【一章】ケミカルな夢 ⑤
窓から薄く漏れた日曜日朝の陽光が僕のほっぺたに当たった。
みんな集まって朝食でも食べているのか、元気いっぱいのスズメの鳴き声も聞こえてくる。
まだ眠気が覚めてない体を起こして窓の外に目を向けたら、通りすがりの猫が窓越しでこっちを見ていた。
「にゃあああ—」
猫の可愛い挨拶を頂けたので、僕はお礼として軽く微笑んでみせた。
猫は悠々(ゆうゆう)と退場、猫の退場と同時に一階のキッチンで包丁とまな板のハーモニーが響き始めた。香ばしい匂いが部屋まで漂う。
今日の朝ご飯は期待できるかも。と思いながら—
「ああ、まるで理想的な、完璧な朝だ」
そう呟く僕のベッドには、女の子のパンツが置いていた。
完璧な朝になるはず、だったのに…
「あいつ………」
ハッキリ言おう。僕は現在、あやなっちこと、朝比奈彩菜と同居中だ。親は海外出張だから今家には彼女と僕の二人だけ。だとしたら、男として最初に取るべき行動は何だ。
そう!部屋の割り振りだ!
自分の部屋が2階の一番奥だったので、朝比奈は階段の横にある部屋を使うようにした。
位置上、彼女がわざわざ僕の部屋まで足を運ぶ理由は一切ない。
だとしたら一体このパンツはどうやって僕のベッドの上まで辿り着いたのか。
「………うううん—」
その時、昨日朝比奈が言った台詞が脳裏をよぎった。
『君は私を本気で好きになってもらわないと』
くっ、これか。何だ?あいつは僕をパンツ一枚で落とす気だったのか?マジで嘗められたもんだな。
いくら何でもこれは腹が立つ。もう我慢できない。一言言ってやろう。
そう決した僕は、まだ温もりが残っているパンツを頭に被って、一階のキッチンに降りた。
香ばしい匂いがだんだん濃くなった。やっぱりキッチンで料理をしている人は朝比奈だった。
いつもと違うエプロン姿で、いつもと同じポニーテール。
動くたんびに見える絶対領域が、僕の心を揺るがす。
やっぱりエプロンとポニーテールの破壊力はもはや異常なんじゃないかなっと、完全に見とれてしまった(パンツを被った状態の)男の姿が、ここに在った。
「あら、もう起きたの?今ちょうどカレーができたばかりなの。少し待ってね—直ぐ………」
人の気配を感じてこっちを振り向いた彼女と僕の間に、数秒間の静寂が。
さて、どんな反応が返ってくるのか。
緊張が走る。
「……直ぐ出すから」
まさかの無視。
「無理—。無理ムリムリ—。無理—」
思わず突っ込んでしまった。
だが、これ全然ボケとかじゃなくて、パンツを見た瞬間ちょっと被ってみたい気持ちになっただけとは口が裂けても言えない。
「ふう—」
朝比奈は深いため息をついた。
ここはやるしかない。
「あやなっち、さっき起きたらベッドの上にこれが落ちていたけど、もしかしてあやなっちが落とした?」
僕は先まで顔と一丸となっていたパンツを手に取って質問した。
「ふう—そうね。確かに私のパンツよ」
「ん、そうだとは思った。で、何でお前のパンツを僕のベッドに置いたの?」
「ご褒美だったの。言っても色々迷惑かけたし、畜君は女の子の下着大好きだからね。」
「おい、まてまてまて何勝手に断定するの?」
でも、あながち間違ってないのが悔しい。
そんな当惑する僕に彼女は衝撃的な事実を告げた。
「最初ね、朝君の部屋に忍び込んだ時、見たからね。畜君のコレクションを。さすがにパンツを頭に被るくらいの変体だったとは予想できなかったけど—」
「えっ」
朝比奈が送る軽蔑の眼差しと、コレクションがばれたという事実のダブルパンチに、
顔が一瞬に赤くなった。
見られてたのか?はっず…人生終わった。死にたい。
パンツを被った顔を見せたのはちっとも恥ずかしくなかったが、コレクションがばれたのは致命傷だった。
「嘘だけどね」
「え、お前今何つった?」
「嘘よ、コレクション何って知らない」
「は?」
「ふうん—。適当に言ってみたけど、その反応は如何やら本当に持っていたようね。コレクションってやつ」
おいおいマジかよ。くっそ、やられた。わざわざこんなトラップまで用意しておいたとは。
背筋に冷や汗が流れる。
ここは豊田家随一である豊田芥の臨機応変力で…!
「いや、しかし今朝はいい天気だったね」
「まだ朝なのに過去形になっているよ」
無残に敗北した。
「一応朝ご飯食べよう。せっかく作ったから」
「あ、ん…」
急激に気まずい雰囲気になった。何という失態。
朝比奈は感情のない声で、カレーが盛られた器をテーブルに運んだ。
「いただきます」
「いただきます」
彼女との距離が一気に遠くなった気がするんだが…
ちっ、今の状況で、取り戻せる方法は一つしかないか。
思いながら、僕は既にセッティングしてあったスプーンでカレーを一口食べた。
「うっ!」
女子は多分手作り料理を褒めたら喜ぶと思って、無理してでも褒めようと構えていたが、
そうする必要もなかった。無茶苦茶美味しい。
こ…この味は!はあああああっ!味のバイオレンスが舌を…
スプーンを持っている手がだんだん忙しくなった。
「うむうむ…うまっ!」
具材とルーの絶妙なバランスが、素晴らしい。素晴らしい。カレーに夢中になってしまう。
「あやなっち料理上手ね!本当に一人でつくったの?店並みの味じゃん!」
「………」
あれ?反応が返ってこない。
おかしいと思って、彼女の方を見ると。
彼女は、この美味しさにも拘わらずカレーに手を出さないままだった。
ただ無言でこっちを見詰めている。
あ、確実に怒ってる。テンションは低いが、むしろこの方が怖い。
何とかしなきゃ。
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