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B


 もう嫌だ、こんなクラスが高校最後だなんて、俺が一体何をしたっていうんだ。清く正しくはなかったかもしれないけど、悪虐非道なことはしてなかったはずだ!

 今日もアノ人はにこにこと上機嫌で、それが恨めしくて恐ろしい。だってアノ人が笑顔である限り、俺は震えて過ごさなきゃならない。笑顔の影には、必ずどこかで皺寄せが起こる。影で窮屈に身を寄せるのはいつだって、俺たちのような脇役にもならない存在なんだ。

 影でひっそり暮らすだけなら良いけど、窮屈なのは勘弁だ。狭くて息苦しくて居心地悪くて「邪魔だ」と女子から悪態をつかれる。俺たちに居場所はない、影からアノ人を引き立てる以外では。

 そう思っていたけれど、影から引きずり出されるなんて、そっちの方がもっとゴメンだ!




 アノ人は同じクラスになってから印象が変わった。だけどそれは俺だけじゃなくて、他の日影組も同じだったみたいだ。同じクラスになってから、というよりは三年になってから……もっと正しくは「アノ人と七瀬さんが同じクラスになったから」……だと思う。

 今までのアノ人への印象は完璧だった。「歩くおとぎ話」って言われてた(と思う)アノ人は、同性の俺から見ても格好良くて、足元にも及ばない。それに勉強もできて、聞こえてくるスポーツテストの記録も良い成績だった。実際に体育では走ってもパスを出しても何をしてもサマになってて、本当に次元っていうか……生きてる世界が違う人だった。

 そんな人と『同じクラス』だってだけで、普段から日影に生きてる人間なかまには苦労が分かると思う。一学期の初めは、クラスの女子が騒いでたし、なんかキャーキャー言ってたと思う。でもそれも最初だけ。本当に最初の方だけだった。

 だって……誰だってあんな風なアノ人を見たら印象が変わると思う。

 なんていうかほんと、とにかくびっくりして、あと正直にいうと……イメージは崩れた。完璧というよりは……たまにキズって感じで、本当に意外だった。

 それからは……女子たちはあんまりキャーキャーとは言わなくなった。それ以外にも反応が変わったし、ファン層? っていうのが変わったと思う。

 アノ人を「追い掛ける」ってタイプの人はほとんどいなくなって、アノ人の格好良さだけとか、二人でいる姿とかを「見守る」ってタイプの人たちとかが増えた気がする。あとは逆恨みしてる人も多少は……いる気がするけど、興味を失った人というか興醒めした人というか……なんか、ほんとに色々な人が増えた感じだと思う。


 つまりアノ人の何が変わったって、一言では言いにくいけど、色々変わったんだ。女子たちは前の方が良いって言う人も、今の方が好きって人も色々いるし、俺は関わりがあんまりなかったから好きとか嫌いとかはないけど、はっきりいえば混乱してる。「こんな人だったんだ」って。

 女子の中では笑顔が変わったって言ってた人もいたと思う。日影の俺はずっと見てたら目が潰れそうで、そんなにじっくり見たことなんてなかったから、変わったかどうかは全然分からないけど、なんていうか周りへの笑顔と、「七瀬さんへの笑顔」は確かにちょっと種類が違う気はする。

 アノ人は七瀬さんを見てるときは本当に嬉しそうで、ずっと笑顔で、なんていうかずっと……ずっと見てる。――ずっと七瀬さんを見てる。本当にびっくりするぐらい。

 俺はアノ人をしょっちゅう見てるわけじゃないけど、たまに目に入ったときのアノ人は、大抵どこかを見つめてる。で、その先はといえば、これは絶対に七瀬さんだった。アノ人は誰かと喋ってるときはその人を見てたりするけど、「どこか」を見つめてるときは絶対に「七瀬さん」で、俺の見た限りでこの法則は破られたことがなかった。

 その法則を、たまに見る俺でさえ気付くのだから、しょっちゅう見てる女子たちが、気が付かないわけがない。だから女子は七瀬さんを、最初は敵視してた感じだった。でも誰が見ててもいつか気付くと思う。

 七瀬さんには「敵わない」って。

 もう少し詳しく言えば、アノ人に「七瀬さんよりも好かれる部分が自分にあると思える」かどうかってところだ。その点と、七瀬さんそのものにもみんな敵わないって思うと思うけど。

 周りで影になってるだけの俺たちには、七瀬さんがどうしてあそこまでアノ人に好かれているのかは分からない。けどアノ人が圧倒的に好きなのは「七瀬さん」なんだってことだけはすごく分かる。分かろうとしなくても分かってしまうほどに、アノ人は七瀬さんが好きだ。

 アノ人がそこまで好きな七瀬さんの魅力を、俺たちはどこにあるのかハッキリとは分からない。七瀬さんに対してそれぞれの感じる魅力があるにはあるけど、それがアノ人ほど好きになれる要素かっていうと、そこまでじゃないと思う。

 どこが好きなのかハッキリと分からないのに、アノ人はずっと見ているほどに七瀬さんが好きで、気付けば七瀬さんの隣にはアノ人がいた。なんで好きなのか分からないからこそ、どうすればそこを上回れるのか、分からなくて七瀬さんには敵わない。

 そして七瀬さん自身も基本的には寡黙だけど、綺麗で勉強もできて、運動もできる人だ。アノ人ほど注目されないだけで、「優秀な人」というイメージだった。弱点とか、隙もない感じだ。その時点で大抵は七瀬さんに敵わないと思うと思う。

 そして日影組からすれば、アノ人と並んでも違和感がないっていうのも、七瀬さんだけだと思う。可愛い人も綺麗な人もいるにはいるけど、アノ人と相性が良いのかと言えば、ちょっと疑問だ。見た目だけの話じゃなくて、存在感が重要な気がする。

 七瀬さんは最初、あまり目にとまらない人だ。教室の中ではまるで、ごく普通の人のように思ってしまう。けれど一度七瀬さんを見つけてしまうと、なぜか目を惹かれてしまう。綺麗だから、というだけではない気がする。ふとしたとき目に入ると、アノ人じゃなくても、しばらくじっと見てしまう。

 七瀬さんは教室以外では、不思議な人だった。結構ぐいぐい来たり、ふざけたり、教室での大人しそうな印象はどこへやら、笑ったり喋ったり、色々してる。去年から関わりはあるけど正直、未だに距離感が分からない。

 始めの方はよく分からない人で少し怖くて、俺は警戒して酷いことを言ってた。俺はすごく後悔した。それから彼女は酷い目に合って、俺は彼女に酷いことをした一員だと思ってた。けど彼女は「全く気にしていない」って感じで笑って許してくれて、それからは俺ももうちょっとマシに話せるようになった。

 けど七瀬さんは教室でも、俺にだけは普通に喋り掛けてくるから、まだちょっと怖い。そんなことをされたらアノ人からめっちゃすごい視線感じるし、恐々アノ人の方を確認したら笑顔で睨むっていう器用な顔でこっちをずっと見てくるから、アノ人がいる場所ではあんまり話し掛けてほしくないけど、でも……面白い人だとは思う。

 だからまるで七瀬さんは、敢えて存在感を消しているような気がした。教室の中ではわざと「何でもない、どこにでもいる一人のフリ」をしているような感じだ。その特殊な存在感も、普通は持ってないから敵わない。アノ人も変だけど、七瀬さんも大概ヘンだ。

 だからこそアノ人と合っているんだって気がした。「誰にも存在を知られたくない人」と「誰もが存在を知ってる人」だから。七瀬さんはアノ人といるときが一番「何」でもない人な気がしたし、アノ人は七瀬さんといるときが一番「らしい」人な気がした。

 だからほとんどの人が、ただ二人を「見守る」って選択肢を選んだんだと思う。その空気の変化を、アノ人も感じたんだと思う。


 そこからアノ人は……酷くなっていった。

 もうちょっとちゃんと言えば、アノ人の本性が見えてきた。さらに言えば、アノ人は本性を隠さなくなっていった。もっといえば、七瀬さんが諦めた。七瀬さんが、アノ人から好かれてると周囲にハッキリ知られても「もう構わない」って、諦めたって感じだった。七瀬さんがアノ人に押し負けた部分だと思う。

 最初はアノ人も七瀬さんにあまり話し掛けたりしなかった。ずっと見てるだけで、ただそれだけだった。けどお昼になれば弁当を七瀬さんに渡していて、どういう関係なんだってそこから女子はにわかに騒ぎ始めた。

 やがてお昼は七瀬さんが教室から消えるようになって、アノ人も弁当を持って消えていくようになった。数回見ただけだけど、教室を出ていくときに持ってるアノ人の弁当箱の大きさは、なんというか……一人であの量をお昼に食べ切れるのか、男子高校生とはいえ、すごい食欲じゃないと難しい量だと思う。

 それからは噂で、生徒会室に入っていく二人を見たとか何だとかは聞いたことがある。だから二人は生徒会室でお昼を食べてるってのが公然の認識だった。そして反感を持つ人ってのはそういう噂にも、「生徒会役員じゃない人物が生徒会室に入り浸っているとは何だ」と憤ったりしていた。

 お昼は二人で食べてるって認識が広がってから、次第にアノ人はお昼以外でも七瀬さんと話すようになった。教室での七瀬さんとアノ人は、ほとんどアノ人が喋っていて、それに対して七瀬さんが相槌を打ったり短い返事をしてるだけだった。その時点で、七瀬さんは諦めていたような気がした。

 そんなアノ人の姿も意外だった。アノ人はいつもみんなの中心にいて、みんなの話を聞いて、アドバイスしたり、なんか談笑してたり……そんなイメージだった。だからほとんど一方的に会話をしている姿が奇妙で、そこもアノ人への印象が変わった部分の一つだ。

 だって誰が見ても、アノ人が七瀬さんに言い寄ってるようにしか見えない。日影の俺たちとは違って相手に困らないアノ人が、一見すると嫌っているようにも見える七瀬さんに、どうしてそれほど話し掛けるのか不思議だった。アノ人はよくあるあの「自分に興味を持たないだなんて面白い」っていう趣味なのかな……とも思った。

 そんな姿も定着してきた頃には、よく喧嘩している姿を見掛けるようになった。本当に喧嘩なのかは分からないけれど、七瀬さんはハッキリと長文を喋っていて、討論のようにも聞こえた。完璧なはずだったアノ人を言いくるめかねない七瀬さんの姿は、とても衝撃だった。そんな七瀬さんも、まるで反抗するようなアノ人の態度も、誰も見たことがなかったから、またどんどんと印象が変わっていった。

 その頃にはもう、七瀬さんの隣にはアノ人がいるという関係が当然のものになっていた。そして「付き合っているんだろう」という噂に反発する人も完全にいなくなった。七瀬さんを認めたくない人はいたみたいだけど、付き合っているだろうってことを認めない人はいなかった。

 「如月夏樹と七瀬梓真が付き合っている」という認識が定着したのは夏だった。



 そして秋、俺が日影から引きずり出される。

 文化祭で一年は展示、二年は売店、三年は舞台と割り振りが決められていて、割り振り以外のどちらかを掛け持ちするかどうかは任意だった。そしてよせば良いものを、俺たちの舞台は劇を選んだ。

 しかもオリジナルの話なんて、失敗する未来しか見えない。童話をごちゃ混ぜにした、よくある王子と姫の物語だ。しかしなぜか王子は二人出てくる。つまりもう片方は当て馬というやつだ。

 メインの王子にはアノ人が推されたのはよく分かるし、ほぼ強制と言っても間違いじゃなかった。アノ人は甘んじて受け入れていた。劇の内容が決まった時点で、なんとなくそうなるだろうと思っていたんじゃないだろうか。

 ではその相手役である姫を誰にするかでクラスは――大いにモメた。

 俺は当然七瀬さんだろうと思ったけれど、残っていた反感組が猛烈に反対したし、七瀬さん自身も猛烈に嫌がった。

 そしてあれよあれよと、七瀬さんは当て馬王子になった。こちらも半ば強制で、七瀬さんを脇役や裏方にするのは勿体ないとクラスの大半が思っていただろうし、メインキャラに据えるならば絶対に王子と結ばれる可能性のないキャラが良いという反感組の思惑に加え、アノ人の隣に並んでも遜色ない男が誰もいないなどの理由が相まった結果だった。

 そうしてもう一人の王子が七瀬さんに決まった途端、それまで行く末を笑顔で見守っていた壇上のアノ人が、突然俺を指名した。

 ――姫に、と。

 驚きすぎて、俺は何も言えなかった。そしてクラス全員も何も言わなかった。みんなも衝撃を受けて言葉が出なかった上に、アノ人の有無を言わせぬ威圧感で、余計に何も言えなくなったどころか、大半の人が「それが一番だ」と納得してしまっていたのだ。

 反感組は女子であれば誰だって反発しただろうし、そうなれば姫は一生決まらない。だからほとんど男子だという理由だけで、一番日影な俺になったんだ……と嘆いたけれど、どうやら少し違うようだと気が付いた。

 アノ人は七瀬さんが絡むと人が変わる。「姫役は男」と暗黙の認識が生まれた時点で、それは七瀬さんの相手役も男だと決まったことになる。アノ人が、七瀬さんの求愛する相手役が男だということに、ただ黙っているはずはない。

 つまりこのクラスの中で七瀬さんと対峙しても大丈夫だと、アノ人に許された存在が日影の俺だった……ということだった。けれど当人から使命されたにもかかわらず、俺はいつもアノ人に笑顔で睨まれている。

 七瀬さんが俺の腰に手を回せば、笑顔で凄まれている。七瀬さんが俺の手を取って口付けるフリをしただけで、笑顔が深くなる。俺は、俺はおれは――悪くない! 俺は悪くない! 俺のせいじゃない!

 なんだってこんな役、俺がやらなくちゃいけない! 姫なんて似合わないし、滑稽な上に睨まれてまで、なんで俺がやらなくちゃいけないんだ!

 そうやって言ってやりたいけど、アノ人が怖くて絶対にそんなことは言えない! アノ人の笑顔が怖い、笑っているのに背すじが冷える。

 笑顔なのに、笑顔だから、アノ笑顔が恐ろしくて、アノ人が笑うだけで俺は夜も眠れない。

 アノ人は今日も笑ってる。ただ機嫌が良いだけのアノ人でさえ、俺は怖くてたまらない。

 俺は日影で生きるのが合ってる、アノ人の笑顔で影を消さないでくれ。窮屈だなんて、もう文句だって言わないから、俺にスポットライトを当てないでくれ。

 ドレスを捲し上げて観客に向かって叫びたい、


「俺は笑顔に照らされる姫なんてゴメンだ!」


 ――って。舞台の上で眠ってる役の俺に、言えるはずもないけど。




劇の内容小話です

【短編:眠れる灰被りの白雪姫】

https://ncode.syosetu.com/n0286gy/

※本作のキャラは出てきません

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