問い掛け
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「おい!」
この時、通り魔が漸く俺に気が付く。手から落としたのかお巡りさんの警棒が転がっていたので拾い上げ、そのまま通り魔にぶん投げた。使い慣れていない武器なんざ邪魔なだけだ。流石に通信教育で警棒術は習ってないんでな。一瞬気を取られた通り魔は俺に標的を変え、警棒を弾き落とす気なのか鞭を振り上げる。よし! あの距離じゃ俺には当たらないし、ボスの飼い主は固まっているから抱えて逃げる算段だ。俺は体の向きを変え、一直線に目標に向かおうとした。
「がっ!?」
次の瞬間、感じたのは凄い衝撃と激痛。通り魔の鞭が急に数倍に伸びて俺に当たったんだ。咄嗟に盾にした鞄を俺ごと引き裂き、俺は思わず倒れてしまう。起き上がろうとしたんだが体に力が入らない。糞っ! まるで献血に行った後みたいな感じで……。
せめてボスの飼い主だけでも逃がしたいが俺の怪我を見た瞬間に気を失っちまった。ボスが俺と通り魔の間に割り込んで吠えるが向こうに怯んだ様子は無い。ボスと俺を纏めて殺す気なのか鞭で数度地面を叩いて脅してから振り上げる。畜生。顔は見えないが絶対に笑ってやがるだろう。
「……サヨナラ」
聞こえたのは機械で変えたのか奇妙な声。鞭が迫る中、見えたのは走馬灯だ。雫と幼稚園に通って、雫と海に行って、雫とキスをして、全部全部彼奴との事ばかり。とても幸せな思い出だ。だから……。
体の中が燃えるみたいに熱くなった。そうだ、ふざけんなっ!
「こんな所で死んでたまるかよっ!! 俺は雫と幸せな人生を歩むんだっ!!」
鞭が迫る中、気が付けば俺は前進し、何時の間にか手にしていた物を振り抜く。それは長い深紅の棒。手に感じるのは硬質な感触で、これが何かなんて分からないが今この時をどうにか出来る気がする。俺は力任せに棒を振り抜き、鞭を弾き飛ばした。通り魔は大きくバランスを崩すも流石に柄を手放さないが随分と動揺してるな。いや、俺も正直言って混乱している。この棒は一体……ん? 何か金色のオーラみたいなの出てねぇか?
「オ、王具ダト……!?」
オーグ? 何か良く分からねぇが武器には十分か? ……いや、ちょっと不味いな。正直言って立っているので限界で視界もグラグラだ。そして……見抜かれてるな。
「ハハ……ハハハハハ! 幸運ダ。王具ヲ倒セバ夢ニ近付ク。死ネェエエエエエエエ!!」
通り魔の鞭が震え、無数に枝分かれして蠢く。正直言ってキモイな、おい。ミミズが動いてるみたいだぜ。絶体絶命のピンチに俺はそんな馬鹿な事を考え、鞭が振り下ろされると枝分かれしたのが前後左右から迫る。……駄目だ。
「……雫、悪い」
俺の最後の言葉は愛する女への謝罪……になる筈だった。背後から聞こえた足音、真横をすり抜ける疾風。イバラの鞭が閃きと共に切り飛ばされた。地面に落ちた鞭の先は真っ赤な液体になって広がり、俺の前に女神が……いや、刀を持った雫が降り立った。
「おいおい、おいおい、おいおいおいおい! 私の男に何をしてくれているのかなっ!!」
久々に聞く雫の怒声。もう立っているのも辛い俺はその場で尻餅を付き、通り魔は一目散に逃亡を図る。おいおい、なんて速度だよ。逃げ出す通り魔は一流の陸上選手すら遥かに上回る速度で去り、一瞬追おうとした雫だが、納刀するなり俺に手を差し出した。
「……ふむ。何から説明したら良いのか。まあ、先にこれだけは言っておこう。愛しているよ、ダーリン」
「俺もだぜ、ハニー」
その手を取りながら思ったぜ。矢張り雫は女神だろうってな。本当にそれ位に美しく見えたんだ。……怒ってる姿を久々に見たが綺麗だったな。でも、こうやって笑っていてくれる方が何倍も美しいぜ。
あの後、雫と抱き合っていたんだが流石に限界だってんで芝生に座り込んで待つ事にしたんだが、不思議な事に傷がもう塞がり始めていたんだ。結構痛むが出血は止まってるし、一旦は大丈夫そうだな。
「さて、事後処理が必要だね。あの堕剣、随分と派手にやってくれたよ……。ほら、大丈夫だよ、ボス。お前の飼い主は無事だからさ」
散々壊された周囲の状況を目にして困り顔の雫だが、尻尾を垂れて心配そうに飼い主に寄り添うボスの頭を撫でた後で向かったのはお巡りさんの死体だ。背中側がズタズタに引き裂かれ、全身の血を抜かれた死体の前でしゃがんだ雫はそっと手を合わせて目を閉じる。俺も同じく黙祷を捧げた。
「じゃあ君への説明や治療が必要だし、私達の本部に向かおうか。……ほら、無理は禁物だ。取り敢えず手にした王具はしまってくれるかな?」
「どうやって仕舞ったら良いんだ?」
「消えろって念じてご覧」
こ、こうか? 俺は言われるがままに棒に向かって念じたら、本当に消えた。でも、一度出したからか俺の中にさっきの棒が存在するのは分かったぜ。……あー、糞。落ち着いたらズキズキ痛んで来たし、意識を手放しそうだ。にしても、おうぐ? って言っていた時の雫は随分と嬉しそうだったよな。理由は分からねぇが、俺が彼奴に喜んで貰えたなら何よりだ。
「……何も訊いて来ないんだね」
「そりゃ色々と疑問は有るが、話したいなら聞くし、黙っていたいならそれで良いさ。俺はお前の全てを受け入れるって決めたんだ。秘密を含めてな。……ああ、でも言うべき事が有ったな」
そう、絶対に言わなくちゃ駄目な事だ。寧ろ何で言わないんだって話だよ。
「助かったぜ、雫。更に好きになった。心の底から愛しているぜ」
「私もさ。……やれやれ、少しは心配したけれど無駄だったね。君を一瞬でも疑ったんだ。……お詫びに今度背中を流してあげよう。あっ! 襲っても良いから」
「そりゃ魅力的なお誘いだな。理性が持てば良いんだが……」
不安だ何だと口にした雫だが絶対嘘だ。長年の付き合いだから分かるんだが、お詫びをするって口実作りだよ。俺は分かっているし、向こうにだって伝わっている。……そうか、背中を流してくれるのか。
前は俺がちょっと道に迷ってデートに遅刻しちまった時に流させられたんだが、強引に手を取って胸を触らさせられたよな。あれは至福の時だったぜ。ついつい夢中になって揉んじまったからな。
その時の事を思い出し、どうやって理性を持たせるか考えていると誰かが向かって来る。まさか警察無線で呼ばれた応援かと思ったが、あの人は……。
「鳥阿先生……?」
「私が他の誰かに見えるか? しかし、全く派手にやらかした物だ」
どうして鳥阿先生が来たのか分からず、死者への黙祷が終わるのを待っていると雫に不意に持ち上げられた。あれだ、お姫様抱っこでだよ。俺は何度もしたがされるのは初めてだな。まあ、恥ずかしいが雫の顔が間近に有るのは嬉しい。ちょっと胸がドキドキするし、それは雫もだ。俺達は密着した場所から互いの鼓動を感じていた。
目と目が合い、唇が自然と近付く。軽いキスをした後、俺の耳元で雫が囁いた。
「ねぇ、迅。……私の夫になってくれないかな?」
「当然だ。絶対に結婚しよう」
何度目かになるプロポーズ。俺からも雫からも何度となく繰り返し、その度に幸福に包まれるんだ。
「あっ、間違った。いや、間違いでは無いんだけどさ。ねぇ、私のお願いを聞いてくれるかい?」
「当然だ。嫌え、そんな願い以外なら」
「ふふふ、安心したよ。じゃあ、軽めのお礼を……」
俺の頬に柔らかい唇が触れる。互いの唇を合わせるのも好きだが、ほっぺにキスされるのも悪くない。しかし、どんな願いだ? 全く不安は無いが疑問は有る。拒絶する気は全然無い。俺が困る内容をする筈が無いからな。
「……迅。君には私の王になって欲しい」
「別に構わないが……王?」
だから詳細を聞く前に請け負ったが、王ってどんな意味だ? まあ、俺が王なら雫は王妃、対等な仲だし文句は無い。
「……剣谷。未だ成上が此方側に来るとは……来るか」
「私が居るんだし、来ると思うよ?」
「何だか分からんが行くぞ。雫が居るのならな」
迷う筈も無く答えた俺だが、鳥阿先生は分かっていたって感じな上で呆れている。しかし、この状況をどうするんだ? 何か異常な事に巻き込まれているみたいだが、死体とかボスの飼い主の子とか問題が多いと思っている中、先生はスケッチブックを取り出すと何故か筆で風景を描き出したんだが速い。腕の動きが速すぎて目で追えないぞ!?
描かれていたのは公園の風景画。まるで写真みたいにリアルな絵をあんな高速で描いたのかよ……。俺は驚くが、更に驚く光景が起きた。目の前の景色が歪み、絵の中に吸い込まれて行く。残ったのは破壊される前の景色とボスの飼い主。いい加減頭が変になりそうだぜ……。
「……さて、どうせ俺には詳しい説明は無理だから省くが問わせて貰おう。成上、願いを代価に無辜の人々を守る為に悪と戦う番剣になる覚悟は有るか?」
だけどそんな状況でも分かる事が。鳥阿先生、もう少し説明を頑張るべきだろ……。