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 春休みの中頃に、羽山邸では人が賑わっていた。

 羽山さん、高橋さん、如月、私と……そしてなんとりっちゃんもだ。

 始まりは羽山さんに、いわゆる前世の私について尋ねようと私が連絡を入れただけだった。すると羽山さんはそっちまで行くと言い、折角だから高橋さんも連れて行くと言った。そしてさらにどうせなら如月も呼んだらどうかと言って、この前のようにりっちゃんも呼ぼうと言った。

 な、なぜ……。

 私は頭では疑問を浮かべながら、口では「はい喜んで!」と、特に染み付いてもいないがまるで癖のように、二つ返事で如月とりっちゃんに電話を掛けた。私は羽山さんには未だに猫を被りたい年頃なのだ。二人とも予定は問題なかった。

 私は頭痛が回復してから一度、感謝の意を示すために如月の要望をのんで以来は、とにかく一人にさせてくれとしばらく干渉不可を伝えた。如月は渋々だったが律儀に守ってくれたので、久し振りに快適で幸せな日々を過ごしていた。

 つまり如月ともりっちゃんとも久し振りだ。どんな顔をすれば良いのか分からなくなった。

 それにしても如月とりっちゃんって合うんだろうか。りっちゃんは私よりも野性味が強いから、顕著に威嚇したりしないだろうか……。

 しかし私が如月を警戒していたのは過剰な接触が原因だったので、その要素が抜けた如月は傍目にはただの好青年のはずだ。大丈夫かもしれない。――いや待て、過剰な接触は抜けるどころかむしろ悪化しているのでは……?

 迷宮に入りそうな思考とともにゴミを捨て、当日までは掃除に勤しんだ。掃除もしたし、春の海に春の山、景色を満喫し映画を見たり街をぶらぶらしたりして、癒やしも充分満喫した。バイトは続けていて、憂いはほとんどないし、本当に充実した幸せの日々だった。




 そして迎えた当日、如月が一番に来た、ように見えたが羽山さんと高橋さんを含めた三人が同時に訪れた。

 りっちゃんが来るまでの間、早速色々な話をした。

 未だに実感が湧かないが、高橋さんと如月の二人が兄弟だというのだから、不思議な話である。如月は実家にいたようで、高橋さんと一緒にいたので一緒に来た、ということらしい。

 如月が一人暮らしというのも、初めて聞いたときは不思議に思えたが。毛並みの良い大型犬を放し飼いしているような白い豪邸に、格式高そうなご家族とオホホな生活でもしているのかと思っていた。

 以前聞いた如月の話と羽山さんの話を統合すると、如月のお兄さんである「如月冬治」さんと高橋さんは同一人物だということだ。高橋さんの「高橋秋良」という名前は偽名だったらしい。しかし私は変わらず高橋さんと呼び、高橋さんも頷いてくれた。

 ではなぜ偽名を使っていたのかということだが、なんとなく、らしい。なんだそれは。一瞬アブナイ仕事でもしているのかと思った。

 「高橋」を選んだ理由は鈴木や山田などよりも認知度が普遍的でなく、かつ人口が多いから、らしい。それってやっぱりスパイっぽいよな……とも思ったが、スパイならそんな暴露はしないだろうし、知った今頃私の命などなさそうだ。

 しかし高橋さんの心情としてはスパイのようなものだったのかもしれない、となんとなく思う。本当にごく最近まで如月とはうまくいっていなかったようだし、高橋さんなりの苦労は多かったんじゃないだろうか。

 私だって明治あたりにタイムスリップして、居候先の家族の一人とうまくいかなければ、たまには自分なんて全く知られていない場所で偽名を使って自由にすごしたい、と思うかもしれない。……かもしれない。

 最後に来たりっちゃんを如月と一緒に迎えに行けば、りっちゃんは驚いたように固まった。私が互いを紹介したあとで、りっちゃんはぎこちなさはあるものの、普通の自己紹介を如月にした。如月の方は如月の方で、私にしたときとは違った非の打ち所のない自己紹介をした。

 うん、まあ……ある意味予想どおりなのかもしれない。

 如月とりっちゃんは意外とまともに会話が成り立っていて、一見穏やかかつ円滑な交流をしているように見えた。しかしなんとなく油の足りないブリキのような軋みを感じた。なぜかは分からないがお互いを探り合っているような雰囲気だ。

 その様子を見て私は一人、如月と出会った頃の自分を思い出していた。りっちゃんを見ていれば、りっちゃんの方がまだ私よりも大人な対応をしている。むしろ当時の私の方が野性味溢れていた。りっちゃんよりも自分の方が蛮族だったのかもしれない、という現実に少しだけ打ちのめされていた。



 今回のメインテーマは食事会ということで、なんと高橋さんと如月が料理を振る舞ってくれる、という私にとっては豪華なコラボレーションだった。二人ともべらぼうに美味しいんだもんな。期待しちゃうよなぁ。

 そもそも如月はお兄さんに憧れて料理を始めた、とのことだったので高橋さんが料理上手なのは当たり前で、それを目指した如月が上手いのも当たり前なのである。

 いわば師匠と弟子の合作のようなものだ。期待するに決まっている。如月はほぼ独学だと言っていたので、本当は違うのかもしれないけれど。

 にこにこしながら羽山さんとりっちゃんと私の三人は、料理を待っている間ずっとトランプをしていた。トランプはりっちゃんが持参した。世代を問わず楽しめるので、古き良きゲームだと思う。羽山さんのいた未来でも変わらず継承されているのだろうか。

 今回も私にはイタリアなのかフランスなのかはよくわからないが、机の上にはとにかく洋風の見栄え良い綺麗な料理が沢山並んだ。五人分の豊かな料理が並んでもまだ余裕のある羽山邸の机、恐るべしである。

 私は一人が好きだ。一人が好きだが、たまには賑やかなのも良い。基本は白米が好きだけれど、たまに食べるパンも美味しいというアレだ。

 そんな賑やかな食事を楽しんで、たわいないお喋りをした。年齢も趣味もみんな違うのに、なぜか話はあまり途切れなかった。私にはどうにも異色な組み合わせに思えたが、それでも和やかに過ぎていくのだから不思議であった。

 私は高橋さんと如月の並んで座る顔を見ていると、ついうっかり思ったことを口にしてしまった。


「二人ってあんまり顔似てないですよね」


 すると「異母兄弟だから」と二人揃って答えたので、兄弟だな……と思った。顔はあんまり似ていないけれど、たまに漂う雰囲気は似ている、不思議な兄弟だ。

 如月は如月で、複雑な家庭だったんだなとぼんやり思いもしたが、複雑だったかどうかは知らない。好感度が上がればそういう話もあるかもしれないが。


「じゃあアキは梓真ちゃんのお義兄にいさんになるかもしれないわけだ?」


 唐突なその話に全員が羽山さんを凝視した。即座に反応したのは私だ。


「や、ややや、ややややいや、ちょといや、羽山さん、それは、いくらなんでも早いの――」

「まあまあ。可能性はいくつでも持っておくに越したことはないからね」


 羽山さんは私を見てにっこり笑う。う、その煌びやかな笑顔に私は弱い……。


「そ、そ……。そういう風に言われてしまうと、そうなんでしょうけれども」


 しかし考えたことなどないし、考えたことなどない。


「私はまだ認めんぞ!」


 突然りっちゃんは威嚇するように言った。お、ようやく野性味を出してきたか。よしよし、やはりりっちゃんと私は同類だった。

 意見も一致しそうな発言に、私は少し声に嬉しさが滲んだ。


「りっちゃん……」

「こんなあからさまに『そうなって当然です』みたいな顔して座ってるやつ!」


 え? そんな顔をしているのか如月?

 私はすぐに如月を見た。なんというか、笑いも怒りもしていない普通の顔だ。対するりっちゃんを見れば、今にもグルグルと唸り出しそうだった。

 もう一度如月を見た。今度は笑っている。

 何の笑みか分からない笑顔で如月は言った。


「何だか酷い言い掛かりだね」

「俺としては、嬉しいけどね。俺たちの関係に理解がある方が、お互い気楽だと思うし」


 すると高橋さんが爽やかに笑った。……なんか、良いなあ。同じ笑顔でもなんだか包容力のようなものが違う気がする。歳の差は十らしいから、如月も十年経てばあんな風になるんだろうか。

 ふと如月の方を見れば、複雑そうな顔でこちらをじっと見ていた。……なんだ、文句があるならハッキリ言いたまえよ?

 りっちゃんは私の腕を強奪するように掴んで如月を睨んだ。


「ずま吉と知り合ったのは私の方が先だ! ポッと出のやつに、こんな、こんな……!」

「梓真さんとは昔からの付き合いだよ」如月は笑う。

「昔からっていつからだずま吉⁉︎ 大体こんなすぐに気安く『梓真さん、梓真さん』と下の名前で呼ばせているのも気に食わんっ!」


 りっちゃんはガルルと噛みつきそうな勢いで私に聞いた。というか半ば言い掛かりで噛みついている。私はりっちゃんを落ち着かせた。

 如月もまた面倒な答え方をしてくれたものだ。仕方ない、ここの人たちの中ではりっちゃんだけが知らないことだ、ちゃんと説明しよう。


「ステイ、ステイ。りっちゃん。りっちゃんだけに教える。ちょっと二人で話そう」


 そう提案して私は、野性味を剥き出しにしたりっちゃんを自室に引き連れて行った。

 私はりっちゃんに私と如月のことだけざっくりと説明した。りっちゃんは納得したのかしていないのかはよく分からないが、「でも今のずま吉と長いのは私だ」と言い張った。

 そしてちょっとのつもりだったが、随分と長い間話し込んでしまった。やっぱりりっちゃんの話は面白くて、脱線ばかりしてしまう。お互いの近況などを話していれば時間は本当にあっという間だった。

 私は果報者だ。

 心からそう思う。色んな人に囲まれて、支えられて生きている。これほど、幸せなことはない。

 例えこれから苦難があっても、この喜びを覚えている限り、何とかなるような気がしてくる。私は、幸せ者だ。


 夕方になればりっちゃんを帰し、残った四人でまた色んな話をした。

 前世の話もたくさんあった。そして意外にも如月家の話も聞いた。如月家も、高橋さんのお母さんが病弱な方だったらしい。そして高橋さんが小さいときに亡くなったそうだ。そんな家をずっと支えたのが如月のお母さんらしい。

 だから高橋さん――正確には冬治さん――も生みの母親の記憶はほとんどなかったらしく、如月のお母さんがそのままお母さんだったようだ。

 本当にたくさんの話をして、久し振りの賑やかな一日は終わった。やっぱり私は、幸せだった。




 それから春休みの間は如月と遊んだ。

 私が提案したときは、如月は何とも言えない顔をしていたが、川原かわらでキャッチボールをしたり、サイクリングをしたり、高橋さんに教えてもらいながら山に登ったり釣りをしたりした。高橋さんといるときの如月は常にちょっと複雑そうな顔をしているので、まだ関係性に戸惑っているのかもしれない。

 もちろん如月の要望も実行した。どこぞのカフェやどこぞの設備やテーマパークやらと、実に華々しい場所ばかりだった。展覧会や映画は大変興味深かった。

 出費ばかりでは困るのでバイトもしていたし、本当に充実した日々だった。こういう日が続くと、どうしても一人になりたくなる……。ということで最終日は一人にしてくれと頼んで一人を満喫した。

 そうそうやっぱりこれだよ、白米だよ。クロワッサン、フレンチトースト、サンドイッチ、なんたらロールと続いた日々の後で食べる米のうまさよ。私にはやっぱり日本米なんだ。

 ところで如月の作る料理は、洋食より和食の方が美味しい気がする。これまで意識していなかっただけで、単に私が和食の方を好きなだけかもしれない。しかし何だろう、落ち着いていて、しっかりと味は付いているのに濃くはないという、絶妙な加減が素晴らしいのだよな。

 そんな呑気なことを思いながら、贅沢な一人の一日を過ごした。






 幸せ惚けしていた私は自らを呪う。

 新学期、三年生として新たな生活が始まる。そして配られたクラス割りを見れば――如月と同じクラスだった……。

 いや……本心から嫌なわけではないんだけれども。何だろう、この何となく嫌だなあ……と思う感じは。何が嫌なんだろうか……。不思議……。

 如月によれば「もう絶対にあんなことは起きない」と言っていたので、心配はしていないつもりではいるのだけれど。何だろうなあ……条件反射みたいなものかなぁ……、何かぞわぞわするんだよなぁ……。何でだろうか……。

 そして意外にも轟さんとも同じクラスだった。

 色々と(如月に関して)面倒臭いことは起きそうな気はするけれど、心機一転それなりに普通にすごそうと思った――のはその日だけだった。

 翌日から如月は私の分まで、自ら弁当を作って持って来た。何とも嬉しそうに持って来るのである。私は、私は……――。

 断れなかった。だって美味しいのは知っている。うまい弁当をほっぽり出して、菓子パンだけを食べるだなんて、私には到底できなかった。如月の魅力(料理)には、抗えなかった。

 褒めたのがいけなかったのか、和食でどっぷり作っては、食べ切れない分は持って帰れと言うのだ。私は冷や汗が止まらない気がした。いくらなんでもやりすぎだ。代金だって、どうすれば良いのか……。

 本当に私へ何もしないにしても、やっぱり如月を好きな人々は、良い気はしないものである。欲望と世間体と如月の狭間で、私はまた苦悩の日々を迎えるような気がした。

 やっぱり如月と付き合ったことは――そもそも出会ったことは、引っ越して来たこと、羽山さんの提案に頷いたことは、間違いだったんだろうか。ああ、また契約書を作って、今度こそは絶対に破らせないように徹底的にやり切ってやる。

 騒がしくも穏やかで、苦悩に満ちた幸せな生活が始まった。

 しかしそんな生活も、悪くないとは思う。悪いことばかりではない。一抹にしろ、そこにあった幸せを既に見つけた私は、やはり果報者だろう。

 転がり込んできた感情は、穏やかな生活を約束してはくれないのかもしれない。けれど私の人生には確かに必要だった。知らなかった頃には戻れない。

 私は生きていこう。騒がしくも穏やかで、苦悩に満ちた幸せな日々を。






今話で本編終了になります

ここまでお読みいただきありがとうございました。


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