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3-2


 しばらくりっちゃんと談笑をしていると、ソファの背から羽山さんが身を乗り出した。


「良かった。二人は本当に友達なんだね」


 その言葉にりっちゃんは、にやっと笑って言った。


「悪友に見えました?」

「ううん。ただ、梓真ちゃん、初めて会ったとき酷く疲れた顔してたから……友達がいれば良いなと思ってて。私じゃいろいろと限界あるし」


 りっちゃんは私から鬼マグを引ったくると、羽山さんに見せびらかした。


「こいつは基本こんな顔です」

「ぷはっ、こんなのあるんだね!」


 鬼マグを見た羽山さんは大いに笑った。楽しそうで何より。


「良い顔してますよね?」

「うん。良い顔。でも梓真ちゃんは可愛いから」


 良い顔だろうか。またもやその場凌ぎに可愛いなどと……可愛い⁉︎ 可愛いですって?

 私は内心動転して思わずりっちゃんに尋ねた。


「りっちゃん、こんなときはどんな顔を」

「ウィンクしとけ」

「うい」


 何も考えず言われたとおりに羽山さんへウィンクを投げると、羽山さんがウィンクを投げ返してきた。ずぎゃんと、確かに心の臓が撃ち抜かれる音がした。


 私はボロボロになったハートを癒やすため……ではなく、早速マグカップを使おうと洗いに立った。りっちゃんと羽山さんは楽しそうに話している。意外と相性が良いのかもしれないと思ったが、二人とも社交的なのだからなんら不思議はない。

 りっちゃんは突飛な行動をするが、基本的には面倒見が良く社交的で面白い人柄だ。突飛な行動を出して良い相手かどうかを、きちんと見極めている。それにしたって、いつも唐突で三歳児と変わりない言動には、多少の苦労を覚えるのだが。

 鬼マグに紅茶を入れて戻ると、羽山さんもソファに座っていた。羽山邸の大きなソファは三人座ってもまだ余裕があるので、遠慮なくりっちゃんの隣へ座った。


「そうですね。正直、ずま吉を一人にするのは心配だし、寂しいです」

「りっちゃん……」


 話の流れは分からないが、聞こえたりっちゃんの話に私は少し感動した。りっちゃんにも寂しいという感情はあったのだな……。いや、三歳児ならば当然か。

 そんな私の方を見て、りっちゃんはニッと笑うと、また羽山さんに続きを話した。


「良い奴が居れば良いんですがね。根は真面目なんで、分かってさえ貰えれば何とかなると思いますが、取っ付きにくい部分はありますし、だけど悪い虫は寄ってくるんで、苦労しましたよ」

「悪い虫?」


 思わず口を突いて出た。何の話だ。私は夜の街灯か、食虫植物か何かか。これまで告白なんてされた記憶は一切ないし、モテたこともないぞ。世にいう陰気なキャラだからな。当然だ。

 しかしりっちゃんは真剣じみて頷いた。


「大丈夫だ。駆除は済んでる」

「理央ちゃんは頼もしいね。でも……そっか、離れ離れになるんだもんね。ごめんね、私のわがままで」


 羽山さんが申し訳なさそうに謝った。


「いえいえ! 違いますよ! 自分から引っ越そうと思ってたんですから。羽山さんと関係なくこうなってたと思います」


 私は直ぐさま訂正した。私の引っ越しに、羽山さんは結果として関係があるだけで、原因でもなんでもない。私の意思だ。それは因果の横取りだ。

 羽山さんはふっ、と笑うと我々の正面に回って両膝をついた。


「とりあえず抱きしめさせて」


 言うや否や、羽山さんは私とりっちゃんの肩に腕を回した。

 至近距離に羽山さんの存在を感じて緊張が混じる。羽山さんって何かのアロマのような、なんだか良い匂いがする……。

 おお。この、危険思想に片足を踏み入れた胸の高鳴りが、恋という名の勘違いの始まりか。


「はあ。やっぱり女の子って癒される」


 ……羽山さんも危険思想の持ち主だった。私はそっと助言を呈する。


「その発言、羽山さんじゃなかったらアウトですよ」

「多分、シュウでもアウトだと思うけど。どう、ケーキ、そろそろ食べないか?」


 判決を下したのは、こちらにやって来た高橋さんだった。高橋さんの提案にそれぞれ賛同し、ケーキを食べることにした。

 羽山さんが買ってきてくれたケーキは、案の定というべきか、オシャレ、かつ美味であった。う〜ん、甘うま。食事会と同様に、四人とも同じ席に座っていた。


「そのマグカップ、対面してると、笑ってしまうね」


 高橋さんが鬼マグを見て、含み笑いをしていた。高橋さんは私の正面に座っているので、ずっと鬼の形相と対面している。このマグカップは怒っているんだぞ。怒ップだぞ、なんて。

 ずずず……と高橋さんにマグカップを近付けた。


 束の間の静寂が訪れた。


 高橋さんとキヌ(鬼怒)は睨み合っている。

 私は両手を伸ばし、高橋さんの目線までマグカップを持ち上げると、素っ頓狂な裏声で言った。


「悪い子はいねがー」


 ブッッ! と大人組が吹き出した。二人とも小刻みに体を震わせている。ふふん、ちょろいな。

 りっちゃんと目を合わせると、こくりと頷き、無言で小さくハイタッチをした。

 未だ笑いを漏らす高橋さんが、目元を拭いながら呟いた。


「意外だな」

「ね、見た目は大人しそうでしょ」

「クク、確かに」


 見た目は……。

 まあ、ふざけるようには見えない、のかもしれない。自分のことなので、客観視できず分からないのだが。

 私は違う疑問をぶつけた。


「高橋さんも似てるんですよね? 見た目は大人しいところが私と」


 その疑問に羽山さんが訳知り顔で答えた。


「こっちはねー、ちょっと種類が違うかな。アキのために言わないでおいてあげる」


 そう言われると、深く聞けないじゃないか。

 当初はどうなることかと思った顔ぶれだったが、何の心配もなく充実した時間が過ぎた。




 夕方を過ぎると、りっちゃんが帰る時間となったので、高橋さんがりっちゃんを駅まで送ってくれることになった。そして高橋さんもそのまま帰ると言う。羽山さんは一緒に帰らなくても良いのだろうか?


「ここ、私の家だよ?」


 それはそうなのですが。

 てっきり高橋さんと丸一日過ごすのかと思っていたので。


 羽山邸は日の沈んだ庭も綺麗だ。こういうものにはライトアップとかが付き物だが、と思い尋ねてみれば、羽山さんはどこかに消え去り、代わりに庭の地面に明かりが点いた。さすが。

 羽山さんと庭を歩いた。冷えた空気が、肺に染みる。並んで歩くと、初めて会った日を思い出した。つい昨日の出来事のような、不思議な感覚だ。およそ二ヶ月近くは過ぎたのだが、日々が忙しく、常にいっぱいいっぱいで、あっという間だった。久し振りに、穏やかでありながら、賑やかな一日を過ごしたと思う。

 今日の礼を、感想を交えつつ羽山さんに告げた。いいよいいよと、以前にも聞いた軽い調子で相槌を受けた。

 リビングに戻ると、羽山さんはソファに座り、私にも座るように促した。庭の照明についての説明を受けた。説明を忘れていたらしい。その他にも伝え忘れていることがあるかもしれないので、疑問に思ったことは何でもどんどん聞いてくれ、という話だった。

 そこで私は思い切って、羽山さんに根掘り葉掘り聞いてみることにした。


「この建物のことではないんですが、聞いても良いですか?」

「ん? なに?」

「高橋さんとはいつからその……お付き合いを」


 目を丸くした羽山さんは、苦笑いをした。


「あーー、そっちか。ははは、いつからだろ。私がこっちに来てからずっとだから……っていうかその前からか。正確には地球の時間軸だけで答えられないかな」

「ひえ……すごい」

「んーでもねぇ、あっという間っていうか。体感だけで言えば……十、数年? やっぱ分からないや。ごめんね」

「い、いえいえ。――ん? もしかして高橋さんも、なんですか? というかその、ええっと……本当に宇宙人、なんですか?」

「ま、だよね。逆に最初に聞かれなかったから心配した。アキもだよ。証拠って言えるか分かんないけど……」


 すると突然、羽山さんは意識を失ったように、ソファの背に凭れた。そのまま、ずるり、と力なく事切れたように座面へ倒れた。


「え? 羽山さん? 羽山さん⁉︎」


 一瞬頭が真っ白になった。肩を揺すったが、直感的な予想どおり反応はない。鼻の辺りに手を翳すと、辛うじて息をしているのは感じとれ、少しだけ動揺が小さくなった。


『梓真ちゃん。大丈夫だよ』

「ヒギェッ⁉︎」


 鼓膜を通さず、直接脳に反響するような声が聞こえた。羽山さんと分かるような声だったが、唇は動いていなかった。

 聞こえた声は、直前まで聞いていた羽山さんの声とは違った。それが、あらゆる振動を無視したものだったからなのかは分からないが、これまでよりも高く聞こえた。

 またもや突然、羽山さんの目は開いた。

 私は驚きのあまり仰け反った。


「ごめんね、驚かせたよね」


 ゆっくりと起き上がった羽山さんは、軽く頭を振り、手を開閉している。


「びっっくりしたあぁ……。な、何ですか今の」

「ざっくり言うと幽体離脱。でもその状態で長時間離れると体が危険だから、あんまりできないんだけど」


 羽山さんは倒れる前と同じように、普通に会話をしている。羽山さんが無事であるなら、問題はないのだが……。

 安堵した途端、確かめずにはいられなかった。


「大丈夫なんですか」

「うん。大丈夫だよ」


 羽山さんは何事もなかったかのようにあっけらかんと話した。私は続けて疑問を口にした。


「その、羽山さんと同じ宇宙人の方々は、皆できるんですか」

「そうだね。そういう技術でここに来てるから」

「それって――」

「もちろん具体的なことは言えないから期待しないでね? そうだなぁ……何て言えば良いんだろう。梓真ちゃんってネットのゲームってする?」

「私はしませんが、りっちゃんによく見せてもらったり話を聞いたりしていたので、概要は分かります」

「うん。じゃあね、それのアバターがこれ」羽山さんは自身の頬を引っ張った。「んでさっきの声がプレイヤー」


 ぴんと指を立て、にこやかな笑顔を見せる羽山さんとは反対に、私は混乱していった。


「え? ということは羽山さんの本体? は別にあるのですか? それとも今は着ぐるみ状態ということですか?」

「あ、ごめんややこしかったかな。じゃ、あれだ。転生! 魂で移動するの」

「え、それって幽霊じゃないですか。もしくは死者蘇生? 乗っ取り? というかそれは技術でどうにかなるものなんですか」

「あれぇ? 余計ややこしかったかな。でも死者蘇生も間違いじゃないかな」

「え……」

「本当に、乗っ取ってるんだよ。魂だけ消えた人の体。その体を借りてここにいる」

「えっ」

「だからね、感覚としては、事前に外見とか全てのステータスが決まってるアバターを選んで、その人間として地球という異世界を過ごす。そういう感じ」


 私は言葉が出てこなかった。羽山さんは淡々と話を続けた。


「私はこの顔が好きだから羽山秀繕を選んだ。それだけ」

「羽山さんの前にいた羽山さんは亡くなられた……と?」

「うん、そうだね。残念だけど」


 私はなんとなく不安になって、羽山さんの手を取った。感触を確かめる。体温はある。透けていない。


「は……羽山さんは生きてるひとですよね?」

「生きてるよ。ちゃんと寿命を真っ当して、この体として死を迎えたら、元の地球に帰る」

「元の……?」


 思わず羽山さんの手を握る、両手の力が強くなった。


「ずっと、ずっと遠い未来。でもこの地球と同一かどうかは分からない。私は宇宙人であり、未来人でもあるわけだけど、よくあるタイムスリップのように瞬間的な移動をしたわけじゃない。時間を逆行して、この地球までやってきた。だからこの地球が、私の出発した地球と同じなのかは分からない。我々は時間だけを移動したつもりだけど、本当は違うのかもしれない」


 私は羽山さんから手を離すと、膝の上に両手を置いた。


「何から……質問をしたら良いのか……」

「もー、架空の話として聞いてくれたら良いからさ。話変わるけどね、梓真ちゃんを妹と思ってても良い?」


 羽山さんの提案は突然だったが、私は破顔した。


「……嬉しいです。そう思っていただけるのは。ありがたいです。私も兄? と思っても良いのでしょうか。姉、ですか?」

「ふふ、兄で良いよ。元の体は女だったけど。こっちでは男だし」

「ヒョ……」

「もし、私が本当の兄だったらどう思った?」


 羽山さんはどこか寂しそうに、静かに笑ってこちらを伺った。質問の意図は分からないが、真剣であることは分かった。


「うまく想像できませんけど、兄として好きになっていたと思います。でも……本当に、本当の兄だったら多分、恨んでしまったかもしれません」

「……どうして?」

「本当に家族が大変だったときに、どうして支えてくれなかったんだって。何で今更なんだって。お門違い、八つ当たりでしょうけど、そう思ってしまうかもしれません」

「そっか。ごめんね」


 私は首を振って笑った。


「なんで羽山さんが謝るんですか」

「私、本当は妹だったから」

「は?」


 ……は?



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