妖物ではないムシ
神官が、《術》でもって仕立てた《鳥》をとばすことぐらいは見逃してもくれるが、いつかのホムラのおこした《術》で空が乱れたときには、いいかげん腹を立てたテングがそろって現れたほどだ。
「《術》ではなく、蟲が人語を操る。 妖しい気をまとっているでもなく、われらの空にはいりこむ。 悪さをするでもないが、薄気味悪いので追い払って叩き落としても、また、次のトンボが寄ってくる。 こんなおかしなモノは、今まで見たこともきいたこともないわ」
透明なトンボの翅をつまみあげた女は、蟲の死骸に息をふきかけ砂に変えた。
さらさらと紙の上におちたそれを手早くコウアンがたたみおさめる。
「この蟲、妖物でもないのか?」
おかしな『気』をくいすぎた蟲のなれの果てではないのかとコウアンがスザクを振り返る。
「ただの蟲の死骸でしかねえな。ただ、―― それが生きてるときに、どんな『気』をはらんでしゃべってたのかは知らねえが」
額の真ん中にできた、くぼんだ傷をかきながら言うスザクにヨクサは「馬鹿というのは一度死にかけたくらいではなおらぬな」とわらう。
「 ―― いいか、妖しい『気』をまとっておればわれらの空にはいりこむこともかなわんだろう。ただの蟲であったから、はいりこめたのだ」




