第1部 第16章 白い世界
病室のドアが静かに開き、足音が近づいてくる。医師が悠真の前に立ち止まった。
「……手を尽くしましたが、残念ながら……」
その言葉だけが、冷たい空気に沈んでいった。悠真は椅子に腰掛けたまま、顔を上げることもなく、まるで言葉が届いていないかのように、微動だにしなかった。
鼓動の音だけが、遠くで響いていた。張りつめた静寂のなかで、世界が色を失っていく感覚があった。運命というものが、これほどまでに無慈悲で、抗いようのないものだとは――。
何が正しくて、何が間違っていたのか。どうして、あの日常が奪われなくてはならなかったのか。誰も悪くなかったはずなのに。
ただ、笑っていただけなのに。喪失の重みが、音もなく胸の奥に沈み込んでいく。悲しみよりも、悔しさよりも深く、どうしようもない空虚が支配していた。
何度だって、あの場所に戻って、違う選択をしてみせたい。
だが現実は、容赦なく目前に突きつけてくる。
「死」という、どうしようもない事実を。無力だった。守れなかった。ただ、目の前で彼女の命が消えていくのを、見ることしかできなかった。喪失という言葉では足りない。胸の奥にぽっかりと空いたその穴は、何を流し込んでも満たされることはない。この世界そのものが、色を失ったようだった。時間は流れているのに、世界は止まっていた。人の気配があっても、何も感じられなかった。生きているという実感さえ、どこか遠い。
……どうしてこんなことに。誰かが何かを間違えたのか。それとも最初から、運命はこの道しかなかったのか。
苦しみと、問いと、答えのない思考が延々と頭の中をめぐる。
その時だった。
病室の天井に設置された蛍光灯が、パチリと音を立てて消える。辺りを包むのは、闇――
そして、その闇の中に現れるのは、あの白い光だった。まるで、彼を誘うように。どこかへ導こうとするように。
その光は、静かに、悠真の目の前で揺れていた。




