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終わりの始まり

「漸く解放されたのに、また引き離されるのか。……ねぇ、チャイムが鳴るまでは手を離さないで欲しい」


「当たり前だ。決して離すもんか」


 雫と目も言葉も交わせない地獄の様な授業(一応真面目に受けている)の中、唯一の救いは俺の直ぐ後ろの席が雫だって事だ。背中で視線と存在を感じるから姿が見えない事に耐えられる。まあ、授業をサボっちまえばそんな事を気にせずに済むんだが、そんな馬鹿をやる野郎じゃ雫は相応しく無いだろ。やるべき事をやってこそ幸福を感じられるんだ。


 言葉を交わし、向かい合って手と手を重ねる。俺と雫は相手の温もりを確かめ合い、互いの愛を感じていたんだが、空気が震える声が教室に響く。誰も驚いた様子は無い。まあ、毎日の事だしな。馴れてるんだよ、皆。


「ふははははっ! あの二人は相も変わらずだな、紫苑(しおん)! 俺達も真似してみないか?」


「断固拒否します、ヴォルテクト様」


 教室の横の端から聞こえるのは相も変わらずの豪快な声と冷徹な声。顔は見えないがどんな表情をしているのかは見ないでも分かる、何せ毎日見ている顔だ。しっかしヴォルテクトの奴も毎日毎日よくやるよ。紫苑さんも相変わらずクールな対応だし、こりゃ進展は難しいな。俺と雫は日々愛の大きさの記録を更新してるってのによ。



「だよな」


「ああ、その通り。限界知らずさ」


 ほら、この通りに言葉を発せずとも伝わる事さえ有る以心伝心状態。おっと、チャイムが鳴る時刻だ。俺は惜しみながらも雫の手を離す。残った温もりは心地良く、再び顔を合わせる瞬間まで俺の心を守ってくれていたんだ。



 そうして再会と離別を続け、漸く訪れた昼休み。俺達は交代で作っている弁当が有るので教室で、他の皆は学食だったり中庭に行ったりとグループに分かれて好きな風にしている。偶に俺と雫は共通の友人グループ大勢で集まって中庭に行くんだが、今日は別の奴等と食べる事にしているんだ。さっき教室で漫才みたいなやりとりをしていた二人とな。


「ふむ。今日も美味そうだな、紫苑。流石は俺の妻だ」


「ヴォルテクト様、救急車がご入用ですね? 婚姻届を出した事実も出す予定も有りません。尚、業務外ですので特別手当を請求させていただきますので」


 威風堂々としていて、王者の気風すら感じさせる自信の塊の様な男。逞しい肉体に逆立った金髪の持ち主の名前はヴォルテクト・頼央(らいおう)だ。結構な資産持ちの名家の跡取りで、外国人の母親はどこぞの王族の出身だって噂が有る。まあ、此奴のデカい態度が理由だろうがな。


 対してヴォルテクトに結構な辛辣な言葉を浴びせるのは獅子川 紫苑(ししかわ しおん)。紫苑さんはヴォルテクトの専属メイドみたいな立場らしく、幼い頃から一緒に居るんだとよ。長身スレンダーでショートヘアーな見た目から知的な色気を感じるってファンが多い。ヴォルテクトも明らかに惚れているし、堂々と口説いているが全戦全敗記録を更新中。どうも今日の弁当は無理言って作って貰ったらしいな。色々と教育を受けているのか美味そうで栄養のバランスも取れている。


 この二人、俺達とは中学生の時からの友人だ。何を勘違いしたのか、俺が紫苑さんを口説いていると勘違いしたヴォルテクトに雫への愛を語ったら向こうも紫苑さんへの想いを語ってな。結果、意気投合したって訳だ。雫は嬉しそうにしていたが紫苑さんは呆れ顔だったし、その時から態度は変わらない。まあ、大願成就の道のりは遠いってな。


 そんな風な俺達は机を三つ合わせて飯を食っている。そう、四人だけれど三つで十分だ。だって、雫は俺の膝の上に横向きになって座るのが基本だからな、教室でも中庭でも。


「今日の卵焼きは特別美味しく出来たんだ。ほら、あーん」


「……確かに美味い。愛情が最高の調味料になっているのもあるだろうがな。ほら、次は俺が」


「あーん」


 雫の腰に手を当てて支え、右手で雫の口にエビチリを運ぶ。余談だが卵焼きの好みは俺は出汁巻きで雫は砂糖。だから互いに相手の好きな味付けを作っているんだ。だって、愛する奴が喜ぶ姿を見たいからな。そのまま交互に食べさせ合う中、紫苑さんが手を止めて俺達の方を見ていた。何か顔にでも付いていたか?


「どうした、羨ましいのならば俺の膝の上に来ると良い!」


「断固拒否します。二度と仰らないで下さいね」


「恥ずかしがり屋だな、相も変わらず。だが、そこも良い!」


 おおぅ!? 膝を叩いて自分を招くヴォルテクトにとりつく島も無い対応。ヴォルテクトの奴も相変わらずめげないな。メンタル鋼鉄だな。


「私達がどうかしたのかい? ……言っておくが迅は私の恋人だ。渡す気は無いから」


「分かっていますし、私にとって彼は親友……いえ、友達でしかありません。ただ、少し気になる物を感じましたので」


「……ふーん」


「……」


 あれ!? 俺以外の奴が何か神妙な顔をしているが何故だ!? 何か置き去りにされた気分だぜ。それはそうと神妙な顔の雫も綺麗だ。思わず見惚れていると、雫も俺を見て目と目が合った。


「おっと、君に見惚れていたよ。じゃあ、次はミートボールでもどうだい?」


 まあ、別に良いだろう。友人だろうが恋人だろうが、何かを隠すならそれなりの理由が有るってもんだ。それを知ろうとするんじゃなくて、尊重して話すのを待つのも絆の形だからな。俺は先程の事を問おうとはせず、三人も俺の考えを読んでか何も無かったみたいに触れ合う。……所で紫苑さん、さっき親友と言おうとして言い直したな。うん、普通に嬉しい。loveじゃなくてlikeで終わるけれど、俺は彼女が好きだからな。


「じゃあ、果物も食べ終わったし、追加のデザートを貰おうか」


「俺からすればメインだがな」


 雫の腕が俺の首に回され、俺も背中に手を回して引き寄せる。そのまま甘い甘いキスをしたんだが、矢っ張りデザートだな。デザートってメイン以上に主役だと思う。



「おい、紫苑……」


「セクハラですよ」


「……ぬぅ」


 この二人も有る意味以心伝心だな。俺が見た所、紫苑さんもヴォルテクトを嫌ってはいないんだよな。ネットで知り合った同好の士が実はヴォルテクトの伯父さんだったから聞いた話なんだが元々父親の友人の娘で、配置換えを申請すれば許可されるってのに今の所その様子も無いしな。




「……しかし、お二人は流石に生活指導の先生からお叱りを受けませんか?」


「ああ、受けた。入学前から碁会所で知り合ってたんだが、昨日も打ちながら怒られたよ。程々にしろってな」


「まあ、私達も迷惑を掛けるのも嫌だし控えているんだよ?」


「……それでですか?」


 何故か分からねぇけど呆れられてるなぁまあ、紫苑さんは普段からヴォルテクトに呆れているから見慣れた顔だけどよ……はぁ、早く家に戻って雫と思う存分イチャイチャしてぇ。でも、今日はバイトだからな……。





「いや、今日は悪かったね。明日からは何時ものバイト君達が入ってくれるからさ。……ちょっとだけバイト料オマケしておくね」


 別に俺は特定のバイト先を持っている訳じゃない。年の離れた釣り仲間で小さなカフェのマスターが居るんだが、バイトが急用で暫く休む上に常連の予約が入っているからって短期間のバイトを頼まれたんだ。まあ、その常連は常連で別の趣味で知り合った人達のグループだからってのも有るけどな。


 そんなこんなで最終日を迎え、俺は帰り道に届いたメールを開く。


「『今日は両親が急にデートに行くから私達だけだよ。夕ご飯は君の好物のハヤシライスを作るから楽しみにしておいてくれ。尚、裸エプロン姿だからね』、か。楽しみだな……」


 添付された画像を保存し、心躍らせながら歩く。途中、公園の近くを通り抜けるかと考えたんだが、通り魔は男女問わず襲っているからな。凶器持った相手じゃ余程の達人でもないと危ねぇし……って、おいおい。公園の横を通り過ぎようとした時、木の隙間から見えたのは近所に住む中学生。雫と行ったドックランで知り合った奴だが、こんな時間に犬の散歩なのか公園の中を進んでいた。この公園って結構デカいし、外から中が見えないから何かあったら危険だ。流石に注意しておくか。


「雫にはちゃんとメールしといてっと……探すのに時間が要るかも知れないからな。家まで送った方が良いし」


 まあ、警察だってパトロールで立ち入っているし、通り魔と出会すだなんてそう簡単に無いだろ。っとまあ、俺はそんな楽観的な思考で公園の中に足を踏み入れた。普段ニュースで見ている事件だの事故に遭う奴の中にはそんな偶然で巻き込まれるのが居るのにな。



「さてと、確かこっちに……んっ?」


 今、何かが壊れる音がしたんだが、また暴走族でも入り込んでいるのか? この公園、ヤンキーの溜まり場だって友人の中に居るヤンキーが教えてくれたからな。俺は少し様子を見るかと足音を忍ばせて歩くんだが、向こうから一直線に犬が向かって来る。さっき見掛けた中学生の飼い犬でブルドックのボスだ。


「ワン!」


「どうしたんだ、ボス? リード無しでも飼い主にピッタリくっついて歩くのに……」


 俺はしゃがんでボスを撫で、リードを持って飼い主の元まで連れて行こうとしたんだが、ボスは俺がリードを持つなり来た道を走り出す。これは何かあるな。俺は猛烈に嫌な予感がしたが、知り合いが巻き込まれているんなら迷って居られねぇ。




「……は?」


 だが、俺が目にしたのは予想だにしていなかった光景だった。ベンチだの看板だの外灯だのが壊されていて、本当にお巡りさんがパトロールの最中だったのか確かに居た。だが、既に死んでいる。何で分かるかって言うと、ミイラみたいになって生きていられる筈がないからだ。


「グゥウウウウウウウウ!!」


 ボスが唸り声を上げて威嚇する相手、それが多分犯人で、ニュースで言っていた通り魔だ。フードを被ってマスクやサングラスで顔は判別出来ないが、奇妙なのは不審者丸出しの格好以上に手に持った物。真っ赤なイバラみたいな長い鞭。それをボスの飼い主に向かって振り下ろそうとしたのを見た時、俺は走り出していた。



 そして、この決断が俺の日常を大きく変える事になったんだ……。




応援お願いします やる気の燃料投下を是非

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