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きこえたのは
礼を言おうとしたところで、コウドがシュンカをトクジの後ろに押し込み、庭へ飛び出した。
からげた着物からぬいた両手には黒くひかる刃物があり、ざっと目をはしらせながら、腕をふりきった。
だが、庭は静かなままだ。
何も起こらないのに首をかたむけて、投げた刃物をとりに行った男は、庭のすみにかがみこむと、何かを拾い、トクジたちのもとに戻る。
「トクさんも聞いただろう?」
「・・・まあなぁ」
しかたなく答えれば、何も聞こえなかったシュンカが「なにがです?」と聞く。
「庭のムシの声にまじり、人のような声がしたんだ」
コウドの説明に、トクジはようやく先ほど感じた庭の違和感に気づく。
「そうか。―― おまえが入って来る前には、ムシの声なんかなかった」
いつものように、どこかにいるだろうその気配はいっとき、まったくなくなっていたのだ。




