説明
「……詳しい説明は私には無理だ。お前は何も期待せず黙って一緒に来れば良い」
いや、途中で投げ出すなよっ!? 俺は突然の問い掛けに面食らうが、自他共に認める口下手な鳥阿先生は説明を放棄する。そういえばボスは何をしているんだと思ったら、心配そうに鳴きながら飼い主に寄り添っていた。っと、俺は何をやってんだ。どうせ後から教えてくれる事なら教えて貰えるんだし、先ずはあの子の無事の確認だよな。
「大丈夫、桃ちゃんは多分無事だよ。それと非日常的な事件に巻き込まれたんだ。メンタル異常な主人公じゃあるまいし、気にしなくて良いさ」
少しだけ自分が恥ずかしくなっていた俺だが、雫の言葉で救われると同時に花ちゃんの無事にホッと胸を撫で下ろした。申酉 桃、それがボスの飼い主の女子中学生の名前だ。少しボーイッシュっつーか活発な印象な子で、俺と雫にとっては年下の友人だ。
そんな子が訳の分からない事件に巻き込まれたかと思うだけで腹が立つ。そして幾つか理解した。番犬だのなんだのかは分からねぇ事ばかりだが、あの通り魔みてぇな奴が他にも居て、雫はそんなのと戦っているって事だ。鳥阿先生の問い掛けもそれで大体の意味は分かったぜ。俺の手に現れた赤い棒。あれはそんな連中と戦う為の力だってよ。
なら、俺の答えは決まりきっている。考えるまでも……。
「これだけは言っておこう。今のお前は事件に巻き込まれた事による気の高ぶりで平静な状態ではない。その場のノリで戦っても役には立たん。少しは考えてから口を開けよ?」
……どうも付き合いがそれなりなだけあって心の中を見抜かれちまってるな。それと同時に心配されている。落ち着いて本当に戦いの世界に足を踏み入れるべきかを考えろってか。
少しだけ冷静になった俺は自分の手の平に視線を向けた。気が付かない内に汗ばんでいて、あの戦いで緊張したのだろう。だから、時間が経てばきっと思い出す。死に掛けた事への恐怖を。俺は俺の愛する恋人が生半可な気持ちで戦いの世界に足を踏み入れたとは絶対に思わない。
(取り敢えず話を聞いて、それからじっくり考えるべきか)
雫が戦っているんなら俺だって側で支えてやりたい。でも、中途半端な気持ちでは駄目なんだ。それじゃあ雫の邪魔にしかならないだろうからな。
「迎えの車が到着したらしい。行くぞ。その少女も連れて来い。一応精密検査を行おう」」
携帯の着信を確認した鳥阿先生はそう告げるなり踵を返して歩き出し、俺は短時間で歩けるまでに回復したから歩き、雫は桃ちゃんを背負っていた。所で俺が歩ける迄に回復した事に驚いて無いし、まさか予想していたのか? でも、だったらお姫様抱っこの理由は何だ? 取り敢えず訊けば良いだけか。
「君をお姫様抱っこしたかったのさ! ……駄目だったかい?」
「いや、全く。まあ、今度は俺にさせてくれよ」
「今度と言わず、明日にでも。ほら、迎えの車だ」
公園の入口に停車しているのはまさかの黒塗りの高級車リムジン。運転しているのは黒いスーツで如何にもSPって格好の……あっ。
「杉林さんっ!?」
「……久し振りだな」
そう、まさか運転手はネトゲのオフ会で出会った顔見知りで……ヴォルテクトの家の警備員だった。
「さて、説明を始めようか。迅、君が理解している所だけを話してくれるかい?」
高級車の内部は豪華で、俺は久々に座る座席の座り心地の良さに戸惑いながらも運転席に目を向ける。いや、雫や鳥阿先生、杉林さんまで関わっているとか、下手したらヴォルテクトや紫苑さんまで関係者じゃないだろうな。下手したら雫の両親も俺の両親も……いや、流石に有り得ないか。
それよりも俺が理解している範囲? そう言われても殆どが流れからの推察だけど……。
「番犬? ってのが通り魔みてぇな奴と戦うエージェント的なポジションで……あっ! 通り魔が俺が出した棒をオーグだとか言ってたな。特殊な力で出した武器の総称か?」
まあ、現実と漫画やラノベをごっちゃにするのはどうかと思うが、そういった物に触れているからか何となく理解が出来た。まあ、あんな力が存在する時点で非現実的だがな。……思い返せば通り魔の鞭って切り落とされた部分が液体になっていたよな。じゃあ、武器を出すだけじゃないのか? あの異常な身体能力だとか、俺の傷があり得ない速度で癒えている事とか、その裏付けになる事は沢山有るからな。
「まあ、大体そんな感じだね。その察しの良さも素敵だよ、迅。うん、確かに君が出した武器は王の道具と書いて王具と読む。因みに私の刀はは臣下の道具と書いて臣具。銘は雷切丸さ」
雫がウインクの後に出したのは俺を助けてくれた時の刀。鞘から少し抜いて見せてくれた刀身は綺麗なんだが、何故か俺と雫の相合い傘が腹に刻まれていた。それは別に構わないんだが、雷切丸……うん? 何処かで聞いた事が有るな。確か杉林さんが熱く語っていたっけな。
「……豊後の大名の大友氏二仕えた立花道雪が所持していた刀だ。元の名は柄の鳥の飾りから千鳥。雷を切ったとされ、資料館に展示された雷切丸の峰には実際に変色した部分が存在する」
運転席から杉林さんが解説をしてくれる。ゲーム内ではネカマで好きな話題だと饒舌になる人だが、仕事中は相変わらずの無愛想さだ。まあ、運転を忘れて語られても困るけど。
「そうそう、それを一気にまくし立てていたよな。……ん? 資料館に展示?」
流石は伝承マニアの杉林さん。ゲームのシナリオと神話の相違点に憤慨していたっけ。それはそうとして、資料館に展示されてるってんなら雫が持っているのは別物だよな。
「それ、名前が同じなだけか?」
「まあ、そうだと言えるね。王具と臣具は伝承が形となった存在で、希に人の中に宿っているんだ。……そして此処からが重要でさ。他の王具や臣具を破壊する事で力が貯まり、限界まで貯めた者はこう呼ばれるんだ。剣の王……剣王ってね」
「剣王? それで、通り魔が人を襲っていたのと関係有るのか? 犠牲者全員が宿していたとか?」
「それについては重要な事だし、番剣についてと一緒に語ろうか。その前に桃ちゃんと君の手当をしてからね」
「……だな」
それもそうだ。重要な話なら本腰入れて聞きたいからな。俺が納得した時、見知った家の前に車が停まる。……いや、この家は本当に詳しく知っている家だ。なんせ雫の家だからな。
「じゃあ、父さんと母さんが待っているから入ろうか」
おいおい、まさかのまさかで雫の親父さんもお袋さんも知っているって事かよ。ま、まあ、親の目を欺き続けるのは無理があるな。俺は知らなかったけど。いや、落ち込むな。雫が俺に話さなかったのは納得出来る理由が有るからだ!
でも、少しだけ疎外感を感じて寂しかったのは本音だ。どうやら戦いの興奮が冷めた事で色々心に影響が出たみたいだな。こりゃ鳥阿先生が心配する筈だよ……。
「あっ、そうだ。迅、朝の約束」
「おっと、そうだったな」
雫が俺の方を振り向いて唇を指差す。朝を約束、つまりただいまのキスをしろって事だ。俺は雫の頭と腰に手を回して唇を重ね合わせた。出来ればこのまま暫く続けたかったが杉林さんが五月蝿くクラクションを鳴らして催促しているし、お休みのキスまで我慢するか……。
疎外感? まあ、感じてるけれど、雫が愛しいって気持ちが疎外感程度でどうにかなる筈が無いって。
「桃ちゃんは後で記憶操作が出来る番剣に頼んで散歩中に家に寄ったらうたた寝でもしていたと思わせるよ。親に怒られそうだけれどね」
「まさか通り魔に襲われたと正直には言えんからな。言ったとして警察の出番は先だ」
杉林さんは他の仕事が有るから雫の家のリビングには俺と雫と鳥阿先生、そして雫の両親だけが集まっていた。
「それにしても迅君が王具を宿しているだなんて良かったわね、雫」
「話せない事に対して負い目を感じていたし、他の王具持ちとは契約をせずに戦って来たからな」
俺は精々が知っている程度と思っていたんだが、どうやら二人は思いっ切り関係者だったらしい。だって親父さんが皮袋から出した水を掛けたら怪我が治ったからな。お袋さんも何か持ってるんだろうが……。
「あの、一つ教えて欲しいんですが……俺の両親も関係者?」
「ええ、そうよ」
あっさりと告げられる真実。俺の周りの人達はフィクションみたいな世界の住人だったらしい。……どうやら何も知らなかったのは俺だけみたいだ。
応援宜しくお願いします 反応無しは辛い