表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/25

お前

「お前は、直枝だったな。生きていたのか」


 言ったのは明だ。さすがに意外そうな顔をしている。これは、完全に予想外の事態だったらしい。

 もっとも、驚いていたのは僕も同じだ。連中の上条に対する暴力を、すぐ近くで見ている。奴らは、女だからといって容赦しない……そう思っていた。にもかかわらず、直枝はひとりで逃げることに成功したのだ。

 そんな彼女は、安堵の表情を浮かべ僕たちを見ている。


「おいおい、よく逃げてこられたな。他の二人はどうなった?」


 明が尋ねると、直枝は首を振った。


「わからない。あの二人は、いきなりボーッとしだして、あたしが何を言っても反応しなくなったんだよ。そしたら、誰かが入って来る気配がして……あたしも寝たふりしてたら、あの二人を連れて行ったんだ。ねえ、あの二人を助けてよ」


 そう言って、直枝は僕たちの顔を交互に見る。しかし、返ってきたのは非情な答えだった。


「すまないが、そりゃあ無理だな」


 明は、その一言で切り捨てる。途端に、直枝は顔を歪めた。


「そんな……」


「俺たちはな、自分たち助けるだけで手一杯だ。なのに、あんなバカふたりのことまで面倒みられるかよ。そもそも、この村に来ることに真っ先に賛成してたのは大場と芳賀だぜ。どうなろうと自業自得じゃねえか」


 冷たい声で、そう言い放つ。

 正直、僕も気は進まなかった。たいして仲良くもない大場と芳賀のために、わざわざ危険を犯す気にはなれない。

 それに、明の言っていることは正しい。あの二人は、皆を村に連れてくる手助けをしてしまったのだ。自業自得、と言われても仕方ないだろう。

 すると、直枝の体が震え出した。


「あんたたち……それでも人間なの!」


 怒鳴り、こちらを睨み付けてくる。僕は何も言えず、目を逸らすしかなかった。

 その瞬間、明の表情が一変する。左手が伸びていき、直枝の口を手のひらで塞いだ。同時に、懐中電灯を消す。

 突然の事に、直枝は驚愕の表情を浮かべる。じたばたもがきながら、両手で明の手を外そうとした。だが、その時──


「お前ら、ここにいたのか!」


 背の高い痩せた男が、小屋の中に入って来た。その後ろから、さらに二人入って来る。その途端、小屋の中がパッと明るくなったのだ。天井にライトが付いていたらしい。

 急に明るくなった室内。そこに入ってきた男たちを見た瞬間、明の顔に冷酷な表情が浮かんだ。

 直枝の顔から手を離し、立ち上がる。ゆっくりと男たちの方へ歩いて行った。

 途中、ちらりと僕の顔を見る。何かの合図だろうか。

 だが、僕は何も出来なかった。恐怖のあまり、体が硬直していたのだ。

 一方、男たちは余裕の表情だ。


「竹原、俺は坂本さんや黒川さんに報告してくる。きっちり捕まえとけ。ただし、まだ殺すなよ。お前ら二人だけで大丈夫だよな、こんなガキども」


 後ろの男のひとりが、背の高い男に言った。


「ああ、大丈夫だよ。俺たちは、高宮みたいな間抜けじゃねえし」


 竹原と呼ばれた男は、余裕しゃくしゃくの態度で答えた。背は明より高く、いかにも喧嘩早そうな顔つきだ。自信にみちた表情で僕たちを見ている。

 そして、ポケットから折り畳み式のナイフを取り出す。いや、飛び出しナイフだ。映画で見たことがある。ボタンを押すと、刃の出るタイプのナイフだ。

 その瞬間、明は予想外の動きに出る。前転し一気に間合いを詰めたのだ。

 しかし、僕はその後の展開を見ていない。なぜなら、もうひとりの男が襲いかかってきたからだ──


 ・・・


 明は前転し、竹原の足元に着地した。

 直後、竹原の左足首を掴む。同時に、自分の両足を滑らせ、竹原の右足を薙ぎ払う。

 飛び出しナイフの刃を出すことに気を取られていた竹原にとって、明の動きは完全に想定外であった。不意の両足への攻撃に耐えられず、派手に倒れる。

 次の瞬間、明は竹原の左足首を脇に抱えた。そして、相手の膝関節を思い切りねじる。ヒールホールドという関節技だ。

 すると、竹原の口から悲鳴があがった。竹原の左膝の関節は、完全に破壊されたのだ。同時に、ナイフが手から落ちる。

 だが、明の攻撃は止まらない。落ちたナイフを蹴飛ばすと同時に、すっと立ち上がった。足を上げ、竹原の喉を思い切り踏みつける。

 ぐしゃっ、という音が聞こえた。しかし、一発では終わらない。二度、三度と踏みつけていく。竹原の首は折れ、頚椎は完全に破壊された。

 絶命を確かめると、明はさっと周囲を見る。


 ・・・


 僕の目の前に、見知らぬ男が迫ってくる。

 あからさまな敵意を持った表情だ。このままでは、僕は殺されるかもしれない。先ほど、目の前で上条を襲った暴力の嵐……今度は僕が、その犠牲者になるのだ。

 闘わなくてはならない。殺らなければ、殺られるのだ。幸い、僕の手にはサバイバルナイフがある。相手の男よりも、優位な立場にいるはず。

 それなのに、何も出来なかった。体がすくみ、動けないのだ。そもそも今の今まで、ケンカなどしたことがない。人から殴られたことは数えきれないが、人を殴ったことなど一度もないのだ。

 怖い。怖くてたまらない──


 男が拳を振り上げるのが、はっきりと見えた。その拳が、僕の顔に当たる。

 痛い。だが、その痛みよりも、相手の男の敵意に満ちた顔の方が怖い。憎しみ、殺意、そういった負の感情が怖い。

 僕は倒れた。痛みではなく、恐怖ゆえに。そう、男のパンチは心をへし折ったのだ。

 すると男は、勝ち誇った表情で僕に馬乗りになる。その体勢から、僕を殴った。何度も、何度も殴り続ける──


 もう、やめてくれ!


 思わず、両腕で顔を覆った。口からは、言葉が洩れる。


「やめで……だずげでえ……」


 その時だった。鋭い掛け声と共に、白い棒のような何かが男の顔面に炸裂する。

 直後、男はひっくり返った──


「大丈夫!?」


 声と共に、誰かが僕を助け起こす……それは直枝だった。


 じゃあ、今のは直枝がやったのか。


 だが、そんなことを考えている場合ではなかった。


「てんめえ……」


 男は低く唸り、顔を押さえて立ち上がった。見ると、鼻と口から血が出ている。にもかかわらず、まだ戦意は失われていないらしい。

 直枝はその様子を見るや否や、パッと立ち上がった。

 次の瞬間、直枝の体が回転する。直後、足がビュン伸びていく──

 彼女の踵が、凄まじい速さで男の腹に突き刺さった。見事な中段後ろ蹴りだ。格闘技の番組などでしか見たことがない技である。

 直後、男は腹を押さえてうずくまった。蹴りがカウンターで炸裂したのだ。うめき声をもらしながら、体を痙攣させる。

 一方、直枝は瞬時に元の構えに戻る。それは自然な動きだった。動作のひとつひとつに無駄がなく、スムーズに動いている。昨日今日、覚えたものではない。長い時間をかけて練られ、そして磨かれてきた技だ。

 直枝は、僕などより遥かに強い。

 その瞬間、ぐしゃっという音が聞こえた。明だ。倒れている男の首を、明が踏み付けたのだ。

 目の前で、ふたりの男が死んだ。僕は、その光景を呆然と見ていることしか出来なかった。


「お前ら、さっさと逃げるぞ」


 明の声で、はっと我に返る。慌てて立ち上がり、荷物を拾い明や直枝の後に続く。だが、未だに足はガクガクと震えている。呼吸が荒く、気分も悪い。その場に倒れ、泣き出したい気分だった。

 だが必死でこらえ、二人の後を付いて歩いた。




「どうやら、ここなら安全らしい。しばらくの間は、だけどな」


 明が周りを見渡し、僕たちに言う。今いるのは、物置のような廃屋だった。いつ建てられたのかはわからないが、明治か大正ではないかと思わせた。あちこちボロボロで腐り、人の生活の痕跡がまるでなかった。ネズミか何かが蠢く音が、あちこちから聞こえる。

 僕はその場に座り込み、膝をかかえて下を向いていた。先ほどの闘い……それは、体内から動くためのエネルギーを、根こそぎ奪い去ってしまったようだ。

 そんな僕とは違い、明は極めて冷静だった。僕たちを見渡すと、落ち着いた表情で口を開く。


「わかったことが幾つかある。まず奴らは、ここの地理に詳しくないらしい。今まで会った連中は、みんな都会の人間だ。少なくとも、地元の連中には思えない……てことは、こちらにも勝ち目はある。あと、連中は軍隊や訓練を受けたテロリストとか、そっち関係でもなさそうだ。これもありがたい話だよ。しかしだ、その前に早急に片付けなきゃならない問題が出てきた。本当に、面倒くさい話だよ。余計な手間をかけさせないで欲しいもんだ」


 そこまで言うと、明は立ち上がった。表情の消えた顔で歩き出し、真っ直ぐこちらに向かって歩いて来た。僕は、何事かと思い顔を上げる。

 直後の明の行動は、完全に想定外であった。すぐそばに来たかと思うと、いきなり僕の首を片手で掴む。

 そのまま、凄まじい腕力で僕の体を持ち上げたのだ──

 その時、何が起きたのかわからなかった。だが次の瞬間、苦しさのあまりうめき声を洩らす。片手で喉を絞められ、息が止まりそうだ……苦しさのあまり、必死でもがいた。明の手を引き剥がそうと、あらんかぎりの力で抵抗する。

 だが、ビクともしない。明の手は、機械じかけなのではないか、と思うくらい力が強いのだ。意識が、徐々に遠のいていく──

 そんな僕を見もせずに、明は淡々と語る。


「今、俺たちにとって一番の問題は、この使えない奴をどうするか、だよ。はっきり言って、こいつは完全に足手まといだ。直枝、お前はどう思う?」





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ