第1部 第6章 喪失
目を開けた瞬間、まぶしさが視界を貫いた。天井が白い。どこか薬品の匂いがする。心臓の鼓動が、遠くで鳴っているような感覚。そして――鈍く重い痛み。頭と腕の包帯。身体の節々が痛むたびに、ここが現実なのだと認識させられる。
「……ここは……」
声がかすれていた。
少し体を動かすと、ベッド脇に置かれた機械がピッ、ピッと音を立てる。
病室。なぜ自分がここにいるのかを、理解するまでに時間はかからなかった。
凛――。
名前を思い出した瞬間、記憶が怒涛のように押し寄せた。凛と自分がトラックに轢かれたことを思い出した。
ブレーキ音。凛の笑顔。差し出した手。衝撃。
――その先の記憶は、真っ白だった。
扉がノックされ、医師が入ってきた。穏やかな口調で語りかける。
「目が覚めたんだね。良かった。」
医者は言葉を続ける。
「トラックにかすったはずみで地面に頭をぶつけたんだけど、命に別状はないよ。体も打撲だけだから。」
悠真は、喉の奥から絞り出すように尋ねた。
「……凛は……、一緒にいた子は……。」
医師の表情が一瞬、曇る。それだけで、悟ってしまった。
医師は言葉を選びながら、静かに伝える。
「……現場で、即死だったらしい……。搬送されたときには……すでに……」
その瞬間、胸の奥で何かが崩れた。何かが壊れて、音を立てずに消えていった。
「…………うそだ……」
ベッドのシーツを握る手が震える。
「俺が、俺が"もう少し一緒にいようよ"なんて言わなければ……!俺が、あんなこと言わなければ……! 凛は……!あの場所にいなかったはずなんだ……!」
声にならない叫びが喉の奥で弾ける。何もできなかった。守れなかった。
大切な人を、自分の手で引き留めて――死なせてしまった。
「……なんで……なんで、俺が生きてるんだよ……!」
病室には、絶望だけが残された。目の奥が熱くなる。涙が、次から次へと溢れて止まらなかった。
彼女がいないという現実。この世界に、もう凛の声は響かないという事実。
どうしようもなく、息が苦しかった。