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コンビニエンスホテル  作者: まきの・えり
6/10

コンビニエンスホテル6

 爺さんは、もう寝ている時間だし、範子さんも、夜は早い方だ。

 超人隆はともかく、息子が寝ずに外で待っていると思ったら、おちおち寝てはいられないかもしれない。

 仕方無く、身体を起こして、目を開けた。

 真っ暗だ。

 こんな暗闇の中、またも、手探りで歩いて行くのは、とってもイヤ。

 できたら、枕に頭を埋めて、寝てしまいたい。

 慌てて家を出たので、カバンにも半袖の着替えしか入っていない。

 夜は、とっても寒い地域なのだ。

 いやいやベッドから出て、苦労してシーツを外すと、二つ折りにして、肩からかけた。

 自分の持って来たカバンを探すのも一苦労。

 左手にベッドがあって、右手に鏡があったはずだから、その間を真っ直ぐ進めば、ドアに辿り着くはずだ。と頭ではわかっているけど、どこが鏡かわからないから、何度も、何かで足を打った。

 ベッドに手をつきながら歩いていくと、ツルリと滑って転んでしまった。

 手に触れる感触では、どうやら、床に抜け落ちていた髪の毛で滑ったものらしい。

 わあ、身体中、髪の毛だらけになる!

 と思いながら、髪の毛の海をシーツをかぶったまま、匍匐前進。

 何とか、ドアを見つけて、開けると、トイレのドアだったらしく、小さな蝋燭が一本、鏡の前で揺れていた。

 ああ、もうイヤ。

 だから、寝ていればよかった。

「どこに行くのです?」という声と共に、肩に女の人の手が・・・

 もう、イヤ!

 もう、たまりません。

「今、連れから電話があって」と髪の毛にまみれて、床に寝そべったままの私。

「あなたは、私を大阪に連れて行く約束をしました。

 そうですね」

「はい、そうです」と私は、素直だ。

「明日、私と二人で行くのです」

「けど、連れが、外で待ってるから・・・」

「明日、私と二人で行くのです」

 私の肩の上にある、女の人の手に力がこもっている。

 強い意志を伴った力だ。

「今日は、ここに泊まって、明日、二人で行くのです」

「ちょっと待って」と私は、相手の手の力に圧し潰されそうになりながら、言った。

「大阪に連れて行く約束はしたけど、明日二人で行くという約束はしていません。

 今、私の連れが外で待っているので、私は、このホテルを出なければならない」

「そんなことはさせません」

「一緒に来たら、いいやないの」とつい大阪弁が出た。

「私は、他の人には、会いたくないのです」

「それやったら、離れて、ついてきたらいいやないの」

「私のことは、誰にも言わないと、約束できますか?」

 まあ、言わんでも、わかるやろけど。

「言いません」

 スッと肩にかかっていた女の人の手の力が抜けた。

「約束しましたよ」

「はい」

 その瞬間、またも、蝋燭の火が消えたらしく、真っ暗闇になった。

 もうちょっと照らしていてくれたら、歩いてドアまで行けたのに。

 私は、またも、ドアの方角目指して、匍匐前進。

 今度こそは、本物のドアだろう、と思ったとたん、鍵がないことに気がついた。

 鍵は、電気の差し込み口の中と手探りで探しながら、別に、鍵がなくても、中からはドアの鍵を開けられることを思い出す。

 アホや。

 ようやくドアを開けて外の廊下に出たが、真っ暗なまま。

 カバンを胸に抱え、シーツを身体に巻きつけたまま、その場にしゃがみこんだ。

 303号室の前に、エレベーターがあったのは、わかっている。

 でも、暗い中、エレベーターに乗るのは怖い。

 第一、ボタンを暗い中で、どうやって探す。

 また、電気系統が全部故障していれば、エレベーターも動かないのでは?

 平和に、明日の朝まで寝ていればよかったかもしれない。

 ほんまに、隆さんの大バカヤロウ!

 その時、暗闇の中で、ポウッと光るものが見えた。

 また、あの女の人かと思えば、光るものは二つ。

 ウワッ。

 これは、目だ。

 暗闇の中で、何かの目が光っている。

 こ、怖い。

 怖すぎる。

 その光りが、フッと消え、何かが私の頭の上に。

「ウワアアア」と思わず、叫んだ。

『人形は、怖くない』という震える声が聞こえ、私の手の中に、触り覚えのあるものが落ちてきた。

「人形?

 人形なの?」

『人形は、怖くない』とまだ、声が震えている。

「人形!」と私は、人形らしきものを抱き締めた。

「怖かったよー」と私は、言った。

『人形は、怖くない』とまだ、声が震えている。

 人形も、ここまで来る間に、よほど怖い想いをしたに違いない。

「人形、会いたかった」

『人形は、来たところから帰る』と人形は言った。

 人形の目が光っているので、それが、微かな蝋燭の明かりのようになっていて、エレベーターが見えた。

「人形、エレベーターに乗れる」と私は、喜んだ。

『エレベーターは、わからない』と人形が言った。

「わからなくてもいい。

 これで、一階に行ける。

 外に出られる!」

 私は、エレベーターに乗り、人形の目の明かりで、一階のボタンを押した。

 動く!

 エレベーターは動いている!

 違う。

 このエレベーターで行く一階は、ジェット風呂だ、と思い出したのは、一階に着いた時だ。

 フロントのある三階に、表に通じる出口があったはずだ。

 私は、三階を押した。

 しばらく登りかけた、そのとたん、エレベーターが、グラグラ揺れて、ガクンと止まった。

『人形は、怖くない』と人形が言った。

「うん、怖くない、怖くない」と私も言った。

 怖くはないけれど、エレベーターに閉じ込められてしまった。

 怖くはないが、困ったことになった。

 人形が目を閉じてしまったので、再び、真っ暗になった。

「人形、人形、眠らないで。

 目を開けて」

『人形は、眠らない。

 目を閉じるだけ』

 このヤロウ、怖いから目を閉じているつもりだな。

「人形、何でもするから、目を開けて」

 人形がパチリと目を開けて、エレベーターの中が、また、ボウッと明るくなった。

『春子ちゃんは、何でもすると言った』

「言った、言った。

 何でもする」

『逆立ちウンコ』

 このヤロウ、んなことが、このエレベーターの中でできるか。

 ま、エレベーターの外でだって、できないが・・・

「それは、できない。

 できることなら何でもする」

『春子ちゃんは、約束した』

「できないことは、できないの」

『プーン』と言ったまま、人形は、また目を閉じてしまった。

 またも、真っ暗闇。

 人形の目を開けさせるために、逆立ちウンコをするべきかどうか、思案していると、エレベーターが、ギシギシ言いながら、動いた。

 ようやく三階(だと思うが)に着き、真っ暗闇の中、ドアの開いた気配で、外に出る。

「人形、目を開けて」と言ってみたが、無駄のようだ。

 真っ直ぐに歩くと、フロントらしき場所に着いた。

 まだ無人のようだ。

 この前にあったはずの出口(入口?)に進んだ。

 出口からは、微かな月明かりが入って来ている。

 こういう場合、大変に助かる。

 その前に立って、ドアを開けようとしたが、自動ドアらしく、押しても引いても開く気配はない。

 そうだ。

 電気系統が、故障しているんだ。

『隆ウンコが待っている』と人形が目を閉じたまま、言った。

「どこで?」

『外で』

 ダア。

 わからん人形やな。

 その外に出られへんのや。

 私の頭は、高速回転する。

 最初に来た通りに帰ればいいんだ。

 あの壁で囲まれた、一階に通じるエレベーターは、三階にあった。

 ああ、どの壁だった?

 月明かりでは、どこも同じ壁に見える。

『人形は、来たところから帰る』と人形は言った。

「どこから?」

『人形は、知らない』

 そう言ったとたん、手の中から、人形の姿が消えた。

 そうだった。

 あの人形、最近では、人形版瞬間移動ができるようになっていたんだった、と思ったのは、後の祭りだ。

 だから、瞬間移動で、ここに来ることができたのだ。

 ああ、私も他の誰も、瞬間移動なんてできないというのに。

 あのバカ人形、何しに来たんだ!

 月が陰ったのか、またも、真っ暗闇の中に取り残された私だった。

 覚えている限りでは、エレベーターの前がフロントだ。

 この辺りのどこかの壁が、外の一階に通じる、壁型エレベーターだ。

 真っ暗闇の中では、フロントのデスクに手探りで到着するのが精一杯。

 はあ、もう、どうにでもなれ、というヤケクソの境地になっている。

 もう、酒飲んだる、という心境だ。

 フロントの横のレストランの引き戸まで辿り着く。

 引き戸をガラガラッと開けようとするが、鍵が閉まっているのか、ビクとも動かない。

 ああ、このクソホテル!

 頼まれたって、二度と来るか!

「お酒なら、ご用意できますが」という声が暗闇の中で聞こえて、ギョッとした。

 この声は、確か、田鋤原さんというオーナーの使用人にして、オーナーを呼び捨てにする人物。

「ください」と条件反射的に言った。

「少々お待ちください」

 何ぼでも待ったるわい。

 酒でも焼酎でも持って来い。

 それより明かりを持って来い。

 そう思ったとたん、小さな蝋燭の灯ったお盆に、一升瓶が二本現れた。

 ほんまに、蝋燭の好きな人達だ。

 しかも、すぐ消えそうな細い蝋燭。

 電気系統の故障が多いんやったら、もっとでかい蝋燭を用意しとかんかい!

 と大阪のヤクザ状態になってきた。

「電気系統の故障で、ご迷惑をおかけしております。

 お酒は、燗にした方がよろしいでしょうね」とよく気の利くことだ。

「何分、レストランは、もう閉店しておりますので」

 湯気の立った電気温熱機のようなものと、大きなポットまで登場した。

「いやあ、こんな時間に、どうもすみません」と急に、平常心を取り戻した私。

 お酒の威力というのは、凄いものだ。

「ロビーの方に移動しましょうか」と田鋤原さんは、フロントから、ロビーと呼ばれているらしい一帯に、酒類を移動させた。

 その時、フと、電気が通じてないんだから、電気温熱機は使えないのでは、という疑問が起きた。

「蓄電式ですから、大丈夫です」という、私の考えを読んだかのような答えだ。

 手早く、燗の準備をしている。

「こんなものしかありませんが」とスルメとピーナツまで登場。

「いえ、こちらこそ、こんな時間に申し訳ありません」と恐縮する私。

 実際には、今、何時だか知らないわけだけれど。

「まだ、夜中の三時過ぎですよ」

 ゲッ。

 もう夜中の三時過ぎ。

 隆さんと息子は、ずっと外で待っているかも。

「まあ、いいではありませんか。

 じき、燗ができますから」と言われて、まあ、いいか、とアルコールを前にすると思ってしまう自分が、少し嫌い。

 うん?

 もう一人、いや、もう二人増えた?

 いつの間にか、フロントで見たもう一人の男の人と、あの例の髪の長い女の人も、同じテーブルに座っている。

「さ、どうぞ」と燗をした酒を、安っぽいコップに注がれて、グイッと一息に飲んでしまう私。

 寒いのもある。

「焼酎のお湯割りもできますが」と田鋤原さん。

「それもいただきます」と私。

 少しでも早く温まりたいのと、全部忘れて、早く酔ってしまいたい気分だ。

「梅でよろしいですか?」と私の好みまで熟知している模様。

 もしかすると、オーナーが前もって、連絡を入れていた?

「得丸に言っておいてください。

 娘を大阪になんか行かせないと」

「はあ?」と私には、一体、何のことかわからない。

「娘には、きちんとした婚約者がいるのです」

「はあ・・・」とますます、わけがわからん。

「ええと、私が来たのは、そういうことではなくて、六月から滞納しているホテルのお金を取り立て・・・

 いいえ、ええと、いただいて来るようにと言われて来たのですが」

「娘は、来月、結婚することになっている」

 ちょっとは、人の話も聞けよ、田鋤原。

 そういうやり取りの間にも、田鋤原さんの手は職業的に動いて、お酒を燗したり、焼酎のお湯割りを作ったりしている。

 さすが、プロ。

 このホテルとの交渉は、十万円の取り分だけで終わりそうだな、と思って、熱燗の酒と焼酎のお湯割りをチャンポンで飲んでいる私。

 もう、後はジャンジャンただ酒を飲んだる。

 寒いんじゃー。

 これは、アカンと思ったのは、またも、気温がグングンと下がっている気配がしたせいだ。

「熱燗、もう一杯」

 手に持っているコップの酒が、ゆらゆらと揺れている。

 ありゃー、酔ってきたか、よいよい、と思っていると、コップの酒がバッシャンと顔にかかった。

 アチャー、酔いすぎだー、と思って、カバンからタオルを出して、顔を拭こうとするが、身体が揺れて、うまく拭けない。

 テーブルまでが、ガタガタと揺れている。

「ひどいわ、お父さん。

 私の邪魔ばかりして」と言う女の人の声がした。

「私は、明るくなったら、この人と一緒に、大阪に行きます」

 ゲ。

 突然、親子の紛争に巻き込まれた私。

「許さん。

 絶対に許さん!」と田鋤原さん。

「照子さん、僕のどこが気にいらないんですか」ともう一人、影のように座っていた、もう一人のフロント係が言った。

 そうか。

 あの女の人は、田鋤原さんの娘さんで、この男の人が、婚約者なわけか、とゴクゴクとアルコールを飲みながら、私は、ようやく事態を飲み込んでいた。

 しかし、オーナーは、一体どういう役割を果たしているんだろうか。

「得丸は、お前のことなんか、何とも思ってはいない。

 このホテルが欲しいだけだ」

「だって、私と結婚したいと言ってくれたわ」

 ゲエ。

 オーナー、あんた、孫みたいな歳の女性に、そんなとんでもないことを言うたらアカンわ。

 下手したら、曾孫の歳かもしれないのに。

 そう言えば、スーパーの土地欲しさに、範子さんにプロポーズした過去もあったらしい。

 ほんま。

 見境なしの強欲エロジジイ。

「私は、大阪に行きます」と女の人が言ったとたん、地面が大きく揺れて、ビシッという音がし、開かなかった玄関のドアのガラスに亀裂が入った。

 遠くで、ガラガラガッシャーン、という何かが壊れる音が聞こえて来た。

 息子の言う、ポルターガイスト現象か、と私は冷静に酔っていた。

 震源地は、この若い女性のエネルギー。

 または、怒り?

 そりゃあ、電気系統も故障するし、客なんか誰も来んわ。

「照子、落ち着け。

 お前は、得丸にだまされているんだ」

「嘘よ、そんなこと、嘘よー!」

「照子さん、落ち着いて。

 僕がついているから落ち着いて」と必死でなだめている、父と婚約者の図。

「イヤー!

 あなた達なんか、大嫌い!」

 さあ、来るぞ、最後の大揺れが来るぞ、と思って、私は、残っていた酒と焼酎を、グイーッと一息に飲んだ。

 ドッカーンという音がして、硝煙の臭いが、辺りにたてこめた。

 何となく懐かしい臭いだ。

 私は、床面に身をふせて、シーツを頭からかぶった。

 その瞬間、ドーンという縦揺れに続いて、グアラグアラと震度五ぐらいの横揺れが襲ってきた。

 ガシャーン、ガラガラという音が、あちこちで聞こえてくる。

 私の身体は、ソファとテーブルの間で、シェイクされている。

 酔っていても、かなり痛いぞ。

 電気系統が故障していて、よかったですね、と思った。

 下手したら、大火事になるところだ。

 ま、この揺れなら、すぐに停電するだろうけど。




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