はよう取り戻せ
年寄は、白く長い眉毛にかくれた眼をとじると、むかしなあ、とのんびり語り始める。
「 ―― ムシを助けた男のところに、ムシが恩返しにくる、話があってなあ」
「おい、じじい。何か知ってるなら今のうちにはなせよ」
スザクの言葉にコウアンは眉をよせて口を慎めと言い、タンニは大笑いした。
「ジュフクが知っていることをそうやすやすと話すものか。この男の考えを知ろうなどと無理なはなしよ。 嘘は言わない代わりに、知り得ていることもめったに口にしない。 何を考えているかわからんのは、あの《天帝》といい勝負だ」
タンニの笑いにいっしょになって笑う本人が、節くれだった指をたてて言った。
「ミカドといっしょなどとおそれおおい。わしはな、―― 話さなければならぬことは話すわ」
「話さなくともよいことは、話さぬと」
付け足したタンニはにやりとしてジュフクの椀に酒を注ぐ。
年寄は一気に干すと、満足げな息とともに言葉を吐いた。
「 ほ。 そうさな、ムシはどこにでもおるからいいわい。 それよりもスザク、盗まれた経の写し、はよう取り戻せよ」
「はあ?なんでおれが?経を盗まれたのは、普段ここにいる坊主どもの責任だろうが」
スザクが隣のコウアンをさしていうのに、お前も今はここの坊主の一人だろう、と年寄は再び満たされた椀をなめ言った。
「 ―― この高山にいるからには、わしのいうことには従わんとなあ」
おもしろそうに髭をゆらす年寄をみて、ようやく、はめられたことに思い至る。




