第1部 第7章 残された者たち
病室の扉が開き、顔を出したのは母だった。
次の瞬間、彼女は駆け寄ってきて、悠真の手をぎゅっと握る。
「……良かった……ほんとに……。」
声が震えていた。
後ろから入ってきた父も、安堵の表情をして、無言のまま頭を深く下げた。
「ごめんね、もっと早く来たかったんだけど……。でも良かった……!」
母の瞳からぽろぽろと涙がこぼれる。
「凛ちゃんのこと、聞いたよ……。」
悠真は何も言えなかった。
ただ、母の涙を見て、ますます胸が締めつけられる。
俺は、生き残ってしまった。それだけが、痛みとして全身に突き刺さる。
「……ごめん。」
そう呟くのがやっとだった。
父は、黙ったまま悠真の肩に手を置いた。その大きな手の温かさが、返って罪悪感を募らせる。
「凛ちゃんのご両親も来てたよ。」
母が静かに続けた。
「お母さんは泣いてて……お父さんは……。凛ちゃんを轢いたトラックの運転手を訴えるって。刑事でも、民事でも……。絶対に許さないって言ってた。」
悠真は何も言えず、ただ俯いたまま、シーツを握りしめていた。
窓の外から、自分の名を呼ぶ誰かの声がふと耳に届いた気がした。振り返っても誰もいない。ただ、風にカーテンが揺れているだけ。
何もかもが、現実のようで、どこか現実じゃない。時間だけが、やけに遅く流れていた。
「これ、あなたの大事なものでしょ。事故現場に落ちてたそうよ。」
母はそっと、銀のペンダントを悠真の手に握らせてくれた。冷たく、重たかった。まるで、周辺の空気そのものが形になっているかのようだった。
夜になり、両親が帰宅したあと、病室には、静寂が戻った。
眠れそうにない。ただ、天井を見上げて、何度も凛の笑顔を思い出す。
「もう少し、一緒にいよう」
あのとき、自分がそう言わなければ――。
何度も、何度も、後悔が押し寄せてくる。
涙はもう出ない。ただ、空っぽになっていた。