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Reversal  作者: RIKO(リコ)
第1章 Reversal
5/113

5.Reversal(逆転)

 

皮膚の薄い向う(すね)は、人体の急所の1つでもある。そこを思い切り蹴られては(たま)らない。


「うっっ!」


 アダムは唸り声をあげて前に倒れ込んだ。背中を丸め、蹴られた右足をさすりながら悪態をつく。


「クソっ、何しやがんだ。このアマっ!」


 勢いがかって声をあげる。だが、目の前に女刑事(リア)の姿はなかった。


 ― どこへ行った? さっきまでは、そこにいたのに ―


「ふふん、ルナシティの下水道に住む()()()()()()()の”ゴミ”。そんなカスが、一端(いっぱし)の叫び声をあげるんじゃないわよ」


 ヤバいっ、油断したっ。


 咄嗟に後ろを振り向こうとした時、首筋に仕掛けられた冷たい感触。

 アダムが背後から咽喉を締め上げられたのは、その瞬間だった。同時に背中に激痛が走る。リアのハイヒールの細い踵が彼を足蹴にし、背後からその首を締め上げている姿は容易に想像ができた。


「ぐっ、お前、やっぱり……」


 反撃したくても、息が苦しくて身動きがとれない。


 ― くそぉ、この女、何て力なんだ ―


 女刑事はせせら笑う。


「怖い怖い。あなた、私の動きを探っていたのね。”ゴミ”は始末するものよ。始末してこの世から亡くさなきゃねぇ。男のゴミは汚らしすぎて、触る気にもならなかったけど……今は仕方ないわ。ああ、念のために警告しとくけど、私、ルナシティ警察の空手大会を、3連覇中なの。だから、腕力には自信があるのよ」


 息ができない。せっかく、絞殺犯の手がかりを掴んだっていうのに。嫌だ、俺はまだ、()()()()()()


 リアは、喘ぎだしたアダムをせせら笑う。


「今更、何の抵抗よ? スラムの人間なんて、生きていても、意味がないでしょ。夜な夜な遊びまわる女の子たちの将来は、売春婦かごみ溜めの清掃員よ。憐れじゃないの。だから、私は殺してやったの。今のトータルは5人だっけ? そんな悲惨な運命から、彼女たちを救うために。それに、あなただって、さっき、言ってたじゃないの。『アダムくんは、6歳の時に母親(ママン)に絞め殺されそうになりました。でも、その時、彼は思いました。”ぼくは、死んでも良かったんだ。母親(ママン)が優しいままでいてくれたなら”……って」


 だからね……と、女刑事はありったけの優しい声で、握りしめたブランドの皮のベルトに力を込めた。


「殺してあげるわ。アダムくん、優しく、優しく、歌いながら、あなたの母親より、もっともっと、やわらかな声で」


 

 My song is soft

 (私の歌がやわらかに)


 The singing voice

 (その歌声を)


 Replace it with gentle words

 (優しい言葉にすり替えて


 Steal his life

 (彼の命を奪ってゆく)


 Inviting to a friendly retreat

 (優しい隠れ家に誘いながら)



 リアの美しい声が脳裏を巡る。

 やがて、咽喉の苦しさがが薄らぎ、心臓の鼓動が聞こえなくなる。ふんわりとした柔らかな感触が、体に沸き上がってきた。そして、もう何も感じない。


 ― 俺、死ぬのかな ―


 アダムは、半開きになった眼を空に向ける。こんな不遇な生活に手を差し伸べてくれた人だっていた。それに報いぬままで、死ぬのは嫌だ……それに、()()は俺に言ったんだ。



 ”スラムの泥にまみれても、まだ、私たちは、汚れ切っていない”と。



 ― だから、一緒に生きてゆこう ― と。




 

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