28.5
そいつはちょっと変なやつだった。
基本は物静かで、一人で本を読んでいるようなやつだったが、陰気臭いというわけではなく、話し掛けると意外と明るくて、割とおっさん臭い。
ギャグセンスは同じく小学生レベルで、くっだらないことで二人してゲラゲラ笑った。だというのに成績はそれなりに良くて、話し掛けるまでは真面目な優等生だと思っていたぐらいだった。
所作はたまに杜撰――端的に言えばガサツなところがある――なのに、身なりはそこそこ(なぜかは分からんが)品良く見えて、顔立ちだけならクールビューティーを気取っているのかと思う感じだった。
ちなみに運動はちょっとできて、絵心は壊滅的で、歌声は大きい声が出る、というだけだった。
ジャンル分けが難しいキャラだと思った。
中一のときはまだ明るいやつだったんじゃないかと思う。交流がなかったので覚えていない。
中二になってクラスが一緒になった。いつだったかは忘れたが、ちょうど私が読み終えたばかりのライトノベルを読んでいるのを目にして思わず声を掛けた。
そこからよく話すようになった。見た目はラノベを読むようなやつには見えなかったから不思議だった。年齢で禁止されているジャンル以外なら、興味が湧けば読むと言った。何だそのブックガチャは。当たりはあるのか。
話す内に、それなりに好む傾向が似ているのが分かった。それからは家に招いたりして、図書室に置いていない小説を押し付けた。漫画も読むというのでそちらも押し付けた。ゲームはやらないらしい。
やらないと知っても画面を見せ続け、解説をし続けた。面白そうに聞くので、好きなんじゃないかとは思うが、なぜ手を出さないのか不思議だった。
中三でクラスが分かれても、交流は続いた。互いに毎日のように教室へ通い合ったが、やつはいつ見ても一人だった。少しだけ、以前よりも影があるやつになっていた。
他に友達はと尋ねたら、「煩わしいから積極的には作らない」と言った。変なやつだった。そのくせ「でも伊吹ちは仲の良い友達だ」とクサいことを平気な顔で言うので、人タラシの素質はありそうだった。後出しジャンケンで更にジャンル分けに困る要素を詰め込んでくるな。
観察する分に、どうやら一人が好きらしい。私も一人は好きな部類だが、やつほどじゃない。もう少し掘り下げて聞けば、他人といると疲れるそうだ。けれどやつは私を「疲れない友人」と評した。珍獣を飼い慣らした気分だった。
進路希望は同じ高校だった。志望動機が似たようなものだったので、根本的な性格が似てるんだろうと思う。
だからこそ私とは疲れないのだろう。私はむしろ他人に「うるさい」だとか「話を聞いてると疲れる」だとか言われてきた立場であったので、私を「疲れない」と言ったやつはやっぱり変なやつなんだと再認識した。
互いに居心地が良くて、需要と供給が一致していて、それから好みやギャグセンスも似たようなものとくれば、親友と言わざるを得ない。やつの方はいつの間にか私をりっちゃんと呼ぶようになっていたが、私の方は変わらず「ずま吉」と呼び続けた。
ずま吉と呼ぶようになったのは、私が「イブキチ」と呼ばれるようになってからだ。こちらからもやつに「キチ」を付けたくなったのだ。
そして怒られるだろうと思って呼んだ「ズマキチ」に、やつはニッ、と笑うだけだった。年頃の女子ならば怒るんじゃないかと思ったが、ギャグセンスが同じおっさんに心配するだけ無駄だったということだ。「イブキチ」に笑っていた私とやつは同類なのだ。
やつはあんまり自分のことを話したがらないやつだったが、高校に入ってとうとう白状した。
どうやら母親が死んだらしい。それだけでも辛いだろうに、父親が無収入な上に酒浸りなようで、やつの苦労は計り知れなかった。
だからこそ、私だけは変わらずに接した。うちは裕福な方だと自負するが、ここで金銭的な援助をするのは間違いだと思ったし、本人も絶対に望まないことだと知っていた。
やつが白状をしたのもつまるところ、これからバイトばかりの生活になるので、以前のようには交流ができないと、実質の別れを告げる理由として、そういった状況を提示してきただけだった。
やつの覚悟は知っていた。辛くなったら逃げて来いとも言った。けれどやつはただひたすらに、音をあげることなく必死で全てをこなしていた。やっぱりおかしいやつだった。
泣いたって良い。叫んだって良い。助けを求めて良い。全て伝えたけれど、やつはいつも「大丈夫だ」と言った。嘘や強がりを言うやつではないと知っている。けれど正常なのか異常なのか、大丈夫か大丈夫じゃないのかを、正しく判断できていたのかは疑問だった。
それでもほとんど休むことなく学校には来ていたし、明らかに疲れている様子ではあったが、本当に大丈夫だったんだろう。生命線は薄そうな、ある日突然ひょっこり死にそうな雰囲気は持っているのに、変なところでタフなやつだった。そういうところも全部含めて、どうあがいても変なやつだった。
高二になると、今度はやつの父親が死んだ。
やつには兄弟がいない。親戚がいるにはいるらしいが、ほとんど関わりがないらしく、天涯孤独に似たような状況になった。
運命とかいう馬鹿みたいなヤツ、いくら本人が「一人が好き」だからって、本当に一人にさせる必要はないだろう?
やつの両祖父母はといえば、母親の方はまだ絶縁とまでは言わないものの基本的に交流はないらしく、父親の方は勘当されていたようで、つまりはやつの両親ともに家との関係が薄かったようだ。
引き取り手が見つからなければ、親戚間でたらい回しにされる可能性もあるなと危惧したが、やつは「一人で生きる」と言った。いくら一人が好きとはいえ、それは無理だろう。
そう思ったが、やつはやると言ったらやるやつだった。
どこから引っ張り出して来たのかは知らないが、弁護士と懇意らしい。手続きなどは全てその人に任せて、本当に一人暮らしを実現した。よくわからんが、法律上は問題なく暮らせている……ということなんだろうか。
まあ弁護士なら最悪、法の抜け道とか知ってるだろうし、そういうことなんだろう。
だが高校生は普通、知り合いに弁護士なんていない。親が懇意にしていたかららしいが、普通の大人でも、弁護士とはあんまり関わり合いなんてないだろう。仲の良かった友人が弁護士になった、なら分かるがそういう感じでもないようだ。
母親がその弁護士の恩人らしい。よく分からんが、やっぱり何かが普通じゃない。恩人って、人生でなかなかなれないぞ。蛙の子は蛙とは言うが、反対に蛙の親は蛙ということか。
やつはやっぱり、何度認識しても何か変だ。ちょっとずつ何かがズレてる。だからジャンル分けが難しい。
お金の方はどうなんだと聞けば、死亡保険がおりる予定なので問題ないらしい。高校生一人が手にするには結構な額のようだが、お金の管理は本人がするのではないらしく、手元にくるのは月何万と決まった額らしい。
真っ先に思い浮かんだ感想が、死亡保険を掛ける金があったのか、と友人を名乗り難い感想だったが、やつは笑って静かにうなずいた。変なところで馬鹿なやつは、そんなところまで馬鹿一直線に進んだのかと思えば、どうやらカラクリがあったらしい。
母親が隠し残した貯金もそこそこな額だったようだ。そちらを削りながら、ギリギリの生活を続けた。父親に悟られないように日常を過ごすのが、一番面倒だったと言った。
言っちゃ悪いが、父親は死んだからこそ良かったんじゃないのか。――これは、ただやつの人生だけを側から見た、私だけの感想だ。ずま吉本人は何か悔いるところがあるらしいし、例え思ったとしても口には出せないだろう。もちろん無類の無遠慮な私も、他人の親が「死んで良かった」なんて絶対に言わない。
それでもやつが、一つの苦しみから解放されたのは事実だとは思ってしまう。もしかしたら覆ることのない、治すことのできない黒い痣を手に入れたかもしれない。だが痣と引き換えに、やつの枷が消えたのなら、一人の友人としては、そちらの方が良かったと思う。
都合の良い、他人だからこその感想だ。
やつは何を気にしているのかは分からないが、どうせお前のせいじゃないから気にするな、とは言った。するとやつは苦笑いして、「現実的にはそのとおりなんだが、心情としてはやはり気にせざるを得ない」と何やらカッコつけて変なことを言っていた。厨二の発病は早ければ早い方が良いのでツッコミはしなかった。大人になってかかると拗らせるからな。
そして今度は引っ越すと言い出した。止めても聞かないだろうが、止めるつもりもない。というか言い出す頃には確定しているのがやつだ。言ったところで大抵は後の祭りだ。
私としては良いことじゃないかと思う。当然といえば当然であるが、やつは随分と陰気臭くなっていた。だから、心機一転すれば良い。
一友人としては、寂しい気持ちはあったけれど。こういうところで背中を押してやるのが良い友人ってことだ。はっはっは。泣いてないぞ。
そうしてどこから見つけてきたのか、芸能人が住んでそうなすごい別荘みたいな豪華な家を引っ張り出してきた。豪華というのは派手という意味でなく、あまりにも立派という意味だ。どんな家ガチャだ?
しかもタダ住まいらしい。それ詐欺じゃないのかと聞いたけれど、信頼できる人らしい。ほんとか? 詐欺師は赤の他人を信頼させるのが仕事だぞ。
やつは人と関わりが少ない分、ちょっと世間知らずなところがある。騙されてるんじゃないかとも思ったが、漠然とした、やつの言動に対する根拠のない信頼はあった。
やつは変な方向にはいかない。今は時々暗く見えたり、陰りのあるやつにはなったが、根っこの根っこが明るい綺麗なやつなんだ。子供みたいに、素直で馬鹿みたいなやつなんだ。
そういうやつって、最後には大抵、問題ない。
つまりやつは「変なやつ」という次元を超えて、何か「おかしいやつ」になった。間違いない。だって幸運ガチャが極端すぎる。
そしてやつは高二の冬という変な時期に引っ越して、転校して行った。
変なやつ変なやつとは思っていたが、ここまで変なやつだったとは。人間って面白いな。
引っ越してからも連絡しろよ、という意味を込めて連絡先を託したが、やつからは何の音沙汰もない。そういうところは薄情なやつだ、とも思うが忙しかったりするんだろうと大目に見ていた……ら、唐突に連絡を入れてきた。
――「会わせたい人がいる」だって?
それおま、上京した娘・息子が数年ぶりにかけてきた電話で親に言うセリフ! あ、親いないんだったか。いやそれはジョークとしてブラックすぎる。えっ、私が親か⁉︎ あんな変なやつ産んだ覚えはないぞ⁉︎
とはいえ「会わせたい人」だからな。別にそういうのじゃないかもしれない。ただのめちゃくちゃ気の合う友人とか、そういうのかもしれない。ずま吉と気の合う友人だから、私とも気が合うだろうという、お節介な紹介かもしれない。
……いや、やつに限ってそんなことはしない。たまの購買でやつが買ってくる菓子パン、一口だってくれやしなかった。「自分で買え!」と怒るけれど、全部はいらないんだ。それが一体どんな味なのか、情報を得たいだけで食料が欲しかったわけじゃない。卵焼きをやると言っても交渉に応じなかったのだから、強情なところもあるやつだ。だから未だにやつのキャラはどのジャンルなのか分からない。
ああ、そんなことはどうでも良い。問題なのは、私の親友に恋人でもできたって? 折角いらぬ虫が付かんように立ち回ってきたっていうのに? 悪い奴には引っかからないように教育した、私の努力は何だったんだ!
まて、まだ相手が悪い奴と決まったわけじゃない。やつの見る目は信頼しているけれども、やつの世間知らずを心配もしている。それが親ごこr――親友心というものだ。
どんなやつか、この目で確かめてやろうじゃないか。ずま吉を泣かせるような奴なら、すぐに縁を切ってやる。どんな手段を使ってでも、な。
首を洗って待っておけよ、この伊吹理央が行くからな。