ルフォンの末裔の能力?
宜しくお願いします!
「先輩?」
目の前にクレイズが居た。
「…………ぇ」
「あの、大丈夫ですか?」
「……え」
「何ボーッとしてんだよ!新人に心配されるとかどーなんよ」
バシンと背中を叩かれて、よろめきながら横を見ると死んだ筈の同僚が居た。
何が起こっているのか分からなくて、震えが走る。
「ヴィルデオ先輩!女性をそんな強さで叩いては駄目ですよ!」
「は!?女性ってコイツがか?!そこらの男よりでかいんだぞ?」
「身長が高くても女性は女性です!それに格好いい見た目なのに繊細とか寧ろ理想じゃないですか」
「はぁあああ!?お前女の趣味悪りぃんじゃねぇか!?」
言い合う二人を見ながら、訳がわからなくて吐きそうになった。
全部夢だった…?
そんなはず無い。
クレイズが若い。
事故で死んだ筈のヴィルが生きてる。
ハッとお腹に手を当てる。
足元が見えないくらい膨らんでいた筈のお腹がへこんでいた。
「…な、に」
何が起きているのか分からない。
でも。
もうこのお腹に、命は宿っていない。
ボロボロと涙が溢れた。
「エレナ先輩!?」「お、おい、エレナどうした?!」
焦る二人の声を聞きながらも、私は溢れ出る涙を止められなかった。
◆
気分が悪いと伝え、初めて仕事を早退した。
さっきまであったはずの新居は消え失せ、建てる前の空き地があった。
街並みが昔のそれへと戻っている。
ふらふらと空き地を通り過ぎ、一人で住んでいた頃の家に帰った。
日付を確認すると、9年程の歳月が消えていた。
9年前というと私は20歳。
そしてクレイズが新人として私の務める魔導書館へやってきた年。
私以外は皆、消えた9年間に気付いていない様だった。
皆の記憶が消えたのか、私の記憶が変なのか、只々混乱する。
最後の記憶は、落ちた首と鮮血と、オレンジ色の瞳。
そしてむせ返る様な甘く痺れる桃の香り。
彼が、私の魂の伴侶…?
そして本物のルフォンの末裔だった?
この現象が、ルフォンの末裔の能力?
わからない。
◆
あの日から、ニュースを気にかけるようになった。
以前と何か変わらないか、私の記憶が本物なのか、確認することで不安をやり過ごした。
そんなある日。
「ジジェイル王国が負けた…?」
以前の記憶ではジジェイル王国とゾルディオ諸島の戦争はジジェイル王国の勝利で終わった筈だ。
手の震えで新聞がグシャリと潰れた。
私の、せい…?
そんな筈はないと、何処かで思ってはいるのに、自分のせいだと違う何処かが訴える。
どうして…。
怖い。
何かが動き出している。
遂に大きな変化が起きてしまった。
考えたくなかった。考えないようにしていたのに。
「…仕事、行かなきゃ」
真っ青な顔色を化粧で誤魔化す。
着飾るためではなく、身嗜みとしての化粧を義務的に施し、家を出た。
◆
「新人?」
職場に着くなり告げられた情報に私は愕然とする。
「あぁ。明日一人来るから宜しくな。ちょっと時期外れだけど色々教えてやってくれ!グレイズはこれで先輩だなぁ。新人に抜かれんなよ?」
「大丈夫ですよ。それよりエレナ先輩、顔色悪くないですか?休憩室行きます?」
「それよりって…。お前のエレナ第一主義程々にしねぇと新人泣くぞ」
くらっと軽い目眩がして、後ろに倒れそうになった体を足を一歩下げて止めた。
「エレナ先輩?!」
伸ばされた手を、思わず振り払う。
「っ」「ぁ…」
驚き傷付いたクレイズの顔を見て、自分のしたことに気付く。
心配、してくれたのに。
倒れると思って支えようと伸ばしてくれた手を、私は叩き落とした。
「ごめ…」
あの頃と同じ様に接しようとしていたのに。
出来ない。
無意識下で拒絶してしまう。
…今のクレイズは違うのに。
「僕こそ急に手を伸ばしてすみませんでした。びっくりさせてしまいましたよね。まだ開館まで時間あるんで、座って休んでてください。後は僕とヴィルデオ先輩でやっておくので」
「そーだな。確かにちょっと具合悪そうだな。なんなら帰ってもいいぞ?イベントも無ぇし今日は暇だろ」
「…少し、座っています。早退する程では無いので大丈夫です」
「無理すんなよ?」
休憩室への廊下がとても遠く感じられる。
以前の記憶では、この時期に新人なんて来なかった。
戦争の敗戦国と戦勝国が変わるくらいだ。職員が一人増えるくらい大した変化ではない。けれど変化がこんなに身近で起きてしまった事が恐ろしくてたまらない。
どうして…。
頭を埋め尽くすのはその言葉ばかり。
ぶるっと震える体を抱き締める。
怖い。
もしも運命なんてものがあるのなら、明日来る人物は誰なのだろう。
浮かんでくるのは小柄で可愛らしい守ってあげたくなるような柔らかいストロベリーブロンドの髪の女性と、桃の香りのするオレンジ色の瞳の男性。
「そんな、はずない」
そんな偶然が起こるはずはないと、そう思いたいのに。
否定を声に出しても湧き上がってくる不安を止められない。
クレイズに未練は無い。
けれど目の前であの二人を見れるほど、抉れた心の傷は癒えていない。
それに…。
もし、あのオレンジ色の目の人だったら。
何も知らない、一目見ただけの人なのに、惹きつけられる。
自分が自分でなくなってしまうような陶酔感。
魂の伴侶とは、あんなにも恐ろしいものなのだろうか。
クレイズが豹変した様に、私も狂ってしまうのか。
そう、狂う、別人になる、そう言えるほどの価値観の変化。
自分の全てを捧げても良いと、その人しか要らないと言ってしまえるほどの。
今はあの匂いがしないからかこんなふうに思えるけれど、またあの香りに包まれたら、私は私で居られなくなる…。
そう確信する程に、あの香りは危険だ。
「仕事どころじゃなくなる…」
あぁ、そうか。
魂の伴侶は結婚すると全ての生活が国に保証される。
神の奇跡という宗教的な信仰からくるものかと思っていたけれど、きっとあのままだと働けないからだ。
ベタベタと一日中くっついて日々が過ぎていくのだろう。
子づくりの為に───。
ゾワッと鳥肌が駆け上る。
魂の伴侶とは、何なのか。
それはまるで呪いのように抗え無い、強制的な何かの意図を宿しているのでは無いか…。
考えすぎなのかもしれない。
けれど一度浮かんだ不安はしこりとなって残り続ける。
────トントン
「っはい」
軽いノック音に慌てて思考を中断する。
「エレナ先輩、大丈夫そうですか?そろそろ開館時間です」
扉が開き、若いクレイズが顔を覗かせる。
私の事を好きだった頃のクレイズ。
告白されたのはもっと後だけれど、初めて見た時から惹かれていたと言われたのを思い出す。
あの頃の気持ちは、もう私の中に無い…。
無いのに、彼を見ると無性に泣き出したくなる瞬間がある。
「今、行きます」
ぐっと唇を食いしばって立ち上がる。
彼の特別は別に居るのだ。
彼女をひと目見れば、私への気持ちなんてあっさり飲み込まれる。
忘れよう。
二人が出逢えば終わる恋なんて苦しいだけなのだから。
有難うございました!