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コンビニエンスホテル  作者: まきの・えり
4/10

コンビニエンスホテル4


 恐る恐る中に入って見るが、一人で笑っている爺さんしかいない。

「お祖父ちゃん、アカンて」と息子。

 何がアカンのか、私にはわからないが、もしかすると、見えない人と話していたのかもしれない。

「しょうがないな。

 歩いて行くか。

 タクシーはないみたいやし」と息子は、かなり疲れた顔をしている。

 どうせ、テレパシーか何かで、タクシーを呼ぼうとしたんやろ、と私は推測する。

 何が何かわからない地図を頼りに、テクテクと山道を歩いていく。

 あー、しんど。

 こういう時、自分の歳を感じる。

 と思っていると、息子も爺さんも、疲れ知らずに、グングンと山道を歩いている。

 私は、爺さんより歳?

「あ、あった」という息子の声。

 上の方を見ると、ホテルらしき建物が見える。

 あったて言うたかて、まだ、もっと山の上やないの、と思っているうちに、薄く霧が立ち込めてきた。

 つい今さっき見えたホテルが、霧に隠されていく。

 もう、なーんか行く前から、いやーな気分。

「春子」という声が、すぐ近くで聞こえて、ギョッとする。

「ああ、隆さん」と息子のホッとした声。

 一体、どこから現れたのか、猫みたいに足音を立てないこの男。

 けど、私も、息子じゃないけど、何となくホッとするから、不思議なものだ。

「春行、走るぞ」と隆さん。

 え?

 今、何と?

 走る?

 え?

 この山道を?

 冗談言わないでよ、隆さん、と思っていると、即走り出した息子に続いて、爺さんまでもが、軽やかに走り出した。

 ゲエ、信じられない健脚ぞろい。

 茫然としていると、全員、霧の中に消えて行ってしまった。

「ま、待って」と私も走り始めるが、辺りに立て込めた霧で、方角がわからない。

 それどころか、少し走ると息切れが。

 あーあ、一体どうすればいいんだ、とトボトボとあてもなく歩いている。

 まあ、山の上の方にホテルは見えていた。

 とにかく、登って行けば、いつか辿り着くだろう。

 霧って冷たいのね、と思う。

 小雨よりも細かい水滴が、私の周囲で渦を巻いている。

 いつの間にか、顔はビショビショ。

 手も足も濡れてしまっている。

 昨日の飲み過ぎが、今頃たたってきたのか、全身の倦怠感に加えて、脱力感が。

 もう、どうでもいい気分。

 足も、何だかバカになってきた。

 その時、遠くから、車のクラクションの音がした。

 幻聴か?

 霧の中から、黒い車が現れて、「乗って」という声がした。

 私は、黒い車に乗った。


 足は相変わらずのバカ。

 頭までバカになったみたいだ。

「道に迷ったのですか?」という声が聞こえてきた。

 え!

 と思って、隣を見ると、色の白い、髪の長い女の人が座っていた。

 こういう時の常として、ソッと女の人の足下を見たが、キチンと足はあった。

「はい」という自分の声が、どこか遠くから聞こえてくる気がする。

「どちらへ?」

「はい、ええと、ホテルまで」と言ってから、ホテルの名前を知らないことに気がついた。

「この辺りでホテルというと、『まるとくホテル』ですか?」

「そうです!」と思わず言った。

 ホテルの名前を聞いていなかったけれど、あのオーナーのホテルなら、絶対に、『まるとくホテル』だ!

「私も同じホテルに行くところなのです。

 偶然ですね」

「はあ、偶然ですね」と私の頭は、正常に作動していない模様。

「歩いて行くおつもりでした?」

「は、はあ」

 化け物みたいな連中と一緒だったもんで。

「歩くには、遠すぎます」

「そ、そうなんですか?」

「ええ、遠すぎるのです」

 このアクセントは、東京アクセント。

 地元の人じゃないな、と初めて気がついた。

 当然、大阪人ではない。

「ずっと昔、歩いて行こうとして、道に迷ったことがありました」

「はあ、そうなんですか」

 悪いと思ったけれど、失礼にならない程度に、ジロジロと相手の顔を見た。

『ずっと昔』って、一体、いつのことだろう、と思いながら。

 歳の頃なら、どう見ても、二十代前半。

 二十代の『ずっと昔』って、子供の頃?

 または、五十になっても、二十代に見えたりする化け物系?

「霧が出ると、もう方角なんかわからなくなります」

「そうですよね、本当に、そうですよね」

 この時、蛍光灯気味に、私一人を置き去りにした連中に対して、ムカムカッと腹が立った。

 爺さんと私を、見知らぬ駅に置き去りにしたのは、息子が弁当持参で待っていたから、まあ、いいとして。

 こんな山道、しかも霧で視界のきかない道で、置き去りにするなんて、あいつら、人間じゃねえ。

「もうじき、着きます」と言われて、鬼のように怒っていたのが内心、少し恥ずかしくなった。

「本当に、助かりました」

「同じ目的地じゃないですか」

「けど、あのままやったら、どうなっていたか・・・」

 フフフ、と笑われて、まさか、今までの考えすべて読まれていたんでは、という不安がわいた。

 隆さんにも、息子にも、私は考えが浅すぎて、思考がザアザアと流れ落ちている、と言われ続けている後遺症だろう。

「大阪の方なんですね」

「はあ。

 そうですけど」

「私、行ったことがないので、一度行ってみたいと思っていたのです」

「是非、来てください。

 お礼と言うたら何ですけど、家は広いから、是非、泊まってください」

「ありがとうございます。

 さ、着きましたよ」

 私を降ろすと、車は、駐車場と書かれた方向に姿を消した。

 あの女の人が戻って来るのでは、と思って待っていたけれど、十分待っても、二十分待っても戻っては来なかった。

 まだ、霧は薄く垂れ込めている。

 ホテルの前だというのはわかるけど、一体、どこから入ればいいんだ?

 その辺りをウロウロして、入口を探したが、見つからない。

 ホテルまで、ようやく辿り着いたというのに、中に入れない。

『隆さん、春樹、範子さん、爺ちゃん』と思ってみたが、テレパシーなんか使えない身の哀れさよ。

 その時、小さな矢印が見え、『御用の方は、インタフォンを押してください』と書かれているのに、気がついた。

 ホテルにインタフォン?

 まあ、あのオーナーの作ったホテルなら、そういうこともあるかも。

 しかし、天の助けだ。

 インタフォンらしきものを押してみた。

 ブオー、という象の鳴き声のような、予想に反する音がして、「はい」という無愛想な男の人の声が聞こえてきた。

「あのう、このホテルに来た者なんですが、どこから入っていいのかわからなくて」

「お車ですか?」

 まあ、ここまで、お車では来たけど。

「いえ、徒歩です」と答えた。

「ドアを開けますので、少々お待ちください」

 再び、ブオーという音。

 ギギガガガ、という音がして、壁のように見えていた部分が、ゴゴゴゴという音と共に開いた。

 冗談でしょ。

 何で、こんな秘密基地みたいな作りにするわけ?

 と思ったが、ま、あのオーナーのホテルなら、ありかも、と考え直した。

 壁のように見えていた部分は、私が入ると、再び、ゴゴゴゴという音と共に閉じた。

 どう見ても、壁にしか見えない。

 ここは、ホテルなんかじゃないんでは、と私は思った。

 私が入ったところは、四角い何も無い場所で、四方は壁ばかり。

 何となく、大変なところに閉じ込められてしまった気分だ。

 ピー、という音が聞こえると、「エレベーターが作動します」という機械的な音声が聞こえてきた。

 ギャア!

 突然、壁に閉じ込められた空間が動き始めた。

 私は、四角い部屋もろとも、上の方に移動している模様。

 こ、これが、エレベーター・・・なのね。

 またも、ゴゴゴゴと壁の一つが開き、私は飛び出した。


「いらっしゃいませ」という声が、聞こえて来た。

 飛び出した場所の前方には、外の世界に通じている、きちんとした玄関があった。

 声の方角を見ると、黒のスーツに蝶ネクタイ姿の、いかにもホテルマンという人物が、ニコニコと微笑んでいる。

 きちんとしたフロントだ。

「お泊まりでございますか?」と言われて、私は、ガクガクと首を縦に振った。

「佐藤さまでいらっしゃいますか?」

「いいえ、違います」と言いかけて、隆さん一家の名前が『佐藤さま』だったということを思い出した。

「は、はい」

「お部屋は、二階の303号室になっております」とホテルのキーを渡された。

「エレベーターで、一階下に降りていただき・・・」と言われ、また、あの壁エレベーターに、と身構えたら、フロント前には、きちんとしたエレベーターがあった。

 フラフラッとエレベーターに乗りかけて、「田鋤原さんは、いらっしゃいますか?」と口が、勝手にしゃべっていた。

「田鋤原は、私ですが」とフロント係。

 ここで、疲労と理性と仕事と休暇が、格闘しあった。

 まず、理性と仕事が出てきたが、休暇と疲労の方が勝った。

「また、後で、お話に伺います」と言ったまま、エレベーターに乗って、一階下に降りた。

 303号室は、エレベーターのすぐ前だった。

 鍵を開けて、中に入ると、暗いままだ。

 ムッとするような熱気が。

 でも、まあいい、もう疲れたから寝る、とベッドカバーも外さずに、私は、ベッドに倒れこんで、寝てしまった。


 ジリリリリーン、ジリリリーン、という音が聞こえていた。

 うーん、うるさい。

 一体、何?

 しばらくして、枕元の電話が鳴っているのに、気がついた。

 あれー?

 何で、こんなところに寝ているんだろう。

「はい」と寝惚けながら、電話に出た。

「春子か」と隆さんの声だ。

 声が遠いので、また、念でかけているのかもしれない。

「今、どこにいる?」

「ええ?

 まるとくホテル」と自分の居るところを思い出す。

「何号室だ」

「303」だと思う。

「どうやって行った」

「車で」

「タクシーか」

「ううん。

 普通の黒い車」

「そこが、どの辺りか、わかるか?」

「何言うてんの、隆さん。

 ちゃんと『佐藤さま』って言われたって」

「車で、どれぐらいかかったか、わかるか?」

「うーん、覚えてない」

「バカ」

「バカはないでしょ。

 何言うてんの」と言っている途中で、ツーツーツーと、電話は切れた。

 バカはどっちやの。

 ホテルには、ちゃんと電話があるんやから、念なんかでかけずに、普通に電話したらいいのに。

 けどまあ、少し休んだお蔭で、体力回復。

 おなかもすいてきた。

 フロントに電話して、他の『佐藤さま』の部屋を聞いてみよう。

 ほんまに、金持ちのくせに、タダで泊まれるとなると、一人一部屋という贅沢もするんやからセコイわ。

 一体、誰のお蔭?

 年末年始の旅行みたいに、霧の中で野宿なんていうことになってたんやから、私がいなかったら。

 しっかし、暗い部屋やなあ。

 その上、暑い。

 そっか、キーを電源かなんかに差し込まないと、エアコンも電気もつかないって、聞いたことがある。

 フッフッフ、と私は笑った。

 それを知らないために、沖縄で三日間、エアコンも電気もなしで、過ごした人の話を思い出したからだ。

 常備灯みたいな、微かな明かりを頼りに、部屋の入口付近を探索。

 あった。

 多分、これが、電源だ。

 キーを差し込むと、常備灯が消え、パアッと辺りが明るくなった。

 すぐ近くに、エアコンのスイッチもある。

 スイッチを入れると、微かに部屋の温度が下がっていく。

 しかし、ブオオオーンという、うるさい音がするけれど。

 私は、自分の持っていたバッグを握り締めた。

部屋が明るくなってみれば、何とも汚い部屋だ。

 ウワッ!

 こんなベッドに寝ていたのか、というほど、色褪せたベッドカバー。

 叩くと、案の定、埃が舞った。

 う、ゴホッ、ゴホッ。

 部屋の壁には、ところどころ亀裂が入っていて、壁紙も色褪せて安っぽい上に、あちこちが破れている。

 まあ、あのオーナーのホテルなら、仕方がないかも。

 備えつけのテーブルにも、うっすらと埃が・・・

 まあ、あのオーナーのスーパーも、そうだった。

 テーブルの上には、色褪せたホテルの案内が。

『伊勢で最高のホテル』

『豪華ジェット風呂、二十四時間入り放題』

『最高級レストラン 午前七時から午後八時』

 フッと、カバンにつけている時計を見ると、わあ、七時半だった。

 超過酷な一日で、とってもおなかがすいている。

 メニューを見て驚いた。

『豪華ブレックファースト 食べ放題五百円』

『豪華ランチ 五百円』

 は、まあいいとして。

『超豪華ディナー ワイン飲み放題七百円』

 これを逃す手はない。

 しかも、その七百円もタダ。

 ディナー七百円で、何が、一泊二万円のホテルよ、と思う。

 そうか。

 けど、一泊二万円だから、こんな大番振る舞いができるのかもね。

 キーを抜いて、303号室にシッカリ鍵をかけ、一階上のフロントに向かった。

「まだ、ディナーいけます?」

「はい、どうぞ」と着いた時とは、違う男の人が言った。

「あのう、田鋤原さんは?」

「ああ、食事休憩です」

 これは、うまくすれば、取り立てと超豪華ワイン飲み放題のディナーが、一緒に片づくかも、と私は、内心嬉しかった。

 どんな超豪華レストランが完備されているのか、と思ったら、フロントの横にガラガラという引き戸があり、中は、昔よくあったような、こじんまりした食堂だった。

 男の人が一人、女の人が一人いるだけだ。

 その食堂の隅の方で、来た時に見た田鋤原さんが、ヒッソリと食事をしていた。

「あの、(超豪華)ディナーを」と私は、恐る恐る言った。

「何号室ですか?」と女の人が聞いた。

「303です」

「どうぞ、ここに」と言われて、座ったところは、田鋤原さんと丁度店の反対方向のテーブルだった。

「あのう、あっちに座っても、かまいませんか?」と私は、田鋤原さんのいるテーブルの向かい側に座った。

 誰も何の文句も言わないのだから、多分かまわないのだろう。

 他に客の姿も見えないし。

 田鋤原さんは、ほとんど食べ終わったところのようだし、イヤな仕事を片づけるのには、ちょうどいいかもしれない。

「着いた時に言うたと思うんですけど、私、実は」

「わかってますよ」と田鋤原さんが言った。

「得丸の使いで来たんでしょう」

「はい、そうです」と言うしかない。

 どうひいき目に見ても、オーナーの言う、諸経費を差し引いて、月に最低二百万も儲かるホテルには見えない。

 時期外れもあるのだろうけど、私達以外に客の姿はないようだし。

「得丸は、元気にしていますか」

「はあ、まあ、とてもお元気です」

 自分の雇い主を、『得丸』と呼び捨てとは、これいかに。

 田鋤原さんは、どう見ても、四十代にしか見えないし。

 と思っている私の目の前に、超豪華ディナーが来た。

 ごはんに鯖の煮つけ、味噌汁に漬物、どこが、超豪華?

 それと一升瓶が来た。

 二級酒だ。

 ぶどうのワインじゃなくて、サケワインか、燗もなし?



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