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色街のトクジ
―― その一 ムシのしらせ ――
ちりん、と軒先の鈴が風を知らせるが、自分にはそれが感じられず、手にした団扇でむきになり風をおこす。
しばらくしてから、よけいに暑くなったと気付いた男は、そのまま畳に背をつけた。
「あ~・・あちい」
絞り出した声に、そばにいた女から手拭いがとぶ。
「うっとおしいねえ。 トクさんが、夏場にのびるのは毎度のことだけどさ、すこしは若いのを見習って、店前に水まきでもしたらどうだい?」
どうやら、その手拭いを首にさげて、『働け』という意味らしい。
「 ―― あのなあ、ツバメさん。 おれだって、見えないとこで働いてんだぜ?」
トクジはこの色街に長く住み着く《坊主くずれ》だった。
むかし高山で『徳』をとり、ある事情で坊主をやめてから、この街で用心棒のようなことをして暮らしていた。
ところが何年か前、しかたなく行った《妖物退治》がきっかけで、再度高山へ『徳』をとりにゆき、本物の坊主にもどった。
が、
―― また、この色街にもどり、暮らしている。