。


「そうかそうか。じゃあ逸人にも探し物を手伝ってもらおうか」

「そうね。人手は多いほうが助かるわ」


 聞き覚えのある声だった。

 とっさに気づかなかったら、危うく相手の手首と肩の関節を決めて、そのまま床に押し倒しているところだ。ぎりぎりで踏みとどまれたことに安心しながら、ゆっくりと振り返る。


 そこに立っていたのは、二人のクラスメートだった。

 榛名雅晴(はるなまさはる)相沢陽菜(あいざわひな)

 サッカー部で期待の新人といわれる榛名と、成績優秀で不動の学級委員長と呼ばれる相沢。1年のなかでも目立つ存在である二人は幼馴染らしく、すでに公認のカップルでもある。


「相変わらず仲良いな、おまえら。今日はデートか」

「まあ、そんなとこだな」

「適当なこと言わないの、雅晴。今日は文化祭の準備で、必要な道具の価格調査でしょ」


 そういえば、1ヶ月ほど後には一ケ(いちがせ)高校の文化祭が予定されている。クラスで決めた出し物は、たしか「カジノ喫茶」だっけか。


「『カジノ』は学生らしくないって先生に言われて『アミューズメント喫茶』になっちゃったけどね。そういう朝霞くんこそ、アルマさんと一緒だなんて、二人はどういう関係なの」

「そうそう。おまえらこそデートなのか?だとしたらクラスの男子全員に殺されるぞ」


 なにを物騒な……と否定しきれないほど、クラスにおけるアルマの人気は異常だ。だからこそ、あの襲撃事件があってからの数日間、クラスではおれたちの事情がばれないよう気を使っていたのだが。


「そんなんじゃねえよ。なあ、アルマ?」

「……」


 一緒に否定してもらおうと振り返ると、なぜかアルマはじっとしたままモジモジと俯いている。

 あ、そうか。こいつはそうした男女ごとにまったく免疫がないんだった。たぶん「デート」という単語だけで固まっているんだろう。


 さて、証言が得られないとすれば、どうすべきか。

 しかし考えてみたところで、休日に二人でいるところを見られた以上、もはや正直に説明するしかないだろう。

 榛名はともかく相沢は口が固そうだし、事情を理解すれば協力してくれるかもしれない。とりあえず、おれたちはフードマートのあるビルを出て、近くのカフェへと移動した。


「なるほどね。お父さまの仕事の関係で、朝霞くんの家にアルマさんが同居することになったと」

「なんだよ、それ。まるで逸人がアルマさんの監視役みてえじゃないか」

「そこまで言われたわけじゃないよ。ただ異世界人の境遇というのはまだまだ複雑だし、アルマの『剣聖』というジョブが少々特殊だからな。身近にサポート役がいれば安心ってことだろ」

「まあ事情はわかったわ。で、これからどうするの?」

「これからって?」

「これからも、クラスでアルマさんに対して素っ気ない態度を続けるつもりなのか、ということよ」


 素っ気ない──。たしかにおたがいの関係を知られたくなくて、クラスでは必要以上に接することを避けてきた。

 どうやら相沢には、それが故意だと見抜かれていたらしい。


「朝霞くんって、クラスでもちょっと異色というか、ポジションの違うキャラなのよね。だからみんなは気づいてないかもしれないけど」

「えっ、おれって異色なの?」

「大人ぶってる、てのも違うか。なんだか海外に2~3年留学して、元の学年に戻ってきたみたいな?」


 相沢の観察眼すげえ!まさに当たらずとも遠からずの感想だよ。いったい何者なんだ、こいつ。


「つっても、あんま意味ないけどな」

「なんでだよ、榛名」

「いや、悪いけど。二人の関係になんかあるなんて、男子の一部にはもうバレてるぞ」


 まじか。異世界で鍛えたはずの隠密行動スキルが、まったく役に立ってないだと?


「アルマさんを囲む輪のなかにいなくても、いつも目で追える位置にいるだろ。移動教室のときとか昼休みとか」


 こいつ、さすがはサッカー部期待の星。フィールドを俯瞰する視野の広さは一流ということか。


「そもそも、自転車通学だったおまえが、いきなりバス通学に切り替えて、アルマさんとおなじバスで登下校してりゃあな」


 はい。とどめの決勝点は、己の迂闊さが招いたオウンゴールでした。


「まあ、来週にはクラスの連中から秘密法廷にでも召還されるんじゃないか」


 うちのクラス、どこの独裁国家だよ。


「二人の関係については、わたしたちでそれとなく根回ししておくから。もう少し自然にすれば?アルマさんも、そのほうが良いでしょ?」

「えっ、はい!ハルトは、こちらの世界にきて、はじめて親しくなれた人なので。わたしもその方が嬉しいです。それと、できれば相沢さんと、榛名さんにも……」

「もちろんよ。わたしのことは陽菜でいいわ」

「おれも、雅晴でいいぜ」

「ありがとうございます!」


 イスから飛び上がらんばかりに喜ぶアルマ。こういうときの感情表現は、ほんとうに反則級だ。まさに陽が射すような笑顔は、だれもが「もっと見たい」と素直に思わされてしまう。


「じゃあ、いくわよ!」

「え?ああ、文化祭準備のための価格調査か」

「それもあるけど、なによりアルマさんの日用品選びよ。そもそも、なんで女性のプライバシーに朝霞くん一人つき合わせるつもりだったのかしら。デリカシーがないにも程があるわ」


 そう言ってからアルマの手を取り、足早に歩き出す相沢さん。

 おれと榛名は顔を見合わせ、慌てて二人の後を追いかけた。


 ──それから二時間後。


 服、雑貨、化粧品と、さまざまなショップや売り場を次々と歩きまわり、まるで無尽蔵のようなスタミナを見せる女性陣。それに比べて完全に荷物持ちと化した男たちは、いまやすっかり疲れ果てている。エスカレーター脇のベンチに座り、魂が抜けような表情で天井を見上げていた。

 さすがに下着売り場は男子禁制ということで、束の間の休息を与えられているわけだ。


「なあ榛名、相沢さんっていつもあんなに元気なのか」

「いや、あいつが長居する店なんて本屋ぐらいだと思ってたけどな。……それだけアルマさんを気に入ってるんだろ」

「まあ彼女の言う通り、おれ一人だとどうしようもなかったな、これは」


 相沢さんはアルマにアドバイスするだけでなく、同居人としておれにも意見を求めてきた。しかしながら、どうも反応がお気に召さなかったのだろう。途中からは、自動で追尾するショッピングカートのような扱いだった。


 そもそも同世代の女性なんか、せいぜい姉貴ぐらいしか接点がないのだ。あの凛々しくも漢らしい個性は、サンプルとしてあまりに特異点すぎる。


 ──そんなことを考えながらベンチでくつろいでいると、脳裏に気になる反応があった。


 榛名と相沢の接近に気づけなかったことから油断のないよう強化していた「気配察知」に強い思念が引っかかったのだ。

 こちらに向けられたものではないが、なにやら不穏な行動を起こそうとしている者に特有の緊張感。

 異世界では日常だった気配を、いまおれたちがいるビルの最上階5Fフロアから感じる。


「すまん榛名、ちょっとトイレ行ってくる」

「了解。荷物は見とくよ」

「ありがとな」


 エスカレーターを乗り継ぎ、壁のフロアガイドを参考に気配の位置を確認する。


(奥のトイレがある通路のあたりか)


 ベッドやソファーの置かれた家具売場をゆっくりと、目的の通路を遠目で確認できる位置から近づいていく。

 通路はL字になっていて、奥にトイレの入口があるようだ。そしてコーナーにはダークスーツの男がひとり立っている。


(見張りか……)


 他の客にまぎれながら、気づかれないよう顔を向けずに横目で様子をうかがう。

 すると、その男が通路の奥に向かっていった。

 物音を立てないよう、より慎重に気配を探りながら、こちらも移動する。複数ある気配の主は、売場ではなく通路のさらに奥に向かうようだ。

 いちどL字通路のコーナーで立ち止まり、こっそりと様子をうかがう。

 そこには、おなじダークスーツ姿の男が三人。一人が通用口のドアを開け、残る二人が女性を左右から抱えて連れ出そうとしているところだった。


 頭をうなだれている女性は、どうやら意識を失っているらしい。

 ベージュのジャケットにタイトなスカート姿で、すらりとしたプロポーション。男性なら、だれもが思わず見とれてしまうだろう。

 しかし、おれの目は別のところに釘付けにされた。

 亜麻色の髪。その落ち着いたブロンドヘアーを、忘れるはずがない。


(──ティル姉!?)


 幼い頃から家族のように遊んでくれた、懐かしい顔。

 その彼女が、いま目の前で誰かに拉致されようとしていた。



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