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コンビニエンスホテル  作者: まきの・えり
3/10

コンビニエンスホテル3

「お母さん、お母さん」と息子の呼ぶ声で、目を覚ました。

完熟睡眠だ。

 わあ、服のまま寝ている。

顔も洗っていない。

 時計を見れば、まだ六時。

「もうちょっと寝かせて」

「出発は、七時やねんから、もう起きて用意せんと間に合わへん」

 ひ、七時?

 一体、誰が決めた、そんなこと。

「皆で決めた」

 皆って・・・

私は、皆の一人やないの?

「そんなこと言うたかて、お母さん、早くに寝てしまったやないか」

 勝手に、人の考えを読んで、非難しないでちょうだい。

 う、頭が痛い上に、気持ちが悪い。

そう言えば、ほとんど食べずに、グビグビ飲んだっけ。

「あんまりガブ飲みしたら、アカンで」とどっちが、親かわからない。

「それから・・・」と息子は、少し言い淀んだ。

「お母さん、オレに内緒で、結婚したりせえへんよな」

「はあ?」

「いや、お母さんとオーナーが、夫婦同然やていう噂があるて、範子さんが」

「はあ?」

 少し蛍光灯気味に、言われたことが、脳に届いてきた。

「ええ!何をアホなことを。

私は、ただの従業員。

それに、オーナーて、八十過ぎのお爺さんやねんよ。

爺ちゃんより、もしかすると年上」

「そんなん、恋愛に歳なんか関係ないやん」

「れ、恋愛!

そんなもんしてないわ!」

「そうか。

それやったら、いいんやけど」

 興奮したら、ますます、頭が痛くなってきた。

 ガーン、ガーン。

気分も悪い。

「そやけど、お母さん、何で、あんな暑い中で、一緒に野菜を売ったり、全然休みも取らんと、オーナーのために働いてるんや?

今度の旅行かて、オーナーの命令やろ?」

 うーん。

それは、私も知りたい。

なぜか、言いなりになっているような気がしないでもない。

まさか、何かの術で操られている?

 オーナーというのは、隆さんでも近寄れない霊域で、平気で商売していた人間。

霊までも、クーラー代わりに使っていた極悪人だ。

「隆さんとオレが心配してるのも、それや」

 あ、そう。

心配してくれてたわけね。

「オレは用意できてるけど、お母さん、そのままで行っていいんか?」

 ゲッ。

時計を見ると、六時半。

 あー。

お風呂にも入っていなかった。

 バシャバシャと顔を洗って、インスタント化粧。

 服は着替えたけど、寝た時の恰好と、余り変化はない。

 そこらへんのカバンに、下着と着替えを詰め込み、冷蔵庫にあった残り物を、お茶で流し込む。 

ゲエ、気持ち悪い。

吐きそう。

 トイレをすませて、ホッと一息つこうとすると、ピンポンピンポンパーン、とインタフォンの間抜けな音がした。

一息ぐらい、つかせてちょうだい。

 カバンを持って外に出ると、キッチリと旅行の準備を整えた一行がいた。

 範子さんは、新婚旅行のような白いサマースーツ姿で、海外旅行に行くようなカバンを引いている。

うーん。

この旅の過酷さを、全然理解していない様子。

 爺さんは、いつもの恰好。

完全な手ぶら。

 隆さんは、と見れば、これも、普段と同じ恰好。

しかも、爺さんと同じ手ぶら。

 ああ、そう言えば、と雪の舞う前回の旅行でも、爺さんは、今と同じ半袖と夏物のズボン。

隆さんも、コートもマフラーも手袋もなかったことを思い出した。

こういう親子なわけね。

 ま、普段と同じ恰好で、カバンを持っただけの私といい勝負。

 息子は、大きめのリュックを背負い、手にも何やらカバンを持っている。

 これでは、旅行に行く二人を見送りに来た三人の人々に見えるのでは?


 で、ともかく、大阪から加茂までは、何とか大和路快速で爽快に進み、そこからは、また、以前同様の鈍行の旅が待っていた。

 ガタコーン、ガタコーン、と鈍行に揺られている。

 亀山までは、二両だった車両が、ついに一両に。

「おしっこ」と爺さんが言った。

 一両の車両には、トイレなんかついていない。

「おしっこ」

 もう、ほんまに。

どないしたらいいんや。

「春子、お父さんと一緒に降りろ」と隆さん。

 ええ!

降りるんなら、全員一緒なんでは?

 と思ったが、爺さんをせかして、列車を降りた私を尻目に、全員、冷たくそのまま電車で行ってしまった。

 私もついでにトイレをすませて、プラットホームに戻り、列車の時刻表を見て、愕然とした。

「爺ちゃん、次の電車まで、一時間」

「春子ちゃん、散歩に行こう」と爺さんは、屈託がない。

 が、私は、切符を持っていない。

全部、隆さんか息子が持って行ってしまった。

 爺さんは、なぜか、ズボンのポケットをガサガサやっている。

「はい」と言われて見ると、いつのものかわからないドラ焼きが半分出て来た。

「爺ちゃん、ポケットにしまっとき」と仕方無く言う。

 しかし、爺さんは止まらない。

 つぶれたマッチに、しわくちゃのハンカチ、お線香と小さな線香立てが出て来た。

 鏡が出て来ると、爺さんは、ジッと自分の顔を見て、顔をくしゃくしゃにして笑った。

 まあ、いいか、と私は、思った。

 いい時間つぶしになる。

 しかし、隆さんといい、息子といい、冷たい人間だ。

範子さんまで、その仲間。

 ああ、もう、誰も信じられない、と思った時、「春子ちゃん、これ」と爺さんは、古びた手帳を取り出した。

 几帳面に手帳をめくると、古びた写真が現れた。

「華さん」と爺さんは言った。

 以前、『華さん』の生まれ替わりだという少女が現れたが、彼女にソックリの女性が写っている。

華さんは、爺さんの憧れの女性らしい。

「へえ、綺麗な人やねえ」と私は言った。

 その写真を、また丁寧に手帳にしまうと、最後に、切符が二枚現れた。

「え!どないしたん、これ。

青春十八切符やないの」と私は、思わず叫んだ。

「春子ちゃんの分」と言って、二枚とも、私に渡した。

 その二枚とも、九月六日という駅のスタンプが、押してある。

 私は、茫然として、切符を眺めていた。

 爺さんは、また、元の通りに、ポケットから出したものを、順番にしまっている。

「爺ちゃん、これがあったら、外に散歩に行ける」

「春子ちゃんと散歩」と爺さんは、嬉しそうに言った。

 しかし、時計を見ると、次の電車まで、あと三十分もない。

「爺ちゃん、駅の周りだけやよ」

 しかし、一体、いつの間に、二枚の切符を爺さんに渡したのだろう。

 駅の改札では、息子が五枚分の切符を出していたことを思い出す。

「ねえ、爺ちゃん、この切符、誰が渡してくれたん?」

 無駄かと思いながら、爺さんにたずねてみる。

「春行」という返事。

「いつ?」

「電車から降りる時やがな、春子ちゃん」

 ああ、もういい、と私は、思った。

どうせ、また、新しい技でも、磨いたのだろう。

 理由はどうであれ、切符が手元にあるというのは心強いものだ。

 爺さんと二人で、聞いたことのない駅を出た。

 駅員がいない。

切符を見せようにも、見せる人がいない・・・

 それなら、何も心配する必要はなかったのかも。

 そう思って、辺りをブラブラ歩いていると。

 嘘!

『まるとく屋』と書かれたスーパーらしき店があった。

 何となく、懐かしい感じがするのは、焼けた古い店にソックリだったからだ。

「爺ちゃん、ちょっと中に入ってみよう」と言って、中に入った。

 ウワッ。

黄色と赤の柄の派手なエプロンをしているおばさんが一人、レジに立っている。

 まさか、ここも、あのオーナーの店?

 狭い店内には、これでもかこれでもかというように、ところ狭しと商品が陳列してある。

「あのう」と私は、おばさんに声をかけた。

「ここ、大阪の『まるとく屋』のチェーン店か何かですか?」

「はあ?」と露骨に不審な顔をされてしまった。

「いえ、あのその、私、大阪の『まるとく屋』で働いているもんで」としどろもどろの説明だ。

「そうね。

大阪ね」と言ったきり、会話は途絶える。

 ああ、変なことを言わなければよかった。

 ふと見ると、爺さんは、レジの前に、商品の山を作っている最中だった。

 各種新聞雑誌類に加えて、弁当を五個ばかり積み上げ、ファミリーサイズのペットボトルを次々と運んでいる。

「爺ちゃん、ちょっとやめて」と言っても、やめる爺さんではない。

「すみません、すみません」と言いながら、セッセと商品を元の場所に戻し、まだお菓子や雑貨類を運び続けている爺さんを、ガシッとつかまえた。

「いい加減にしなさい!」

 仕方無く、お菓子をいくつか買って、店を後にした。

ああ、疲れた。

 爺さんは、買ったお菓子を、むりやりポケットに突っ込もうとしている。

「爺ちゃん、それ、私が持つから」とスーパーの袋ごと、奪い取った。

 はあ、と思って、ようやく来た電車に乗ろうとすると、

「おしっこ」・・・

 そのお蔭で、隆さん一行から、二時間も遅れて、名も知らぬ駅を出発することになる。

 きっと、今頃は、どこか景色のいい場所で、範子さんのお手製のおいしいお弁当を食べているに違いない。

 と思っていると、次の駅で、息子が待っていた。

「お祖父ちゃん」

「春行」

 とこの日二度目の感動の対面だ。

 電車から降りようとする爺さんを、私は、ガシッと両腕で抱きかかえて止めた。

「隆さんと範子さんは、先に行った」と息子。

「けど、二時間も、何してたん?」

「聞かんとって」と私は、言った。

「弁当を持って行ってやれ、と隆さんに言われて、待ってたんや」

 その時、爺さんの行動の一部が理解できた。

 朝が早かったし、おなかがすいていた?

 ガタコーン、ガタコーン、と電車に揺られながら、範子さんお手製の弁当を、三人で、黙々と食べた。

 爺さんと私のは、まぜ寿司だが、『春樹さん』という刺繍入りのナフキンに包まれた息子の弁当には、まぜ寿司の横に、豪華エビフライとサラダが。

 差別だ。

「欲しかったら、あげる」と息子が言った。

「い、いらんわ」と答えたけれど、そんなセコイ考えまで、読まないでちょうだい。

 爺さんは、息子にエビフライをもらって、嬉しそうに食べている。

 この素直さが、私にも欲しい。

「あげる言うてるやんか」と息子。

「いらんわ、折角、範子さんが、あんたのために作ったもんやのに」

「あ、そう」と息子は、残りを全部食べてしまった。

 何となく、スッキリしない気分のまま、電車に揺られている。

 電車は、ほぼ貸し切り状態。

他には、誰も客がいない。

 爺ちゃん、頼むから、もう「おしっこ」て、言わんといてね、という気分だ。

 おしっこ一回につき、一時間待ち。

『おしっこ』という声が聞こえて、ギョッとするが、爺さんの声ではない。

「春樹!」

 息子が、手に持っていたカバンから、日本人形が顔を出した。

「そやかて、この子が」

「もういい。

もうわかった」

『人形は飛ばない』

はい、はい。

 人形は、思ったよりもおとなしく、息子のカバンの中におさまっている。

 何とか無事に、多気という駅に到着。

 電車を乗り換え、何とか目的地の駅まで辿り着く。

ま、次の駅だけど。

 電車の運転手さんが切符を見る。

ここも無人の駅のようだ。

「隆さんが、ホテルは、駅から遠いて言うてたけど、タクシーに乗る?」と息子。

 しかし、駅に人もいないし、タクシーなんか、どこにも通っていない。

「地図はあるんやけど」と息子の出してきた紙切れを見ると、薄ぼんやりとした地図らしきものだ。

「ああ、隆さんが念写した」とこともなげな返事。

 どうしようと思っていると、爺さんが、その辺りの店に入って行った。

 爺さんが入るまで、店だとは思えなかったほど、暗くて小さなお店。

「爺ちゃん、爺ちゃん」と呼び出そうとすると、店の奥から、何やら楽しそうな笑い声が聞こえてくる。




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