なにもない庭
「すみません。顔を洗ってきます。―― その方と、お会いしたいです」
「・・よし、わかった。だがよ、」
トクジが言い終わらぬうちにシュンカが開けたふすまのむこうで聞き耳をたてていた男衆が、目元がまだぬれているその顔をみて立ち上がった。
「どうしたシュンカ!」「なにされたんだ?」「トクさん、あんたって人は・・・」
詰め寄る男たちの背中をシュンカがひっぱりかばってくれなければ、ひともんちゃく起こっていただろう。
スザクが戻ってきたときに、今のことをふくめ、あることないことを、こいつらもあの男に伝えるのかと思うと、トクジの頭は痛くなる。
顔を洗って戻ったシュンカは、トクジになにも聞かず、口をひらかなかった。
トクジも口をひらかず、 ―― 音がしない間ができる。
詰所の奥の縁側のある座敷から、何もない庭をみる。
ここで剣術や体術のけいこもするので、池も木もないつまらない庭だ。
だが、なぜだか今日は何かが違うような――、と感じたところで、ふすまのむこうから、トクさん連れてきたぜ、と声がかかった。




