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2-4


 それから、契約内容や注意事項を深く話しあった。

 全て目を通したが、別段不審な点は見当たらなかった。

 話し合いを終えたときにはもう、辺りは夕暮れになっていた。玄関を出て、海を望んだ。暗く張り詰めた海に、朱の滲む空が静かに吸い込まれていた。ここは日の出なら太陽がはっきり見えそうだ。

 来たときと同様に、バスと電車で帰ろうと思っていたのだが、再度羽山さんが車で送ると言ってくれた。

 今度は断らずに、駅まで送ってもらった。

 別れと謝辞を告げると、電車に揺られた。


 ……これから、忙しくなるだろう。引っ越し作業、各種手続き、転校をするのなら、より勉強も必要になる。

 未来について考える中でふと、羽山さんの話を思い出した。「この地球外」、とはつまり、並行世界を示唆しているのだろうか。それとも、別の銀河に地球と酷似した惑星、つまり地球と呼称している惑星が二つ以上存在しているのか。もしくは「うまく言えない」のか。いずれにせよ、現在の地球内生命体に分かるはずもないか……。

 それにしても羽山さんは本当に宇宙人であるのか。判断できる材料がない以上、否定も肯定もできない。今度会えたとき、何か一つ聞いてみようか。

 嘘をついていたとして、「宇宙人である」といった嘘に一体何のメリットがあるのか。一般的には頭のおかしい人として不信を買うだけである。では何か別の情報から目を逸らすよう、隠れ蓑とするためか。考えられるのは、私を選んだという理由に、もっと別の理由があった場合だ。しかし、そればかりはもう、私にはどう足掻いても分からない。

 もし隠れ蓑だったとしても、「宇宙人」という言い訳は、利口な嘘とは思えないが。過去両親に世話になったことがあるだとか、それらしい嘘はいくらでもあったはずだ。


 性分ともいうべき、答えの出ない考えを巡らせていると、ようやく帰宅した。

 明かりを点け、雑然とした狭い部屋が輪郭を持った。適当に鞄を放り出し、羽山さんの留守電に帰宅したと一報入れると、体を投げ出した。たったの一日が、これほどの密度で迫ってきたことはかつてない。

 今日を振り返っていると、やがて眠気が近付いてきた。せめて寝てしまう前に、と風呂に入り、意識が働いた分だけは明日の準備を済ませて眠りについた。一体いつからどこまでが夢だったのだろうかと、意識が混濁するように渦巻いて溶け落ちた。




 あれから忙しい日々が続いた。

 翌日は目覚めると、現実だったのだろうかと疑う瞬間もあったが、鞄の中に入っていた契約書と鍵を見て事実だと確信を得てからは、日々を邁進した。

 まずは各バイト先に辞めることを告げ回り、大家さんに契約を解除したいと話した。羽山邸からの通学を検討した結果、やはり転校をした方が良いと判断し、担任に転校の旨を相談して、手続きを進めていった。引っ越しを決めたのがこの時期で良かった。転入試験に十分に間に合う。

 引っ越し作業は業者に頼まず、自分だけで運ぶことにした。つまり必要な物以外を全て捨てて、一人で運べるだけの最小限の量にするのだ。各種手続きを進めていく中で、少しずつ身の回りの物を捨てていった。色んな物を捨てていくのは、どこかすっきりとして気分が良かったが、粗大ゴミを引き取ってもらうには、お金や手続きがいるのが面倒だった。

 もちろん友人にも引っ越すことは告げた。しかし友人と言っても一人しかいないのですぐに終わった。こういうときに友が少ないのは楽で良い、とほぼぼっちは思う。

 引っ越しに関することだけでも様々な手続きがあったが、やらなければならないことは他にもいくつかあった。同時進行でそれらも済ませていった。

 そうして各転校先、羽山邸、現在の高校などと色々駆け回った、目まぐるしい日々を過ごし、手続きが落ち着き始めたころには、勉強に忙しくなった。期末を乗り越えると、次は転校のための試験が待っていた。こちらの方が重大だった。

 試験は、最初に受けた所で無事合格した。試験当日に結果が分かるのは、気を揉む時間が減ってありがたいとも思えたが、その分不安の密度が高かったとも思えた。


 手続きなどのためにもう一度、転校先を訪れた帰りだった。聞かなくても良い会話が、耳に入ってしまったのは運が悪かったのか。

 廊下の窓際で二人の男子生徒が、それなりに大きな声で話していた。


「ほんっとダルい」

「マジで死んでくれあのクソ野郎」


 はっきりと聞き取れたのはその二つだったが、その言葉で私は、二人を睨んでしまった。

 ――この二人は関係ない。だが私は、自らの過ちが蘇った。

 そしてこの二人に憤っているのでもない。しかし私の中で、罪の記憶に伴う感情が一瞬、奔流のように背中から脳へと湧き上がった。そして思わず、二人を睨みつけてしまった。

 睨んだのは一瞬だったが、気付いた二人は私の前方へ歩いて来た。


「あ? 何? コイツ」

「おい、何ガン飛ばしてんだよテメェ。ケンカ売ってんのか?」


 静かに深呼吸をした。ゆっくりと息を吸うことで、バケツに溢れた水を頭から被ったように、冷静を取り戻した。

 私が睨んでしまったのは事実だ。その点は謝るべき、だが、彼らが話していた内容に非がないとは言えない。

 相手の気が済むとは思えないが、二人の目を見て、ゆっくりと瞬きをして、軽く頭を下げた。努めて穏やかに言った。


「悔いのないように生きてください」


 言い終えるや否や、その場から歩き出した。背後からは、戸惑いの混じった罵りが聞こえた。


「は? んでそんなこと言われなきゃなんねぇんだよ」

「頭沸いてんじゃねえの」


 私はそのまま、速度を落とすことなく歩き続けた。良かった、追いかけてくる気配はない。

 私服だったために部外者とでも思われたのだろう。同じ学校の生徒だったならば、あそこまで言われることはなかったと信じたい。関係なく同じようなことを言われるのであれば、少しここへの転校を取り消したくなる。

 しかし彼らの言うことは、間違ってはいない。私はあんなことを言える立場でも、義理でも筋でもない。現時点では何の関わり合いもないのだから。

 ただ、許せなかった。やってしまった後で、取り消すことができないことは、沢山ある。それが善い行いならば別に良い。けれどもしもそれが、後悔になってしまうことならば、ましてや、一過性の感情で犯した過ちであるなら、そんなものは作らない方がいい。

 彼らも、自身が後悔など得るはずがないと、その思い込みで事実、後悔を得ることがなければそれで良い。少しでも私と同じような後悔をする人が、増えないのであればそれで。






 二学期の最終日、高校で唯一の友人であるりっちゃんと、帰りながら話をしていた。

 りっちゃんは神妙な顔をして尋ねてきた。


「ずま吉、クリスマスはどうするんだ?」


 顔付きと状況から、引っ越しに関する話題かと思ったが……自意識過剰だったようだ。ちょっと切ない。


「ここでその話題か?」

「ここで言わずしていつ言うんだ。よし、引っ越し先でパーティーやろう!」


 そういえば、世間はもうそんな時期だったか。バタバタしていたせいで、すっかり忘れていた。やけに赤や緑の飾り付けや広告が多いと思えば、そうか。そんな時期か。

 それにしてもパーティーか。たまにはそんな年もあっても良いのかもしれないな。パーティーと言っても、私とりっちゃんの二人だけで果たしてパーティーと呼べるのか……という疑問は心に仕舞っておこう。

 とりあえず羽山さんに確認をとらねば。羽山さんから許可を得ても、たぶん飾り付けに関してだけは、やる気にはなれないだろう。あのオッシャレな空間を、ゴテゴテのモールやらで破壊する勇気はない。


「私としては構わないが……大丈夫か聞いてみる」

「吉報を待つ!」

「はは、頼もしいな」

「ではコイツを受け取れィ!」


 脈絡なく、突然りっちゃんが突き付けてきたのは紙切れだった。四つ折りにされた紙を広げて見た。


「なんだこれは」

「見たら分かるだろう。IDだよ」

「何の?」

「LINK! いつかのずま吉がスマートフォンを手にしたときにな」


 LINK……確か、メールに次ぐコミュニケーションツールだったか。いや、SNSと言うのだったな。


「まだしばらくは買わないと思うが。覚えておくよ」


 ふふん、と満足そうに笑ったりっちゃんと、またいつものように、たわいもない会話を続けた。

 そして別れる地点まで来た。

 りっちゃんは私の肩を小突いた。


「じゃあな! 達者でな!」

「おう! りっちゃんも。元気でな!」


 私も小突き返して、互いに笑顔で別れを告げた。



 その日のうちに、私は引っ越しをした。

 引っ越しといっても、荷一つで移動しただけなのだが。

 明日からはまた引っ越し後の手続きがある。そしてすぐにもクリスマスだ。しかしそれらが終われば、ようやく、ゆっくりと自由に、思う存分好きなように生きていける。

 今日のうちに荷解きを済ませておこう。大きな鞄だけを荷と呼べるのかは分からないが。中身はほとんどが服やらで、他に必要な物は前から少しずつ移させてもらっていた。往復の機会があったのだから、利用しない手はない。

 これから自室となる部屋のクローゼットを開けた。

 大きな空間はもちろん空っぽだ。そうか、クローゼットも広いんだな……。待てよ、この大きさ、広さ、そして我が服の量……、これは!

 夢に見た、洗濯物を「たたむ」という作業を大幅にカットできるのでは! ないのか!


 ――素晴らしい!


 素晴らしいよ羽山さん、めちゃくちゃに嬉しいです。次に会ったときは感謝の意を示さねば。

 そう、干したハンガーをそのままクローゼットに引っ掛けてしまえばそれで終わりだ。畳まなくて良いんだ! 最高! 天の恵み! 神のオボシメシ!

 ぐふぐふと笑いながら荷を片付けると、空腹を覚えた。

 何も無いと分かってはいるが、なんとなく冷蔵庫を開けた。

 なんと、冷凍室にパスタがあった。以前聞いた種類がそのままあった。それもそうか。羽山さんは普段ここには来ないし、あの日から変化がなくとも不思議はない。

 文書で指摘していない部分に関しては、自由にして良いとのことだったので、一袋、勝手に頂こう。食料品に関する項目は一切なかった。羽山さんからの引っ越し祝いという、都合の良い解釈をします。トマトパスタ、いただきます。へへへ。



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