困ってはない
「あの、トクジさま」
「あん?」
「このごろ・・・おかしな噂が立ってしまったようで・・・」
すみません、とまたしても謝るシュンカの隣で笑う男は、懐手にしていた手をだし、左頬に残った浅い傷跡をかく。
「 ―― おれが、おまえに手エだしてるって話しか。まあ、いいさ。半分は本当だしな」
「ほ、本当じゃないです!そ、それは、おれの『気』を、」
握った手をゆすり、トクジは笑う。
「あんな蟲がまた来ると面倒だからな。しばらく我慢してくれや」
「我慢なんて、・・おれは嬉しいですけど、トクジさまが困ってるんじゃないかと・・・」
おや、という顔をしてみせ、「おれに触られて嬉しいってか?」わざといやらしい声でたずねれば、シュンカは赤い顔でしどろもどろになる。
青い空を見上げ、ゆっくり歩く。
「 誰も困ってなんかいねえし、逆に、喜んでばっかだ。―― おめえとこうやって色街ン中を散歩するようになってから、病気になってた女が治ったり、ケンカが減ったりで、いいことづくめだしな。―― おれなんざ、顔の傷がどんどんよくなって、もうすぐ消えそうだぜ」
前までは、えぐれていた頬の傷は、日に日に浅くなり、からだにあった傷跡も、いまではほとんど消えかけている。
「これいじょう男前になっちまったら、体がもたねえなあ」
笑ってみせると、シュンカも笑う。




