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『くるしいの』
思わず眉間を寄せてしまったときに、年寄に、魚はきらいか、と聞かれる。
「 好きか嫌いかと問われれば、どちらでもないと答えまする」
「食うのは好きか?」
「どちらでもありませなんだ。 食べ物など、みな同じと思っておりますゆえ」
「みなどれも同じか」
「はい」
「うまいまずいもないのか」
「はい。 体を生かすために、口にいれるだけのもの」
「そうか。 ―― それは、くるしいの」
「は?」
「おまえが『知らぬ』と言った《大堀》の魚はな、たまりすぎた『念』の腐臭をはなって、食えたものではなかったそうな」
ほう、そうでございますか、としか答えようがない。
「 ―― あの堀も、すこしは清くはなりましょう」
何百、何千もの『念』がよどんだ水たまりだったのだ。
小さな年寄がゆっくりと振り返り、ギョウトクに竿の穂先をむけた。
「のぉ、ギョウトクよ。 おまえ、《ホムラ》とかいう男を、知っておったろう?」
「・・・さあ。 耳にしたことは、ありますな」
体が動かせないのを感じながら、ゆっくりと答えた。