くる
こちらの章は、ムシとの戦いになります。苦手な方、ご注意ください。
―― その三 しゃべるムシ ――
いきなり手首をつかまれ、その顔を見上げれば、次にはいきなり抱きこまれた。
しっかりと頭を抱え込まれ、シュンカしゃべるなよ、と命じられる。
いつものように色街のトクジが、その日世話になっている店に顔をだしたシュンカは、経の手ほどきをうけ、ちょうど仕事を終えた男たち数人と、縁側に並び、水あめをなめていたときだ。
トクジだけが、いらない、と言ってごろりと寝そべっていたのが、急に起き上がり、シュンカを抱きしめたので、周りの者が讃えるような驚きの声をあげたのに、空をにらんだ男は怒鳴った。
「おい!! 誰かおれの刀持ってこい!! 誰も外に出すな!」
叫んだトクジの声がシュンカの頭に直に響く。
男衆たちの走る音と怒声に女たちの悲鳴がまじり、ばたばたとした気配がやんで、店は、人がひけたように静かになる。
トクジが片腕をあげ、経をとなえながら綴りはじめた。
わけもわからなかったシュンカも、男がにらみあげる空の気配を感じとり、一気に肌が泡立った。
――― くる
空の上のほうから、『それ』が来る。




