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異世界なんかに行かせない!  作者: 田中卵
二章 日野茉梨
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 最後の鐘が終業を告げた。小さく溜息を漏らす。

 終業五分前辺りから、また日野が乱入するんじゃないかとヒヤヒヤしていたのだ。

 日野は学校に来ず、平和な一日を過ごせた。

 ……学校に来ないのは来ないで問題だけど。


「明日は部活動の説明会がありますからね~! みなさん、どの部活に入るか、じっくり検討しましょう!」

「部活……」


 そういえば、日野も部活を作ろうとしていた。 

『魔術研究会』とかいう、とんちきな部活。

 ……入るやついるのかな?

 取り立てて所属したい部活のない身分だ、じっくり考えよう。

 駅に着いた。

 西の空は淡いオレンジ色で、高層ビル群には春の水っぽい大気が反射している。直に夕暮れを迎える駅周辺は、多種多様な人の群れが川のように流れていた。

 去り際「駅で待ち合わせましょう」と、約束を取り付けられたのだけど……

 雑踏の中から、日野を見つけられるだろうか……

 いくら特徴的な外見とはいえ、この人混みだと埋もれてしまう。


「ちゃんと具体的な集合場所決めとくんだった……」

「後ろよ」

「やだ、オレの背後ガラ空きすぎ……!?」


 日野茉梨。影のように現れていた。

 あまりにも気配がない。下忍くらいの隠密スキルはありそう。

 彼女の異装も相まって、女幽霊が現れたみたいだ。

 じっとりと嫌な汗が肌に張りつく。心臓が変な音を鳴らしていた。


「そのストーキング体質どうにかならない? とっても心臓に悪い」

「善処しましょう」


 あ、絶対またやるなコイツ。


「しかし、この人混みの中でよく見つけられたね」

「魔力を辿ったの」

「へ~」


 嘘つけ。大方、学校を出る辺りから後を付けていたのだろう。


「じゃあ行こう。スマホを契約しに」

「契約……素敵な響きをする言葉よね」

「謎な感性だね」


 嘆息と共に歩き出した。


 苦節三〇分。

 現代の文明に手を染めるつもりか。貴様も俗物に成り下がるつもりか。などの、日野の厳しい意見を諫め続けて、とうとうスマホを手に入れた。ヤジが酷すぎる。

 ほんとなんで付いてきたんだよオマエ。

 店員さんのお辞儀に見送られながら、携帯ショップをあとにする。


「よし、これでオレの予定は終わりだ」

「ええ、頃合いね……場所を移しましょう」


 キョロキョロと周囲を見渡し、日野は落ち着かない様子でそう切り出した。

 急にしおらしくなった。どうしたんだろう。


「なにあれ、コスプレ?」「人形みたいでかわいい~」「魔女っ子だよ」


 女子高生が、クスクスと笑いながらすれ違った。

 なるほど。衆目に晒されては、さしもの日野であれ居心地の悪さはあるのか。

 絶妙にわからない習性だなぁ、と溜息をつく。


「わかった。なら喫茶店にでも寄ろうか」

「サ店に行くぜ!」

「テンションの振れ幅すごいね」


 日野の先導で通りを進んでいく。

 道中、彼女の異装はひどく目立った。

 奇異な視線を向けられる度、オレは肩を狭くさせる。


「……その帽子、外せないか? どうにも歩きづらくて仕方ない」

「嫌」

「……そりゃまたどうして」

「魔力を扱う者としての最低限の身嗜みだし、なにより――わたしが好きなの」


 不遜な表情である。

 だよね……オレの言葉で動くほど、日野は簡単じゃない。


「あなたの〝運命瞳(フォルトゥーナ)〟は発動してる?」

「え……ああ、魔法ね。まったく影もないよ。やっぱ錯覚じゃないかな」

「いいえ。誇りなさい、火堂ケイ――あなたは、真性の魔法使い。魔力が満つるとき、必ず魔法は発現する。時計の針が位置を同じくする瞬間、鐘の音を響かせるように」

「……ええと、条件がそろってないってこと?」

「然り」と、厳かに頷く。


 日野の厄介な点は、いかに荒唐無稽な話であっても説得力を持たせる才能(カリスマ)だ。彼女の声音は、万人には無視できない響きを持つ。


「〝運命瞳〟は魂の(あざな)を術者に告げる――謂わば究明の瞳。第三観測世界における、その魂が持つ天性の才能を見抜く。つまり、異世界での役割ね」

「もっと簡単に話してくれ……」


 む、と日野の眉間にシワが寄る。


「そうね、不祥の弟子のためだ、道すがら魔法の使い方を教えましょうか」

「……お手柔らかに」

「あなたは魔眼の担い手。絡繰り(システム)は単純。『目視すること』が術の発動と同義。眼鏡やコンタクトをするのと同じ要領ね。魔力というフィルターにより、視力を補正する」


 辛うじて理解できた。

『魔法』という名前を冠した眼鏡をかけるイメージか。

 眼鏡により、本来は弱い視力を強くする。

 魔法により、本来は無い機能を付ける。

 真偽はともかくして、経験したことあるから、いまの解説は呑め込めた。

 早速実践ね、と魔女が声を弾ませる。


「魔力の痕跡は追える? 運命は見える?」

「何も見えません」

「なら、ほかに異常は感じ取れる? 世界の綻びとか、結界とか、そのへんのヤツ」

「色んなお店が充実していて、大変素晴らしい街並みだなぁと存じます」

「しっかりなさい。初歩の段階で挫けていては、いま以上の魔法を修得できないわ」

「面目次第もございません」


 赤点をいただいたところで、日野が足を止めた。

 やや駅から離れた郊外。住宅街の中に、時代錯誤な建物があった。

 喫茶店だ。中世の欧州文化を彷彿とさせる、落ち着いた外装。


「へ~、日野も結構いい趣味してるな。なんて店だ、ろ……」

『喫茶日野』えっ。

「いま戻ったわ」

「へ?」と、看板に面食らうオレをそっちのけで、日野は手慣れた様子で入店――


 凄まじく嫌な予感。

 戻ったって、まさかおまえ……!


「おや、いらっしゃい。茉梨の友人かい?」


 店に入ると、白い髭を上品にたくわえた老紳士が、微笑で迎え入れた。

 なんと答えたらいいか分からず、オレはしばし固まった。


「……学友っていうか、クラスメイトっていうか」

「おお。それはそれは。よく来てくれたね。茉梨について行ってくれ、珈琲をごちそうしよう。ミルクは?」

「たっぷり甘めで……じゃなくて、日野……いや、あなたは茉梨さんの」


 老紳士は苦笑する。

 オレの予感を裏付ける微笑みだった。


「ああ、祖父だよ。成寿(なりひさ)だ。じっくり話をしたいところだが、こんな老いぼれと話していては君も枯れてしまう。早く茉梨の下に行ってあげなさい。怒らせたら、手が付けられないぞ?」


 それはマズい。一礼して、足を急がせる。

 店内の一番奥のテーブル席。

 涼しげな顔をした日野が「遅かったじゃない」と声をかけてきた。

 ふかふかのソファに座り、正面の日野を睨んだ。


「先に自分とこの店って言ってくれよ。緊張したでしょうが」

「愚かね。魔法使いが他人の領域に迂闊に踏み入ると思って?」


 昨日、日野が窓から登校した記憶と繋がる。

 なるほど、そういうあほな事情があったんだ。げんなりする。


「はい、珈琲。ホットでよかったね?」

「…………」

「あ、どうもです」


 会釈と共に、コーヒーふたつを迎える。

 アルバイトは雇っていないのか、店長こと日野のおじいさんが直々に運んでくれた。 


「それでは、あとはお若いふたりで」

「…………」

「いただきます」


 あ、美味しい。

 ミルクと砂糖で調整されてるけど、甘すぎるワケでなく、程よい苦みを残した味わいだ。コーヒーの上質な香りが抜けていき、口内に気持ちのいい余韻を生む。

 カップを置きつつ、感嘆の声を漏らす。


「すごいな、日野のおじいさん。ああいう歳の重ね方をしたいもんだね」

「ええ、そうね……」

「どうしたんだ、歯切れ悪い」


 アレか。身内がいるから恥ずかしいのか。外行きでの自分を見られたくないのか。だったら何でこの喫茶店を選んだんだよ。


「その、下の名前で呼びなさい」

「下の? 別に日野でいいじゃないか」

「駄目。誤解を招くもの」


 誤解って……下の名前で呼ぶ方が招きまくるでしょ。

 そりゃ、いまは日野の家族いるし紛らわしいけれど。


「師のわたしが許可する。本来ならば、真名とは神聖不可侵の(あざな)。これを承諾するのはつまり、あなたとわたしとの関係……ではなく、魔力的な繋がりをより強固にする意味を持つ。魔力が充填することで、あなただって魔法を自在に扱えるようになり、更なる発展が望める」

「あまり、早口で喋るなよ――わからなくなるだろ」


 負けじとかっこつけたが、オシャレポイントが低かった気がする。

 いまいち聞き取れなかったけど、只ならぬ熱意は伝わった。


「ならオレも名前で呼んでくれよ。名字でいいから」

「ええ、ケイ」


 一瞬、それが自分の名前だと分からなくなるくらいに、清涼な発音だった。

 くそ、先手を打たれた。

 なんのためらいもなく、日野は言いのけた。

 ……それもそうか。

 相手は魔女だ。オレと同じような青い感情なんて持ち合わせていないのだ。


「ほら、あなたの番よ」


 言って、彼女は気恥ずかしげに顔を逸らした。

 朱色に染まった頬と、夕焼けに染まりつつある店内の色彩が目に焼き付く。

 幾百年もの時を過ごした絵画を彷彿とさせる神秘的な光景。

 鮮烈な光景が、胸の深層を抉って。


 どうして、と胸を打つ声があった。


 視界のピントがズレる。

 魔力が眼球を巡っていく。

 眺める景色に情報の羅列が差し込まれた。

『クラス:■■』『クラス:女子高生』――


「えっ、女子高生?」

「……なに、意地でも呼ばないつもり?」


 拗ねたような表情で食い入られた。

 目に見えた単語を呟いたせいで、勘違いされてしまった。


「ちがうちがう。魔法が出たんだけど、変な文字が見えて」

「魔法?」と、魔女の目の色が変わる。「なにが見えるっ?」


 つんのめって、オレの瞳を覗き込んできた。

 彼女の奥に『女子高生』の正体がある。

 オレは妙な熱気に囚われた。立ち上がり、窓を窺う。

 これまで非現実的な運命しか見えなかったのに、どうしてだろう。

 情報の先をたぐる。

 細身の人影。

 その運命の下には、鮮烈な紅の髪があった。

 腰にまで伸びた長髪は炎のように揺らめき、外套(コート)は影のような漆黒。

 幻想から出でた女騎士。

 そんな、現実に在りえるはずもない印象が頭から飛び出てきた。


「ちょっと、どこを見てるの……わぁ、すごい美人さんだ」


 切なく細い息で、魔女から嘆美の声が漏れていた。


「ビックリだ。茉梨でも素直な感想って言えたんだな」

「ちょっと、失礼ね――」


 茉梨の文句が止まる。

 ぱくぱくと、水面で空気を求めて喘ぐ魚のように、口を開閉させている。


「あ、なた……名前で」

「やめて、なんか死にたくなるからあまり気に留めないで……!」


 かなり勇気使ったんだからな! スルーしてほしい!

 自然な流れで悟られずに、って注意を払ったのに。

 うわあああ! なんかこう、布団にくるまって叫びたい気分だ。そんで部屋の照明のヒモにシャドーボクシングかましたい。

 胸に湧いた羞恥と達成感が()い交ぜになって混沌としている。

 発散しなければ爆発してしまいそうだ。


「ともかく、これでいいね」

「ええ、うん。よくってよ?」

「なんだその口調」


 いま、流れる空気がたまらなく暖かくて。

 オレは苦笑を浮かべた。悪くない、居心地のいい時間だ。

 魔女だの魔法使いだの、彼女を敬遠する理由は枚挙に暇がないけれど。

 白状すると、茉梨を好きになりかけてた。

 感情表現が不器用で、魔女の姿で己を演出するアホさ加減。

 過去に何かをしたのか、どうして魔法に憧れているのか。

 そんな疑問なんて些細なものに思えた。

 ……途端に、視界に異変が訪れる。

『クラス:魔王』

 日野茉梨の頭上に現れた運命が、オレと彼女との相容れぬ因縁を突きつけてきた。


「は……?」


 茉梨の運命を隠していた闇が剥がれて、不吉な単語が現出した。


「どうしたの? 急に目を押さえて……まさか、世界の綻びを見つけたっ?」


 運命の二文字が、笑顔で揺れる彼女に付き従い、滑稽なオレたちを嘲笑う。

 急速に意識が冷却される。

 血の気が引くのを感じた。


「なんでもない……」


 こんなの、幻だ。

 己に言い聞かせて、(かぶり)を振る。

 視界を掠める異変。

 目を疑う。

 窓に張り付く、小柄な人形。

 背には二対の(はね)


『見・つ・け・タ! マオウだ!』


 つんざくような声が耳朶を打ち、頭を貫かれたのかと錯覚する。

 甲高い声を上げ、その異形はふわりと身を躍らせた。

 浮遊、というより飛行。

 優雅でいて、軽やかな軌跡を描き、それは踵を返した。

 気が遠くなる。

 なんだ、今の。


「ちょっと、まだ外に気を囚われているの? ――解呪っ!」

「いてぇっ!」頭をステッキで叩かれた!


 瞼の裏がチカチカと明滅。

 腰を上げ、茉梨を(とが)める。


「なにすんだ!」

「正気を取り戻したわね」

「元から正常だ!」

「そう? 余計なお世話だった?」


 茉梨はついと細い顎を持ち上げ、見つめてくる。

 う、と口ごもる。

 殴られたおかげで、幻覚は綺麗さっぱり消えていた。

 あながち余計だったとは言えない。手段は間違えてるけど。


「それで、なにを見たの? 妖精?」


 彼女の大きな瞳が輝いていた。

 オレは狼狽(うろた)える。たしかに、さっきの影は妖精みたいだった。

 手の平サイズの小人。宙を自在に駆ける翅。

 童話や伝説に登場する架空の生物。

 オレが見た幻は、まさしく妖精そのもの。

 だけど、オレは首を振った。


「なにも……ながっだ……!!」

「そう、残念」


 手がかりを得られず口惜しいのか、茉梨の声の調子は暗かった。

 魔法を認めるわけにはいかない。

 認めてしまえば、オレが生きてきた常識というか、もっと言えば世界が崩れしてしまいそうで……ひどく恐ろしかった。


「茉梨は、魔法が使えるとしたらどうしたいんだ?」

「使えたら?」


 茉梨は視線を宙にさ迷わせ、考え込む。

 ……不安から逃れようと吐いた質問に、茉梨は真剣に向き合って。


「世界を滅ぼす」

「は――?」


 なんて、とんでもない結論に至った。


「ど、どうしてさ」

「……この世界は息苦しいの、とにかく」


 絞り出すように言って、茉梨はコーヒーを飲み干す。

 一気に飲んだせいで()せていた。

 えっ、そういう息苦しさ? 閉塞感が嫌だとかではなく?


「えほっ、えほっ、にがぃ……!」

「間抜けすぎでしょ」


 テーブルのナプキンを差し出し、溜息を吐いた。

 毒気抜かれた。魔王だの世界を滅ぼすだの、そんな大層な肩書きや目的は、茉梨には不釣り合いだ。

 茉梨は唇に宛がったナプキンに咳き込み、(まなじり)に涙を浮かべた。


「見栄を張ってブラックを頼むからだ」

「……おじいさまは黙ってて」


 いつの間にか傍に居た老紳士が、微苦笑と共にショートケーキを運んでくれた。


「すまないね、うちの茉梨が手荒いマネをした。コブになってないかな?」

「平気です。それよりも、これは……」

「お礼にと用意したんだけど、お詫びに替わっちゃったね」

「そんな、恐縮です」


 ご厚意が胸に染み渡る。

 なんて繊細な気遣いができる御仁だ……!

 茉梨はほんとにこの方の血縁なのか? 礼節を学んでいただきたい。

 ジト目で見たら、テーブルの下から蹴られた。

 そういうとこだぞ!

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