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3-3


「梓真ちゃんがお兄ちゃんでね、随分歳が離れてて。私が小さいときに死んで、そのまま魂が離れていった。私が小さいときは技術が確立して日が浅くて。今は死後も、直後なら魂を別の憑依体に移して、記憶を継承したまま、また違う人生を生きていけるけど」


 空き容量不足により、インプットに失敗しました。情報過多による思考の損傷がみられます。再思考しますか?


「え? えーと、つまり羽山さんは死んでからこちらに来たと?」

「あ、違う違う! 私は留学みたいな……生きてるよ、とにかく。制度として念のため凍結させてる……てそういう話じゃなくて。生きた状態で魂が移動するのと、死んでから魂を移動させるのはちょっと違うんだ」


 魂だけの状態で故意の移動が可能……? 魂を移動させる、というのが全く意味が分からない。


「ん? ということは死後、違う体に乗り換えさえすれば、人類宿願の不老不死に?」

「うーん、これがまた難しいところではあるんだけど、三体目以降の違体いたい転移の成功報告はまだ上がっていないかな」

「遺体……?」

「死んだ体、じゃなくて最初に生まれた体と違う体、ね。魂、もしくは脳の摩耗が大きいのかもしれないね。それもまだ、原因ははっきりとは」

「そう、なんですか。その、でもそれはつまり、今の羽山さんも危険を冒しているのではないですか? そうまでしてなぜこの地球に?」

「うーん。留学するのと永住するのの違いみたいなものかな。私たちはさっきみたいに簡単に魂抜けちゃうでしょ。違体転移はむしろ抜けないように固定させるから。それで固定させたものをまた引き剥がして違うものに固定させると、やっぱり何かしらは消費しているんだと思う。で、私たちはまた戻る体があるし、こちらで過ごした分は、元の体は時間経過してないでしょ。若いうちにこっち来て、記憶や知識、経験を得て同じ時間に帰ることで、若いうちから活躍できるって魂胆。だからちょっとリスクの程度が違うんだよね」

「ふ~む……」

「だから、良いんだよ、気にしないで。架空の話」


 架空の話と言われてもなあ……。目の前で幽体離脱を見せられたわけですし。幽体離脱って凡人がひょいひょいできるようなものではないだろうし、高橋さんも幽体離脱ができるのだろうか。

 仮に意識のない演技をしていただけだとしてもだ、できるのは意識のないフリまでだ。そもそも幽体離脱とは意識が体から抜けるだけであって、脳に直接語りかけることができるのは能力に含まれないだろう。演技でどうこうできるものではない。

 となると超能力者か……となるが、超能力者を信じるなら宇宙人を信じても同じだ。正直なところ胡散臭さは同等だろう。

 そして羽山さんが宇宙人だとして、言ってることも本当だとして、私と羽山さんが今と真逆の立場にあったと? そう仰る?


「私が兄で? 羽山さんが妹……だった? と? 私ガ兄デ羽山さんガ」

「――それも過去の話だから。今の梓真ちゃんとは別の人の話。梓真ちゃんは梓真ちゃんだから。私の兄じゃないよ。でも、私と縁のある人」


 羽山さんはからからと笑いながら、話を遮った。

 魂は同一でも、別の人間……なのか。ならば羽山さんの時代で、違体転移とやらをした人も、転移前後で全くの別人という扱いになるのか。

 しかし訳が分からない。未来で私と同一の魂は死に、生まれ変わって今私が生きているのは過去だ。どういうことだ? どういうことなんだ?

 私が既に死んでさえいれば、未来で死んでいても分かる。だが過去にあたる私が生きているのに、未来ではもう死んでいる……? いかん! 一切分からん!

 私は本気で頭を抱えた。


「未来で死んだ魂が過去で生きてる……?」

「うん。そういうことだね。でもこの地球と、私の兄が死んだ地球は、同じかどうかは分からないけど。未来で死んだ魂が過去にきたのか、過去梓真ちゃんとして生きた魂が未来で私の兄だったのか、それも分からない」


 並行世界である可能性……か。それはファンタジー作品ではよく聞く話だ。それならば、なんとか理解はできるか。羽山さんの世界の私は死に、こちらの世界の私は生きている。これならば分かる。

 猫には魂が九つあるだとか言われてるぐらいだし、世界だって九つぐらい、なんなら百や二百万でも……あるのだろうか。そんなこと。

 とりあえず並行世界では兄としての私を、羽山さんは助けたということだ。気になるのは羽山さんは私を兄と知って助けたのか、私を助けてから兄と知ったのか。つまり始めから羽山さんの中に確信的なものがあったのかどうか。

 彼が直前まで迷っていたのは、助けるか否か。

 前もって知っていたとなると、別荘居住の依頼をしようとした候補者の中で、死期の近い者から会おうとしたという話は何だったのだろうか。


「この前の確定死云々の話ですが……」

「それも本当。あ、でもいくつか嘘をついたところもある。始めから梓真ちゃんって決めてたから。むしろ梓真ちゃんに生きていてほしくて、ここに無理矢理住んでてほしいって言ってる、私のわがまま」


 始めから私に住んでいてほしかった? そうなると別荘ができてから人員を手配するのでなく、私のために別荘を建てたということになる。

 だが……それはない、と確信を持てる。証左はなく、総合的で、感覚的な判断だが。

 別荘を建ててから、誰かに住んでいてほしくなった、というのは嘘ではないと思う。その後から例の「占い」もしくは「マシン」により私を見つけ、兄と知ったということだろう。と思うのだが。


「羽山さんは……いつから私の存在を知っていたのですか?」

「確信したのは最近。って言っても一年前ぐらいにはなるのかな。魂のスキャニングって結構時間かかるからさ。永続的にしてるけど、死にゆく体、生まれくる体、日々変わっていくから。情報更新も大変でね。私が生きていた時代から逆行してスキャンし続けていたはずなんだけれど、到達した実際のこの地球とのズレが大きかった。だから、この地球と、私の地球が同一なのかも分からない。この時代の日本とデータの照合が一年ほど前に終わったんだ。そこで梓真ちゃんの存在を知った」


 並行世界である可能性を考えると、スキャニングしていたのは羽山さんの世界だが、到達したのはこの世界であり、齟齬があったということか。

 そして照合に時間がかかった。完了が一年前で、その時点で私を特定した。つまりこの別荘自体は、それよりも前に建てていたのだろう。

 こちらの世界は逆行スキャンと齟齬があったということだが、細部は違ったが大元は同じ……なのではないか。そうなると基本となるデータを羽山さんの世界のもので構築し、細部をこちらの世界のもので上書きしているということだろう。

 先程の話では確定死とやらも事実であるということだった。つまり確定死とは羽山さんの世界での死亡記録であり、こちらの世界での「確実な死亡予定を記したもの」ではないということか。だから羽山さんは「曖昧」だと言った。「合格通知」のようなもの。

 結果として羽山さんの世界ではそうだったが、こちらでもそうであるとは断定はできない。……そういうこと、か?

 我々の世界でも、歴史は「この年代のこの時期に何々が起こった」と記されてはいるが、実際に私が過去に到達したとして、その出来事が本当にその年その日に起きたのかは、実際に起きてみないことには分からない。それと似たようなものだろうか。


「しかし確定死……つまり死亡記録が残ってたんですよね? それっていわゆる過去改変……なんじゃないんですか?」

「それを言い始めるとね、今、羽山秀繕が生きていること自体おかしいんだよ。だから、そこは気にしなくても大丈夫」

「未来が変わる可能性があるのに、ですか?」

「未来が変わることに何の問題があると思う?」


 予想外の返事に、私は少しだけ驚いた。問題点は容易く想像できると思うのだが。


「え? それは……例えばですが、羽山さんが未来に帰ったときに羽山さんの体が消失している……とかですかね」

「そうだね。それはつまり私が生まれない未来や、私の体がなんらかの理由でなくなったりする未来になる可能性がある、ということだよね。でもね、私たちの時代は、この時代よりも随分と体の価値が低くなってる。魂の保証さえあれば良い。必ずしも同じ体に帰る必要はないんだよ。とりあえず出発した年にさえ帰ったら、技術自体は確立してるから、自分の体がなくても大丈夫ってこと」

「では、規模を変えて、歴史が変わる可能性は」

「そう。歴史が変わることに何の問題があると思う?」


 羽山さんはにっこりと笑っていった。

 私は思わず眉を寄せた。


「え、ええっ……。そ、そう言われてしまうと……。だから例えば……歴史が変わったことで、出発した年に戻っても技術が確立していなかった、とかでしょうか」


 私は顎に手を当てて、ふと考えた。羽山さんの問いに、これまでの考えが崩されたような気分だった。

 架空の話であるのに、私は漠然と過去を変えるということに対し、罪悪感や恐怖心を持っている。実際できる可能性など、あり得ないにも関わらずだ。それは私の知る時間移動をするファンタジー作品が、いずれもそのような描かれ方をしていた影響からだろうか。

 その思想は先入観だったというのだろうか。


「ふふ、意地悪な質問でごめんね? もしも歴史が変わるとして、変わるのならば、良い方にしか変えられないと思わない? 梓真ちゃんが知る、今までの歴史の中で行われた技術革新が、未来人の手によるものではなかったと誰が言い切れる? 歴史って、技術水準の変遷とも言えるよね。それを停滞させることは可能かもしれない。でも下げるのって、上げることよりも難しいはずだよ。文明を破壊しなきゃだからね。少なくとも私のような人間には、人一人見殺しにすることさえできなかった。未来の一般人に、歴史を大きく変えるほどの何かができるわけじゃない。川に石を投げたって、波紋や飛沫はできても、流れは変わらない。だから技術の確立が早まることはあっても、それが不成立となったり、破壊される可能性の方が低いってこと」

「そう言われると……そう……なんでしょうか」


 どんどんと頭は混乱に追い詰められていた。


「ふふ、今のは極論だよ。真の意味でそんな保証はないから。我々はそうだなぁ、この時代の日本とは価値観が違うから、気を悪くしたらごめんね。その、何というべきか、社会的利己主義で、我々の現在と未来に問題がないのであれば、過去はどうであろうが関係ない。今はそういう風潮かな」

「そ、そうですか……」


 なんだかもう、何も言えない。自分から尋ねておきながら、社会とか国とか世界とか、もうわけが分からない。

 私のような人間が一人で考えられる問題じゃない。学者が揃って会議をしても、そんな未来を想像できるのだろうか。

 兎にも角にも、いきなり情報を大量に詰め込んだ脳は既に噴火しており、脳細胞は焼け野原だ。思考は灰になった。


「とか偉そうなこと言ったけどね、迷ってたのは本当のことだから。梓真ちゃんが指摘した観点も、私の中ではゼロじゃないから。私以外にも、基本的には皆、大きな変化はもたらさないようにしてる」


 つまり羽山さんは積極的な改変は望んでいないということだ。それでも、私の命を優先してくれたのだ。

 その理由が「寝覚めが悪いから」でも、「兄の魂と同じだから」でも何でも良い。謙遜でも利己主義でも、私が今生きていることには変わりない。

 私にとって重要なのは、羽山さんが恩人であることなのだ。


「今なお人類はもがいているんだ。剥き出しの魂でね。過去と未来を知っていても、常にこれで良いのかって疑問は、頭から離れない。バカな生き物だよね」


 羽山さんは遠くを見ながら、自嘲するというよりも、どこか寂しげに笑った。

 それは、私も同じだ。でも、過去も今も未来も、全て知ってる羽山さんでさえ正しさを問うているのなら、私の考えなど遥かにちっぽけだ。

 ちっぽけで矮小で、どうにもならないのに、ただただ悩んだりして、そんなことを繰り返すばかりだ。

 些細なことが大きくて重要で、本当に大事なことほど、大きさのあまり見失って無関心になる。そんな下らない生き方をしてきた自分が、そんな生き方しかできない自分が、情けなくて、馬鹿みたいで、空っぽに包まれていた。



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