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『同級生の犬』


「友達に聞いた話なんだけれどね」


 中学生の頃の話だ。

 友達の同級生が一人、事故で亡くなったらしい。


 夏休み中に、飲酒運転の自動車事故に巻き込まれたそうだ。

 葬儀を終えてすぐに、同級生の両親は他県へと引っ越してしまった。

 色々と、耐え難いものがあったのだろう。


 新学期、教室に向かうと犬が居た。 

 白い毛並みの、可愛らしいマルチーズだった。


「おはよう」


 教室に入った誰もが、ごく自然にその犬に挨拶をしていた。


「おはよう、××」


 そう、声をかけてから、たった今自分が何を言ったのか分からずに首を傾げていた。

 おはよう、と軽い調子の挨拶が次々に交わされる。


 マルチーズは嬉しそうに尻尾を振りながら、その声の一つ一つに返事をしていた。


 「おはよう」と、××の声で。


 そういえば、と誰かが言う。

 事故に巻き込まれた時、彼は愛犬の散歩中だったそうだ。


 それからしばらく、マルチーズは当然のような顔で教室に居た。

 生徒も教師も、誰一人として、おかしいと分かっているのに何も言い出せなかった。

 言い出したら、何かが壊れてしまうのでは無いかと思って。


 結局、気づいた時には犬は現れなくなったそうだ。



「────怖かった?」

「……怖いというか、切なくてやるせないな」


 あと、犬が死ぬ話だな。

 感想としてはそんなところだ。


 共に事故に巻き込まれて亡くなった一人と一匹が、寄り添いあって存在している。

 最後に友達に別れを言いたくてやってきたのかもしれない。

 両親の元へ顔は出したのだろうか。逆にショックを与えるから、行かなかったかもしれないな。


 なんて、架空の××くんに思いを馳せたところで意味はないのだが。

 善良な人間に不条理な不幸が訪れる系の話は、どうにも聞いていて居心地が悪い。


 俺としては、禁じられた場所に入って因果応報で呪われるだとか、そういう話の方が気楽に聞けるから好きだ。

 ────というようなことを伝えると、隣のあいつはグミをもぐもぐしてから呟いた。


「じゃあ、住んじゃいけない家の話でもしようか」

「…………住んじゃいけない家かあ」


 今し方、住んではならなそうなマンションに居る身としてはどういうスタンスで聞けばいいのだろう。

 ちょっと困った。


「埼玉の何処かのお家の話なんだけどね」


 いかん、始まってしまった。

 てっきり明日にでも話してくれるのだとばかり思っていたのだが、友人は空っぽになったグミの袋を俺に渡しながら続けた。

 ちなみにこれは、捨てておいてね、の意である。まあ、ゴミ出しには行けないからな。


「その屋敷には立派な門があってね。でもそこから入っちゃ駄目だから、塀に開いた穴から出入りするように決められてたんだ」


 当然、はたから見ると滑稽でしかないので、からかい混じりに穴屋敷と呼ばれていたそうだ。

 屋敷自体は立派なものだから、尚更面白おかしく見えたのだろう。


 周囲からは、使わない門ならとっとと壊してしまえばいいのに、と言われていた。

 でも、そこの主人は頑として譲らず、古くなった閂を作り直してまで門を閉ざしていたらしい。

 もう歳も歳だから、言ってもしょうがない、と親族は好きにさせていたのだとか。

 元々人嫌いの激しい男で、住んでいるのは主人だけだから、困るのはお手伝いさんくらいのものだった。


 それから数年後。屋敷の主人が亡くなった。

 葬式の為に親族一同が集まった際、例の門を開けてしまったそうだ。


 確かに、これだけの人間が集まっているのに一々穴を通るのは面倒だ。

 その場の誰からも、強い反対の声は上がらなかった。


 親族のほとんどが門を通って帰り、主人と親しかった数人が、穴を通って帰った。


 それからしばらくして、門を通って帰った親族は次々と不幸に見舞われた。

 事件に事故、自死から消息不明まで。五年も経つ頃には、彼らは全員亡くなってしまったらしい。


 屋敷は今でも、埼玉の何処かにあるそうだ。


「……怖かった?」

「まあ、怖かったよ。……でも、それって『住んじゃいけない家』ってより、『通っちゃいけない門』じゃないか?」

「ううん。住んじゃいけない家だよ」


 屋敷自体では何も起こっていないのだから、悪いのは門の方ではないだろうか。

 そう思って聞いてみたのだが、隣人は軽い調子で否定した。


「あんなところに家を建てたらいけないんだよ」


 あいつはそれだけ言うと、珍しいことに挨拶もなく部屋へと戻ってしまった。




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