幸せが終わる日
宜しくお願いしますm(__)m
惚気からガクッと暗い展開に…。
この世界には二つの有名な昔話がある。
一つは子供が産まれにくい人類に、神様が『魂の伴侶』という運命の相手をお与え下さったというお話。
もう一つは虐げられていた奴隷の少女が、魂の伴侶である王子と出逢い幸せになるお話。
前者は神話として、後者はこの国の実話として永く語り継がれている。
「───今まで嗅いだことのない良い匂いがしてきました。ふらふらと匂いに導かれるように歩いていくと、目のまえに美しい少年が立っていました。二人は大きく目を見開き、見つめ合います。二人は『たましいのはんりょ』だったのです。少年はお忍びで城から抜け出した、この国の王子さまでした。少年は女の子の奴隷の首輪に気づき、すぐに部下を呼びはずさせました。そして二人は幸せにくらしました。めでたしめでたし。」
パタンと絵本を閉じる。
「さて。本はここまで。お昼ご飯の支度するね」
大きくなったお腹を撫でて、よいしょっと立ち上がる。
胎教として家事の合間に絵本を読み聞かせるのが最近の日課だ。
今日はこの国で一番有名な昔話を選んでみた。
魂の伴侶は本当に存在するらしいけれど、出逢える確率なんてほんの僅かで、みんな普通に恋愛して結婚して死んでいく。妊娠率は確かに低いけれど子供がいなくても幸せな家庭は沢山あるのだ。
年々人口は減少しているものの、それでも人類が滅びないのは魂の伴侶の妊娠率が異様に高い事とその子供の妊娠率も高めだからと言われている。
運命の赤い糸がこの世界には存在していて、一目見た瞬間に惹かれ合う唯一無二の相手がどこかにいる、それはなんてロマンチックなのだろうかと昔はとても憧れた。
自分は少し特別だから魂の伴侶にも出逢えるんじゃないかなんて本気で思っていたのだ。
確率的には宝くじで高額当選するくらい現実味は無い。
けれど、きっとそれより低い確率の異世界転生なんてものを経験した私なら、あり得るんじゃないかなんて。
でもそんな憧れはもう必要ない。
前世の記憶があるだけの平凡な私には、今では素敵な旦那と彼との子がお腹にいる。
蜂蜜のように艷やかに輝く金髪に澄んだ翡翠色の瞳を持つ彼は、同じ職場で働く4つ年下の後輩だった。
人当たりもよくて仕事熱心で、私のことも大切にしてくれる、私なんかには勿体ないような優しいクレイズ。
私も美形に分類される顔ではあるけれど、残念ならが美女ではなく美男子顔だ。男に間違えられる程の長身に真っ平らな胸、涼し気な目元も相まって、男物の服の方が似合ってしまう私は男装をすると10人中9人に男と間違えられる。サラリと流れる黒髪に黒い瞳。せっかく異世界転生したのに変わらない色合いには少しがっかりしたものだ。この世界には存在しないけれど、男物の和服が一番似合うと思う。
そんな見た目なのに、私は運動音痴で可愛いものが好きだったりする。外見と中身のギャップは皆を騙しているようで、ずっと私のコンプレックスだった。
でも彼は、そんな私が見た目も含めて好みなのだと言ってくれた。
「エレナ=スティンフィールは魂の伴侶には出逢えなかったけど、クレイズに出逢えて幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」
なんてことを言葉に出来るほど今の私は幸せだ。
優しい旦那、そして貴重な子供まで授かる事が出来たのだから。
右手首にはめられた銀色の細い腕輪には、彼の瞳と同じ翡翠色の石がはめ込まれている。
結婚指輪ならぬ結婚腕輪。
好きな色の腕輪に相手の瞳の色の石を飾りとして付けるのが、この世界の既婚者の常識となっている。
翡翠の石を優しく撫でるだけで口元がにやけてくる。
「お昼は軽く済ませて夕飯はご馳走にしよう」
今日はクレイズに告白された記念の日。
我ながら良く覚えているなと思うけれど、こういう記念日を積み重ねて祝う幸せもあるのだと彼と出会ってから知った。
去年は青薔薇の砂時計をプレゼントしてくれた。
小さな青い薔薇型の砂がサラサラと落ちていくのを眺めていると気持ちが落ち着いていく。
プレゼントを期待するわけではないけれど、ちょっとしたわくわく感は止められない。
結婚して5年も経つのにいつまで惚気てんだよって友達には言われるけれど、湧き上がってくる気持ちはどうにもならない。
前世では誰とも付き合うことなく死んでしまったから、私にとっては全てが初めてで、膨らんできたお腹を撫でながら幸せを噛み締める。
───だから。
平凡だけれどとても幸せなこの日々がこんなに突然終わるだなんて考えもしなかった。
この日、クレイズは帰って来なかった。
◆
───時は少し遡る。
いつもの帰宅時間になってもクレイズは帰って来なかった。
遅れる時は前世の固定電話の様な機器で連絡をくれるのに。
初めは記念日だから何か帰りに買ってくるのかもしれないとか、サプライズで何かあるのかもしれないとか色々言い聞かせて待った。
けれど、そういった何かがあったとしても私が心配性だと知っているクレイズは必ず連絡を入れてくれていたのに、今日はそれが無い。
不安になった私は、私の元職場でもあるクレイズの仕事先に連絡を入れた。
私は大事をとって妊娠が分かったときに辞めてしまったけれど、クレイズは今も魔術書館の職員として働いている。
魔術書館では魔術の歴史と魔法陣の展示がされ、魔術専用の本の閲覧ができる。魔術なんて大昔の遺物とされていて使える人間は既に居ないから、前世で言う博物館の様なものだ。
受話器越しの元同僚に、クレイズはいつも通り夕方に職場を出たと言われた。
嫌な予感がして、家を飛び出した。
家から魔術書館までの道をくまなく探す。
ドクドクと心臓が早鐘を打つ。
じっとりと手に汗がにじむ。
クレイズに出会えないまま魔術書館に着いてしまった。
日も落ちてしまったので、これ以上探すのは危険だとわかってはいるけれど、クレイズに何かあったのかと思うと涙が溢れそうになる。
仕方なく、ギルドに人探しの依頼を出してその日は家でクレイズの帰宅を待った。
結局、クレイズは帰って来なかった。
朝、職場から連絡が来てクレイズが出勤していないと言われた。
泣きながらクレイズを探し回った。
このまま帰って来なかったらどうしよう。
不安がどんどん膨らんでいく。
ギルドへの依頼も金額を上乗せした。
クレイズに何があったのか。
何か事件に巻き込まれた?
事故にあって動けない?
生きているの?
どこに居るの?
ちゃんと食事は取れているんだろうか。
助けを、求めていはいないだろうか。
一人取り残された家で、ポツンと椅子に座る。
お腹の子はどうなるのだろう。
心配と不安に押し潰されそうな日々は6日で終わった。
クレイズが居なくなって6日目の夕方。
ギルドからクレイズを見つけたと連絡が来て、着の身着のままギルドへ向かった。
ギルド職員に案内されたギルドの個室にクレイズは居た。
居た、けれど。
私はクレイズを見て固まったまま動けなかった。
クレイズは知らない女を抱き締めていた。
有難うございました!