しらない《術》
―― その九 ムシがわく ――
病もちの女たちは、色街のはずれ、『離れ』ともよばれる療養所に住んでいた。
はずれといっても街に流れる川を少しのぼった上のほうにあり、まわりには畑や草原しかない景色のいい場所だった。
大昔には、各店の地下につくった座敷牢に隠した病もちの女たちを、金を出しあってつくったここにおくことになったのは、色街が大火事になったとき、地下に閉じ込められた女たちが、みな焼け死に、その怨念で、店主が次々に『呪い殺されて』いったからだという、話しがある。
トクジは、それは信じてないが、本当に大火事があったことは知っているから、街中にある火事の死者を弔うための石塔には、ときどき経をうたう。
「 ―― なあ、トクさん、あのムシには、トクさんの《術》が、きかないということか?」
横を歩くコウドが腕をくみ、あらためてたずねる。
トクジは眉をあげて見返し、おれの《術》の腕をうたぐってんな?と苦くわらう。
「いや。 おれは、トクさんの《腕》も《術》も、信じてるさ。 おれがききたいのは ―― 、あのムシは、要は、・・・《術》とかの、妖しい『力』でつくられたもんじゃあ、ねえんだな?」
「そうさな、・・・だが、嫌な気配がなかったはじめのころも、『化かし辻』には入ってこられなかった」
それが、次には嫌な気配と共にいきなり巨大化してその辻に現れた。
「そこがおれもよくわかんねえんだ。 ―― あんときは、たしかに《術》だった。 妖物の通り道に妖気とともに出たんだ。 ・・・だがな、・・けっきょく、退治したでっかいムシは、《妖術》でつくられたムシじゃなく、《妖術》で『動かされた』、ただのムシだった」
トクジはうなる。
「 ―― あんな術、聞いたこともねえ」




