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『アソボー』
首をひねってどうにかその声のする方を見る。
そちらには、このトンボの頭があるはずだ。
「 ア ソボ アソ ボー 」
トンボの牙がみえる口は動いていなかった。
その口のむこう。
トンボの、でかい眼にあたる部分。
トンボという蟲には、眼がたくさんあるのだと、むかし高山で聞いたことがある。
教えてくれたのは、ドウアンだったか、コウアンだったか、と考えたとき、トンボの眼が、細かく、いくつもの目に分かれているのに気付いた。
――― 人の目のかたちに。
「 ア ソボー 」
「っつ!?」
空気を裂くような音とともに、いくつもの氷の破片がトンボの翅を通った。
バランスを失い傾いたトンボの体ごと、今度は下へと吸い込まれる。
しかし、トンボの脚はまだ力を失わず、体は自由にならない。
またとばされた薄氷がトンボの頭をとばすが、脚の力は残ったままだ。
もう無理だと腹をくくったとき、ひどい衝撃がきた。




